第88話 会談


 一条に頼んでいる移民受け入れ用の一時施設は順調で、候補地も見つかり順次設計作業に取り掛かっているようだ。今後のことも考え、かなり余裕のある施設を作ってもらうことにしている。アギラカナ側としては施設内に設置する検診・医療装置などを工作艦で作成している。



 そうこうしているうち週が明け、今日はこの国の総理大臣との会見に臨む日だ。久しぶりに、人前に出るわけだが、さてどうなるか。


 俺と、アイン、マリア、制服の陸戦隊員九名で首相官邸に向かった。陸戦隊員を大型乗用車一台当たり三名乗車させ大使館の車を四台連ねての移動である。陸戦隊員は軽装と言えども戦闘服を装備していればそこらの乗用車より速く移動できるのだが、戦闘服を着た他国の兵隊が市街地の公道を走っていくわけにもいかないので陸戦隊の制服を着せて乗用車に乗り込ませている。


 約束の時刻は午前十時。五分前に到着した首相官邸には、報道陣が詰めかけていた。初めてやって来た時はかなり離れたところに警察の規制線が張られていたと思うが今回はそんな措置はされていないようだった。


 首相官邸の正面玄関の前に停車した車から降り立ったとき、一斉にフラッシュがたかれ、間近だったこともあり、かなりまぶしい思いをさせられた。


 玄関口には、男性が一人だけ立っていた。後で聞いたところ、官房副長官の一人だったそうだ。あいさつもそこそこに、その男性に館内の会議室まで案内された。陸戦隊員たちは、玄関の前で待機している。


 案内された会議室に入ると面識は一度もないが昔テレビで見たことのあるような人たちが横並びに座っており、われわれに向かいに座るよう催促して来た。


 あれ、挨拶あいさつとか、自己紹介はないのか? それはそれでいいが、この連中どうしたんだ。ビジネスの基本も知らないのか?


「きみがアギラカナの代表の山田さんですか。ずいぶんお若いようで。ご存じと思うが、私が内閣総理大臣の半田直樹です」


 とてもではないが、一国の代表、今は建前上大使の身分かもしれないが、それに対するような態度ではない。俺の隣の席についたマリアが半田首相の顔をにらんだような気配がしたがさらにその隣に座るアインが、マリアの膝に手を置いて制止したようだ。これは、早々に見切りをつけたほうが良さそうな雰囲気だ。聡明党も早々とこの政権に見切りをつけたようで、今は一歩ひいて、政権に大臣を送り込んではいないと昨日アインが言っていたが、そこら辺の判断はさすがだ。


 対応のしようがないので、俺が曖昧あいまいに笑っていると、


「それで、今日はどういったご用件でしょう? 私は官房長官の牧野です」


 あれ? 一応、今日はアギラカナが日本人を対象に移民の受け入れを開始することを正式に日本政府にことわるという名目だったのだが、政権トップには伝わっていなかったようだ。


「外務大臣の森田です。総理、連絡が遅れたようで申し訳ありません。アギラカナで移民の受け入れを近日中に始めるということをわれわれ日本国政府に正式に通知するため、本日山田代表が官邸にいらっしゃいました」


 この総理といい外務省といいどうなってるんだ? 今回の来意については事前に、外務省からの出向者から、外務省に連絡済みだと俺は聞いていたのだが。かなり、この政権と霞が関との関係は悪いらしい。しかし第三者である俺にこんな形でとばっちりが来るとは思わなかった。


「そうでしたか。アギラカナにわが国の国民を移民させたいと言うことですな。もちろん日本国政府としては個人の国籍離脱の自由を奪う訳にはいきませんから、ご自由にどうぞと言うしかありませんな。本音を言えば、七十五歳以上の方を連れて行っていただければ政府としても助かるんですがね。ワハハハ」


 言いたいことは分かるが、そんなことを公の、しかも外国の代表であるわれわれの前で言っていいのか?


「その件につきましてはうけたまわりました。あと、黒川財務大臣からアギラカナの山田さんにお話があるようですのでよろしくお願いします」


「黒川です。まず、アギラカナに対して過去行っておりました日本政府による無利子、無期限の一兆円の貸与ですが、そろそろお返し願いたいということが一点。もう一点は、晴海にあるアギラカナ大使館の敷地についてですが、今後の使用に当たりましては賃貸料をお支払い願いたいというお願いです。金額は年間二百億円です。羽振りの良いアギラカナさんでしたら問題ない金額でしょう」


 話を聞いているうちに、なんだか頭が痛くなって来た。頭痛を感じたことはあの会社を辞めて以来なかったから実に十五年ぶりくらいか。新鮮ではあるが、こいつはどうしたものか。あの一兆円は確かに借りた金だが、すでに日本からそれ以上のものを購入している。大使館の持つ口座の中にどの程度の金があるのか気にしたこともないが、一兆円程度はいくらなんでもあるだろう。地代の年間二百億は法外な金額ではあるが、日本におけるアギラカナの収益から考えれば微々たるものだ。今の日本政府の財政状況を考えればこの連中にとっても大した金額ではないはずだ。要するにここにいる連中は日本とアギラカナの関係を、同盟国だったアメリカと同様に距離を取りたいと言うことか。理解した。


 こちらの用件があちらに伝わってなかったが、あちらの用件もこちらに伝わっていなかった。これはもうどうしようもないな。こういうことを続けていれば、他国もこの政府の相手をしたくなくなるのも分かるし、外交案件が何もないのもうなずける。


「わかりました、その件については早急に手配します」


 しかし、こんなことが外交上の得点になるのか? 俺には到底理解不能だ。


「ご理解いただけて、ありがとうございます」黒川財務大臣が慇懃に頭を下げた。他の連中は、含み笑いをこらえているような顔をしている。


 アインを見ると頷いてくれたので、今日中には手続きが終わるのだろう。ついでにあとでアインに頼んで、正式に日本の国籍を捨てる手続きをしてもらおう。もう俺は完全なアギラカナ人だ。


「最後に、山田さん、東京上空のアギラカナの宇宙船なんですがね。あれを移動させていただけませんか?」半田総理が俺に向かってそう言った。


 確かに、高度100キロがいくら領空の外だからと言って、巨大宇宙艦が首都上空に居座っていれば気持ちの良いものではないのは頷ける。しかし、ブレイザーは日本の防衛の象徴とも言うべき存在なんだが、本当に移動させていいのだろうか?


「わかりました。それも近日中に実施しましょう」


「そう言っていただけると思ってました。いやあ、ありがとう」


 もはや当方には何も言うこともないので、黙っていると官房長官の牧野が、


「それでは、会談はここまででよろしいですね。別室で記念撮影の準備をしていますのでよろしくお願いします」


 なんなんだ? この茶番は。


 俺たちは、隣室に連れていかれ、そこで待つ報道陣の前で、フラッシュがたかれる中、半田総理と笑顔の握手をさせられてしまった。妙に相手の手が汗ばんでいた。




「本日、山田圭一アギラカナ代表兼アギラカナ駐日大使が総理官邸を訪れ半田首相以下主要閣僚と会談を行いました。政府の発表によりますと、アギラカナ代表との首相以下の粘り強い交渉により、日本政府がアギラカナに貸与していた一兆円の返済が行われることになりました。また、これまでわが国からアギラカナ大使館に対し貸与していた大使館の土地につき、その使用料として年間二百億円の支払いに応じることを承諾しました。また、アギラカナ側は東京上空の宇宙船も近日中に移動することに合意したようです」


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