第83話 急報


 うちの連中がお客さまをおいて、なかなか顔を見せない。何かあったのか? 非常事態的なものが起こるとは思えないが、なんだかイヤな予感がする。


 しばらく枝豆をつまみながらビールを飲んでいると、部屋の前の廊下をバタバタ急いで歩いてくる音がしたかと思うと、マリアが制服を着たまま現れた。開けたふすま式入り口からマリアが俺を呼ぶので、いったん二人に断って席を外し、廊下に出て、近くの空いている部屋に入り直しマリアから話を聞いた。


「なにかあったか?」


「艦長、失礼しました。お客さまのお二人に聞かせて良いものかの判断ができなかったもので申し訳ありません。現在配備中の探査機のうち最も太陽系から遠い位置で観測を続けている探査機から大変な情報が送られてきました。送られてきた情報を探査部で解析中ですが、超大型のゼノの集団を発見したようです。集団の進行パス的にいって、太陽系に到達する可能性が極めて高いようです。現在の推定値は99パーセント以上だそうです」


「それは、ほとんど確実と言うことじゃないか。大変なことかもしれないが、最遠部に配置した観測機からのデータということは太陽系に到達するまでにはかなりの時間があるんだろ?」


「今の推定では二百二十年から二百五十年で到達するようです」


「それまでに、このアギラカナで迎撃すればいいんじゃないか?」


「いま、航宙軍の方で迎撃シミュレーションを行っていますがゼノの集団の規模が規模ですので完全撃破は不可能だと思います」


「その規模というのはどれくらいなんだ?」


「現在もなお観測数は増大しているようですが、いまのところ、約二十億です。二百二十年間にわたりアギラカナ側の人的損耗率を50パーセントと見込んだ全力迎撃を継続的に行った場合のゼノの完全撃破確率は今のところ10パーセント以下だというシミュレーション結果が出ているようです」


 言葉を失うとはこのことだ。


「わかった。それじゃあ、みんなはきょうはここに来れないな」


「いえ、ゼノの太陽系到達は早くて二百二十年後のことですし、アギラカナ自体はジャンプ機関でどこへでも移動できますから取り急ぎ何もすることは有りません。そう取りあえずの結論がでていますので、間もなくこちらに集合すると思います」


 驚くべき話だが、マリアの言う通り、さしあたって何ができるというものでもないようだ。


「しかたないな、マリアも風呂に入って座敷の方に来てくれ。みんながそろうまで俺が間を持たせておくから」


「それでは艦長、よろしくお願いします」



 座敷に戻って中座を二人にわび、


「もうすぐみんなそろいそうだ。風呂に入ってから顔を出すと思うから、もう料理に箸を付けてしまおう。それではあらためて、」


 二人にビールを注いでやり、俺は法蔵院さんにお酌をされて、


「かんぱーい!」


 グラスの半分くらいまで一気にビールを飲んだ一条が、


「それで、先輩、何かあったんですか?」


「なんでもないってわけじゃないが、いまのところできることがない状況だ。気にせず、お客さんは飲んでくれ」


「そう言われたら仕方が有りません、こんなおいしそうなお料理をビールだけでいただくのはもったいないので、わたしは日本酒に切り替えます。そこのお酒になんだか目がいっちゃって」


「アギラカナで去年の十二月にかもした酒だ。飲み口が軽いくせに度数がやや高めの酒だ。俺やアギラカナの連中だとちょうどいい度数なんだが、一条にはからく感じるかも知れないな」


「へえー。アギラカナで作ったお酒ですか? 先輩一度も大使館に差し入れてくれませんでしたよね」


 こいつは、もうビールで酔ったらしい。目が座り始めている。料理を食べずにビールを飲んでいたのが悪かったか? あれ? 俺が席を外している間に、ビールの空瓶が増えてるじゃないか。


 料理をつまみながら、たまに一条に日本酒をいでやり、しばらくしたところで、廊下が騒がしくなったと思ったらそのまま通り過ぎて行った。みんなが到着して風呂に向かったようだ。


「そうだ、まだ明るいから、庭でも見てみるか? 今は池の周りのアヤメがきれいだぞ」


 立ち上がって、縁側のある方の障子しょうじを開け放つと、縁側の先に日本庭園が広がっている。すぐ前には池があり錦鯉が泳いでいてときおりくるりと向きを変えたりしている。池の周りにはアヤメが植え込まれおり、いまは青紫の大きな花びらを広げ咲き誇っている。アヤメの奥には紫陽花あじさいも植えられて、つぼみは大きくなってきているようだがまだ咲き始めてはいない。


「これじゃあ、ほんとに温泉旅館じゃないですか? 毎日先輩はこんなところで寝起きしてるんですか?」


「まあな」


「うらやましー」


「そうはいっても、おまえだって大使館のなかの自分の部屋で悠々自適だろ。あそこにはサウナもあればスパもある。トレーニングジムもあるし至れりつくせりじゃないか。それに、天気が良ければ富士山も見えるし」


「そういわれれば、そうなのかも。食費もかからないし、頼めばたいていのものは支給してもらえるし」


「だったら同じじゃないか?」


「あれ、そうなのかなー?」



 バカな話を一条としているとマリアが浴衣を着て部屋にやって来た。マリアは二人とは面識があるので、すぐに席について、グラスに注がれたビールで軽く乾杯して飲み始めた。駆け付け三杯ではないがいい飲みっぷりである。見ていて気持ちがいいくらいだ。周りから注がれるビールを注がれるだけ飲んでいる。飲んでいるのがおじさんだとこうはいかないと思う。世の中は美少女に有利に働くよう出来ているのだ。不公平なのは仕方がない。


 そうこうしているうちに、うちの将官連中も風呂から上がって浴衣姿で合流した。自己紹介をしたのだが、果たして一条は聞いていたのかどうかは不明だ。まあ、法蔵院さんがそこらへんはちゃんと受け答えしていたので、あとで情報交換でもするのだろう。


 完全な部外者でもないが部内者でもない二人がいるので、マリアはじめ将官連中は例の話を遠慮していたようだが、別に時期や規模について触れなければいいだろうと思ったので、俺の方から話を切り出した。


「マリアの話だと、なかなか大変そうだが、焦る必要はないし、明日一杯、二人の案内などをしてそのあとで対応を考えよう」



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