第60話 アイン


 俺はマリアを伴い、地球を周回する軽巡洋艦クラインの連絡艇で、アギラカナ大使館の屋上にある発着場に降り立ちその足で八階の執務室に向かった。連絡艇から眺めた十二年ぶりの日本は目に付く変化はないようだったが果たしてどうだろう。


「艦長、お待ちしておりました」


 執務室に入ると、中にいた全員が立ち上がり敬礼をして来た。すぐに答礼し、これまで長い間あるじのいなかった自席に座る。あたりまえだが、ほこりなど何もない。一条はこの部屋にはいないようだ。アインとマリアが俺の横で控えている。マリアの席が必要だが先にみんなに彼女を紹介しなくてはならない。


「みんな、俺が留守の間ご苦労だった。いない間のことはおいおいアインから聞いていくが、まず俺の隣に立っている女性をみんなに紹介しよう。名前は、マリア。『ゼノの主星破壊作戦』のあとまもなく、コアのアバターのマリアが自らの意思で旅立った。ここにいるのは新たにコアのアバターとなったマリア中佐だ。みんなよろしく頼む」


「マリア・コアです。皆さんよろしくお願いします」


 本来がどんなものかはわからないが、日本的な礼をしたマリアに、俺の席の隣にある一条の席に当面座っているように言っておく。


「アイン、俺の席の近くにマリアの席を用意しておいてくれ。それと一条は七階かい?」


「了解しました。マリア中佐の机は、一条さんの反対側の艦長の横に用意します。あと一条さんですが、外部で会議ということで外出中です。艦長によろしくとのことです。午後八時頃お戻りの予定です」


 一条も真面目に仕事をしているようで何よりだ。あいつももう四十になるわけだから、少しは落ち着いたのだろうか? この部屋にいる面々の顔は十二年以上経過したとは思えないほど全く老けていない。みんなの年齢は把握していないが、旅立ったマリアさんがあの年で老けているようには見えなかったので、バイオノイドは見た目はほとんど老けないのかもしれない。そういう俺自身も、見た目は三十くらいにしか見えないと思う。


「早速だが、アイン、俺に報告しなくてはならない問題というのは何なんだ?」


「三カ月半ほど前ですが、天王星軌道付近で超空間通信を行っていた未知の文明の無人小型宇宙船を鹵獲ろかくいたしました」


 いきなりびっくりするような話が飛び出した。ここ数カ月ビックリのし通しのような気がするが、今回は特大だ。


「ブレイザーでその無人小型宇宙船の内部を調査した結果、太陽系よりおよそ300光年離れた星系から送られてきた宇宙船であることが分かりました。当初その星系を便宜上DT01と名付けましたが、その星系にブレイザーからジャンプドライブ付きの探査機を二機送り込んだところ、自らをアルゼ人と名乗るアーセン人に酷似した人型知的生命体が、地球型の第3惑星と地球型ですがほとんど水圏の第2惑星に各々数十億単位で生息しており、大アルゼ帝国という名で星間国家を作り上げていることが分かりました。星系内には他に人工天体も複数存在し、活発に星系内を宇宙船が往来しているもようです。

 傍受した通信の内容から、大アルゼ帝国は十二の恒星系から構成され、各星系は小型のハイパーレーンゲートでDT01星系に結ばれているようです。

 第3惑星に建設された軌道エレベーター上の宇宙港と思われるプラットホームから数日後に発進した小艦隊が星系外周部に移動後、ジャンプドライブを使用して超空間に遷移しました。おそらく、目的地は太陽系だと推察されます。その艦隊がジャンプアウトする正確な日付は分かりませんが、目的地が太陽系であった場合、いまから一週間内外で超空間からジャンプアウトするものと思われます。

 これまでの分析結果から、大アルゼ帝国は船殻技術を持っていないようですので技術的脅威度はさして高くありません。技術レベルを評価しますと、アーセンの技術的最盛期の一千年から千五百年前のレベルと推定されましたが、非常にアーセンのものと酷似した文明のようでした。しかし、その程度の文明でジャンプドライブを開発できたことは驚きです」


「どこにでも天才は現れるってことなのかな。その話からすると、アルゼ人がアーセンの末裔である可能性はかなり高そうだ。ということは、アギラカナのコアにとっては微妙な問題になりそうだな。マリアはどう思う?」


 後ろに控えていたマリアに意見を聞くことにした。


 マリアが少し間をおいて今の俺の問いに、


「……アギラカナ・コアとしては全く問題ありません。現在の主権者である艦長の意思のまま対応できます」


「いくらコアのアバターでもマリアが言い切ってしまって大丈夫なのか?」


「私自身、マリアの後継に指名された折、通信特化型の処置を受けていますから、アギラカナ・コアと直接交信できます。それでいまコアと交信した結果の結論です」


「そうなのか。ずいぶん便利だな」


「それも、コアのアバターの機能ですから」


「そういえば、アインが以前言っていたが、コアにはマリアと繋がっているセカンダリー・コアとアギラカナの本能みたいなプライマリー・コアが有るんだろ? プライマリー・コアの方も問題ないのかい?」


「……艦長、コアが二つ存在するという情報がロックされているようです。私では判断できません」


「わかった。気にしないでいい。アインはどう思う?」


「……」


「アイン、どうした?」


「ここではお話しづらい内容ですので場所をかえてご説明します。会議室までお願いします」




 アインが先に入った会議室にマリアを引き連れて入り席につく。


「艦長、申し訳ありません。今まで黙っていましたが、実は、私はプライマリー・コアのアバターのようなものです。正確にはアバターではないのですが、休眠からの覚醒時、通信特化型に再設定されたため、直接プライマリー・コアと交信できます。今はマリア中佐も知ってしまいましたがプライマリー・コアの存在を知っている者は私と艦長だけです。結論から言って、プライマリー・コアが新たなアーセンの末裔に対してどのような判断を下すか不明です。

 最悪、アギラカナをそのアーセンの末裔に明け渡す可能性もあります。アギラカナの管理AIであるマリア中佐のセカンダリー・コアではプライマリー・コアに逆らうすべはいまのところ有りません」


 これはまた、大変なことになってしまった。大アルゼ帝国とやらが、プライマリー・コアに正当なアーセンの末裔だと認められれば、俺はアギラカナから追い出されるかもしれないな。追い出されるくらいならまだいいが、国の名前に『大』とかつける連中だ、アギラカナが大アルゼ帝国側になるとすれば、地球は連中の植民地になってしまう可能性すらある。この問題は早急に対応しないといけない。


「艦長、我々バイオノイドにはアーセンなどもはや関係は有りません。アギラカナ憲章のもと義務を遂行していくだけです。アギラカナのバイオノイドは全員艦長の味方です」


 マリアが俺を励ましてくれた。ありがたいが、具体的にはどうすればいい?


「アイン、君はプライマリー・コアの実質アバターだ、今後どうするんだい?」


「私はプライマリー・コアのアバターかもしれませんが、艦長に従います」


「わかった。信じよう」


 おたがい、こういうより他はないよな。


 口ではそう言ったもののどうしたものか。


 この話はそこまでにしたのだが、


「艦長、センシティブな問題ですので、私は少し席を外しています」


 そう言ってアインが会議室から出て行った。




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