第84話 対策会議


 宴会の翌日、連絡艇を遊覧用に改造した飛行艇に二人を乗せて、外周部第一層のなかを案内した。


 飛行艇は全周透過モードで飛行できるため、艇内から見る第一層の眺めは怖いぐらいに生々しい。第一層は基本アーセンの母星の植物相を再生したものだが、近くに寄ってみないと植生の違いは分からないほど地球の植生とよく似ている。それにアフリカのサバンナにいるような大型の陸棲生物もいないので、あまり見るべきものはない。それでも、宇宙船内ではあるが、地球とは違う天体だ。その自然は二人にとって新鮮だったようで喜んでもらえた。また、階層を貫く巨大なシャフトも遠方からは青白く見え一種幻想的で、二人に感銘を与えたようだ。


 その日の夕方も昨日と同じく宴会を開き翌日二人を地球に送り帰した。




 今は、いつものように艦長公室内の作戦会議室にみんなで集まり、今回の超大型のゼノの集団にどのように対処していくのか話し合っているところだ。


 探査部のドーラ少将が立ちあがり、報告を始めた。


「それでは、現在分かっている情報をお伝えします。


 発見されたゼノの大集団の位置はこのあたりになります」


 太陽系を中心としたホログラム式立体図の縮尺が徐々に大きくなり、かなり離れた位置にゼノの集団を表す赤い記号が大きく表示された。


「太陽系から、約30光年先で発見されたゼノの超集団です。個体数が一億を超える大規模集団が多数集まっており、総個体数は確定値として二十六億四千三百三十五万六千四百三十二個体となります」


 ドーラ少将の話を航宙軍のアマンダ中将が引き継ぎ、


「ゼノに対する基本的考え方は撃破、殲滅しかありませんので、この集団に対して航宙軍が全力攻撃を行った場合のシミュレーションを多数行いました。予想通り結果はいずれも思わしくありません。さらに、このアギラカナを作戦に投入した場合、ゼノの掃討数は大きく向上しますがそれでも殲滅には至らないばかりか、ほとんどのシミュレーションで、アギラカナを喪失します」


「ということは、積極的迎撃はしない方が良いということか」


「アギラカナを投入しない前提で、を含めた戦略資源を全量消費し、同じくを含めた艦隊の人的損害を90パーセントまで許容したシミュレーションを行ったところ、ゼノが太陽系に到達するまでに完全撃破できる可能性は50パーセント以下でした。良くて五分五分の結果です」


「90パーセントまでの損害を許容することなどありえない。やはり迎撃案は捨てよう」


「閣下、と言うことは太陽系を見捨てるということですか?」


「結論的にはそうなる。われわれが犠牲を出してまで救わなければならない義理もない。しかし心情的には見捨てたくもないので、地球に住む諸々もろもろを二百年かけて疎開そかいさせようと思う。帰還の当てがある一時的な避難が疎開だとすると、今回は帰る先がなくなるわけだから移住となるか。言葉はどうあれ、地球からなるべく多くのものを脱出させよう」


「脱出というと、脱出先はこのアギラカナですか?」


「どこか居住可能な惑星が有ればそこでも構わないが、そういった惑星はすぐには見つからないだろうし、脱出には相当な時間がかかるだろうから、一時的か恒久的かは分からないがこのアギラカナにいったんは疎開させることになるんじゃないかな」


「艦長、居住可能な惑星はすでに数個発見していますが、アルゼ帝国領の惑星を除いてどれも非常に遠方になります」


「それだったら、ますますアギラカナを移住先にせざるをえないな」


「分かりました。地球の各国に対する情報開示はどうしますか?」


「われわれの持っている正確な情報を開示することが望ましいとは思うが、それをした場合の影響が見えない。二百年先のことだと無視するのか? 重大に受け止めてパニックになるのか?

 ところでマリア、日本にあるわれわれの大使館では、そういった社会学的モデルのような物を構築してないのかな?」


「常に情報の精度を高めていますので、社会学的インパクトに対する、国家、民衆の挙動に関するモデルは構築済みだと思います。しかし、これまで緊急性に欠ける案件でしたので、精度はそこまで高くないと思います。こちらから、さらに精度を上げるよう指示しておきます」


「そっちはそれで頼む。アギラカナで受け入れるとして、受け入れの具体的場所をどうするかだが、第二層の一部を解放するのはどうかな? 一つの大きな島とか。移住者数の見積もりもなにもないから規模が分からないけれど、基本的にはその線でいいんじゃないか?」


「第二層ですと、テラフォーム済みですから、ある程度の自然もあり、地球の自然環境を時間をかけて作り上げていけば、移住者のストレスは軽減できると思います。それでいいんじゃないですか」


「後は、さっきも言ったけど、移住者数の見積もりか。これは、これからの課題だな。様子を見ながら、とりあえず日本政府に移民の提案でもしてみよう。人口ピラミッドがいびつな国だから働き手の国民をよそにやるのは嫌がるだろうが国籍離脱は個人の権利だし、何とか人は集まるだろう。


 思い出したが、俺ってまだ日本人だったっけ、マリア知ってるか?」


「はい、艦長は日本国のただ一人の例外として、成人後の二重国籍を認められたままです。したがって日本国籍を有しています」


「すっかり失念していた。それじゃあ、選挙通知なんかも送られてきてたのかな?」


「いえ、そういったものは一切、大使館では受け取っていないと思います。単純に名目的な国民だったようです」


「俺が投票に行くと、それはそれで問題があるだろうからな。


 それはさておき、テストケースとして移民の受け入れ準備でもしておくか。とりあえず一万人から十万人規模の日本人町でも造って様子を見てみよう。移民の受け入れを始める旨を日本政府に断っておけば大丈夫だろう。移民の受け入れが順調のようだったら、そこで初めて、各国政府に情報を開示しよう。そのあとは各国政府の判断に任せればいいだろう」


「最初の移民程度はいいとして、地球の各国政府がそのあとの大規模な疎開や移住を自国民に対して許可するでしょうか?」


「する、しないはわれわれが関知できないし、どうしようもない。おそらく、日本とその友好国でさえ移住を了承する可能性は低いと思う。そもそも二百年後の破滅など普通の国は信じないと思うよ」


「それでは、どうしますか?」


「最初のうちは、民間移民を地道に募るほかないな。二百年もあればなんとかなるだろう。できることをやって行こう」



【補足説明】

ここでの戦略資源は反中性子をさしています。


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