第82話 歓迎会2


 一条たちにアギラカナの概略を説明したらそろそろいい時間になっていた。宴会は明るい時間から始めた方が酒がうまい。俺の持論だ。


 酒を飲むと気持ちは良くなるだけで全く二日酔いなどしない体になっているおかげでいくらでもおいしく酒が飲める。小原庄助オハラショウスケさんではないが、そんなある意味理想的な生活を送ろうが誰にも文句は言われないうえ、その程度ではなんら身上をつぶすことはない。


 マリアはなにやら急用が入ったというので、俺一人が案内役となって一条と法蔵院さんを私邸の方に案内することになった。


 公邸の転移室から転移した先のあずまや風の建物で、一条が一言失礼なことを言う。


「先輩、ここが先輩のおうちですか? いやに狭くて風通しがいい家ですねー」


「バカ、ここはあずまやだろ。転移装置の上に屋根を付けただけの建物だ」


「冗談ですよ。いくら先輩でもこんなところで生活できるわけないでしょう」


「一条さん、山田さんにあんまり失礼なことを言っていると怒られますよ」


「いやだなー、麗華ちゃんは。先輩はそんなことくらいで怒りはしませんよ。ねー、先輩!」


「ああ、一条には負けたよ。そこの小道を上がったところに温泉旅館みたいな建物が有るんだがそこが俺の私邸ということになっている。まあ、ていのいい宴会場だな。良い風呂もあってなかなかのもんだぞ。それに酒も各種取り揃えてあるからな」


「それは期待できますねー。わたしも大使館勤めが長くなってかなりお酒に強くなってますから楽しみです」


 そんな話をしながら、丘の方に続く石畳の小道を上っていく。


「先輩、この生け垣は何の木なんですか?」


「それはサザンカだ。冬から春先まできれいなピンクの花が咲くぞ。緑の葉もつやが良くてなかなかのものだろ。ここら一帯は日本の木々を植えてるんだ。うまく管理できているようで、ここの周辺から外へは地球産の植物が拡がらないようだな」


 しばらく小道を上っていくと黒瓦の三角屋根が見えてきた。もう少し進むと、石塀に囲まれた建屋の全貌も見えて来る。


「ほんとだ、温泉旅館の雰囲気が出てますね」


 石組みの門をくぐり、その先の玄関の引き戸をガラガラ音をたてて建屋の中に入ると、温泉旅館そのものの土間があり、その先にはちゃんとそろえられたスリッパが置いてある。



「まずは、汗を流して着替えて来た方が良いだろう。ついて来てくれるかい」


 磨き上げられた木の廊下をしばらく進み、


「そこの突き当りを左に曲がると女風呂だから、ゆっくり入って来てくれ、浴衣ゆかたが置いてあるから、それに着替えてそこの右手の部屋まで来てくれるかい」


「了解しましたー」


 きょろきょろ周りを見回しながら一条が廊下を歩いていき、その後ろを俺と法蔵院さんがついていく。



 廊下の突き当りで二人と別れ右に曲がると、正面に『おとこ湯♨』と紺地に白く染め抜かれた暖簾のれんが下がっている。俺もひと風呂浴びてさっぱりしよう。


 軽く体を洗い、しばらく湯船に肩までつかっていつものようにぼーとしていると、案の定、一条が風呂場で法蔵院さんにふざけているらしい。


「……そんなにスタイルがいいのに、ちょっと残念かなー……」などと失礼なことを言っているのが聞こえて来た。女風呂との仕切りをもう少し厚くするか、何らかの防音装置をつけた方がいいな。


 十分体も温まり、すこしのぼせたところで風呂から上がり、用意されていた下着を着け、その上に浴衣を着た。気温的には羽織を羽織るほどではないが、浴衣の上に例のアギラカナ羽織を着込んだ。その羽織をよくみると、生地が知らぬ間に薄手になっていた。


 座敷に入ると、やはり俺が一番のようで、誰もまだいなかった。今日は八人の宴会のため、座椅子が左右四つで八個置いてある。


 しばらく真ん中あたりの座椅子に座ってみんなの来るのを待っていると、入り口のふすまが開いて自動機械が大きなお盆に料理の皿を何個も載せて入って来た。元は戦闘用の多足機械だったものを改造したということで、四本の手に器用にお盆を載せている。


 すぐに、手際よく料理が並べられていき、座卓の上が皿で埋め尽くされていった。次に入って来た自動機械が、持参した小型の座卓を料理の並べられた座卓の横に置き、その上に、かなりの数の水滴の付いたビール瓶や氷入りの錫製のバケツに入った日本酒を置いていった。こういった自動機械も学習能力が備わっており、各人の好みを把握したうえで、料理の種類から日本酒の銘柄まで一流の料理人のごとくわれわれ利用者に提供する能力を持っている。


 しばらく座っていると、廊下から一条たちの声が聞こえて来た。やっとお出ましだが、マリアを始めうちの連中がまだやってきていない。そういえば、紹介の済んでないお客さまと風呂に一緒に入るのはお互い気まずいだろうから、これから風呂に入りにやってくるのだろうと思っていた。


「先輩、いいお風呂をいただきました」


「きれいな日本風のお風呂で、驚きました」


「さっぱりしたところで、軽くビールでも飲んでみんなの来るのを待っていましょう」


「そのビールでいいんですよね?」


「ああ、二、三本開けて、そこらに置いてくれるか。まてまて、お客さんをつかっちゃまずいな。どれ、俺がお二人にお酌をしよう」


 ビールの栓を、スポッ、スポッと二本抜いて、一本を持って、差し出されたグラスにビールを注いだ。


 トクトクトク。


 いい音がして、ビールが大き目のグラスに注がれた。かなり冷えたビールだったようでいい塩梅あんばいというよりは少なめの泡が立ち、それがこぼれることはなかった。


「それじゃあ、先輩もグラスをとって」


 一条にビールを注いでもらい、


「まだみんなが来ないが、とりあえず、カンパーイ!」


「カンパーイ」「カンパーイ」


 うーん、なかなか、うちの連中が来ないが何かあったのか?


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