第59話 帰還


 立派な艦名も思いついたので、まったりと帰還までの最後の三カ月を過ごすことが出来た。今では、マリアもいっぱしの釣り師に成長してしまった。俺が執筆中にも時間があるときは一人で釣りに出かけて魚のストックを増やしている。



 そして、とうとう本日はアギラカナが往復24000光年の旅を終え太陽系に帰還する。正確にはアギラカナは帰還ではなく初めての太陽系訪問となるのだが俺にとっての帰還だ。


 俺はアギラカナの艦長ではあるが操船をするわけではないので、オペレーターの声を遠くに聞きながら、久しぶりに顔を出したアギラカナの広大な中央指令室の中の一段高くなった艦長席に座って艦がジャンプアウトした瞬間に前面の灰色のスクリーンが宇宙空間を映し出すのを待っている。


「アギラカナ、通常空間に復帰します。三十、二十九、‥‥‥、十、九、八、‥‥‥、二、一、今!」


 灰色だったスクリーンに、星の煌めく宇宙空間が映し出された。


 前回は青白くギラギラと輝く中性子星がスクリーンの真ん中を占めて背景の星はほとんど見えなかったのだがそれに比べ、今目の前に映る真っ黒の空間に無数の星々が光り輝く宇宙を眺めていると気持ちが不思議と落ちつくようだ。ほぼ十二年半ぶりのな宇宙だ。


 艦長席に座る俺の後ろには若いマリアが控えているが、振り返って彼女を見ると、前方スクリーンを一心に見つめている。シミュレーション以外でこの宇宙(そら)を見るのは初めてだろうから無理もない。


「‥‥‥アギラカナ、全艦正常」


「地球までの距離、20AU(天文単位)です。誤差は有りません」


「太陽からこの距離を保ちつつ加速し、一旦アギラカナは太陽の公転軌道に入ります」


 太陽からこの距離だと、だいたい、天王星の公転軌道に重なる軌道に入る感じだ。


「強襲揚陸艦AA-0001-ブレイザーおよび大使館に、アギラカナ帰還を伝えます」



 大スクリーンに映し出された無数の星の中で真ん中の一際ひときわ明るい星が太陽なのだろう。残念ながらどこに地球があるのかは全くわからない。


「閣下、地球のアインから通信が入っています」



『驚きました。作戦が終了して五カ月ほどで戻ってこられるとは』


「探査部の方ですごい技術を開発したんだよ。そのおかげで実質今までのジャンプ航法の四十倍の速度が出るようになったんだ。詳細は俺には理解できないし説明もできないから誰か専門家に聞いてくれ。他に何かあるかい?」


『艦長に報告すべき問題が発生していまして、出来ればお早めにこちらにお帰り下さい』


「了解した」


 ゼノ作戦前後のアインとの会話では俺に報告するほどの問題はなさそうだったからこの四、五カ月で発生した問題か。話しぶりからするとそこまで緊急な問題ではなさそうだ。アギラカナのことは、幹部連中に任せておけば問題ないだろうから、特に指示することもないし、すぐに戻るとするか。



 アギラカナ艦長専用の第1宇宙港第1桟橋に直接接舷していた軽巡洋艦LC-0002-クレインにマリアを伴い乗り込み地球に急ぐことにした。マリアの着る制服の詰襟の縁取りは宇宙軍直属を表す赤い色で、左の襟元には中佐であることを示す銀ボタンが2つ付いている。中佐ということは、この軽巡洋艦クレインの艦長と同じ階級である。


 案内されたクレインの中央指令室では例のごとく艦長以下に迎えられ、戦隊司令官席に座り地球に向かうことになった。地球まで十時間少々。


 東京上空の巨大宇宙船がアギラカナではないことは、すでに地球の各国は推察しているだろうが、具体的に宇宙船国家アギラカナがどの程度の規模であるかはわかっていないだろうから、そろそろ複数の大型宇宙船に慣れてもらおうと思いクレインを地球の衛星軌道に乗せておくことにした。


 地球までの10時間、俺のようなお偉方が指令室あたりでうろうろしていると指令室のスタッフが窮屈に感じるだろうと思い早々にマリアを伴い控室に引き上げることにし、そこからアインに連絡を入れ、先ほど報告にあった『問題』について尋ねた。


「いま、軽巡洋艦LC-0002に乗って地球に向かっているところだ。さっきアインが言っていた問題というのは今話せないようなことかい?」


『重大問題というほどではありませんが、微妙な問題もはらんでおりますので直接お話した方が宜しいと判断しました』


「わかった。このまま軽巡洋艦を直接地球の周回軌道に入れるから各国に驚かないよう知らせておいてくれ。日本時間で午後四時に到着する」


『了解しました。日本政府を通じ各国に伝達してもらいます』


……



 官邸より「官房長官の定例記者会見の時間を一時間早め午後三時からになります」

 との発表を受け官邸の会見室に集まった記者団に対し、官房長官の箱崎進が国旗に一礼したあと会見を始めた。通常会見では記者からの質問に答える形で記者会見は行われるのだが今回は先に官房長官から発表が行われた。


「記者の皆さんにお伝えします。本日正午、駐日アギラカナ大使館より日本政府に対し連絡があり、本日午後四時ごろ、アギラカナの宇宙船が、高度400キロメートルで地球の衛星軌道に乗るという連絡がありました。宇宙船は直径720メートル、白色の球体で一時間三十分ほどで地球を一周するそうです。この連絡をうけ、日本政府は各国政府に対し、その旨連絡いたしました。何かご質問は?」


「東朝新聞の諸月(もろづき)です」


「どうぞ」


「5月に首相主催で開催される『あやめを見る会』について質問させていただきます……」


 さすがの官房長官もこの空気の読め無さ、場違い感に苦笑を隠しきれなかったようだ。諸月本人はほかの記者たちからの諦めきったような眼差しが目に入らないのか今日も嬉々として質問を続けている。良くも悪くも日本は平和な国なのである。




 アギラカナ大使館からの通告通り、日本時間午後四時、高度400キロで軽巡洋艦LC-0002-クレインが地球周回軌道に入ったが、強襲揚陸艦AA-0001-ブレイザーが十五年前いきなり東京上空に現れた時と違い、各国政府に対し事前連絡が行き渡っていたため、今回は混乱もなく落ち着きをもって宇宙船の到着が見守られた。


 アギラカナの大型宇宙船が地球を周回するという情報は各媒体のニュースで国民にも周知されており、更に今回現れる宇宙船は肉眼でも見える大きさだと伝えられていたため、多くの人達が地上やビルの屋上などから見上げる空の上に白い豆粒のようなものが現れた。直径で満月の5分の1程度でありすぐに気づけるようなものでもないため迫力に欠けたが、南の空に現れた白い豆粒がそれなりのスピードで東から西に移動していくのは見ている人を飽きさせなかったようである。



 アギラカナが太陽の公転軌道に入り周回を始めた三日後、NASAの光学観測衛星が偶然謎の惑星を大口径反射望遠鏡でとらえた。地球からの距離はおよそ20AU(天文単位)、直径はおよそ14000キロ。これまでこれほどの天体が観測できなかったことから、いきなり、太陽系に現れたのではないかと思われ、直ちに過去の観測結果と照合した結果、一カ月前には存在しなかった天体であることが確認された。


 各国は、これについてアギラカナから何らかのコメントを期待していたようだがなんのコメントもなかった。逆に、そのことで各国首脳は安心した感もある。



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