第55話 超空間航行


 最後の報告は探査部のドーラ少将。


「これまでのジャンプドライブでは、有人での超空間航行誤差が0.1パーセントでしたが、これを無人機と同じ四十分の一まで縮小することに目途が立ちました。行きの一万二千光年には十二年かかりましたが、帰りは、無人機と同じでその四十分の一で済みます。つまり、一万二千光年ですと三カ月半の計算になります」


 いきなりの爆弾発言に会議室がざわめいた。ざわめきが収まるのを待ってドーラ少将が話を続ける。


「現在、アギラカナは超空間での航行誤差を0.1パーセント、いいかえれば光速の千倍で超空間を航行しています。これは現在の速度を超えて超空間を航行した場合、ジャンプアウトして実空間で実体化した際、有機生命体の生命活動再開に必要な要素が欠落してしまう可能性が一気に高まるためです。

 超空間航行中の我々は、実空間から見た場合、観測不能であるため確率として存在を捉えることしかできません。その存在確率は元素別に常に揺らいでいるのですが、航行誤差がある閾値しきいちを超えると一気に生命活動に不可欠な元素の揺らぎが増大してしまいます。その閾値しきいちが現在の航行誤差0.1%、速度にして一千光速となります。

 航行速度を上げるとこの揺らぎが大きくなるのですが、それに伴い生命活動に不可欠な元素の存在確率が50パーセントに漸近ぜんきんしていき、ジャンプアウト時、我々が生存しているかどうかは五分五分の賭けとなります。

 この揺らぎの振幅を安定化させるため、以前より研究を進めていました転送装置の転送先での安定化技術を応用し、超空間での存在確率の揺らぎを押さえる安定化フィールドを開発することが出来ました。

 現在アギラカナは超空間を航行中のため、実証実験を行っていませんので100パーセント安全、確実とは言えませんが、現行の航行誤差0.1パーセントに相当する光速の一千倍速から一カ月間をかけて徐々に航行速度を上げ、問題がなければジャンプドライブの最高速度の航行誤差0.0025パーセント、光速の四万倍速まで上げていきたいのですが承認していただけますでしょうか?」


「無人機の場合でも、主要機器は精密部品だが、そういったものは問題ないのか」。誰かが質問した。


「無人機の場合でも、AI系統の超精密機器は影響を受けますが、ジャンプアウト時、無人機内部の自動修復プログラムにより機能を維持できただけです。ですから、現状のままジャンプの回数を重ねれば無人機も若干ですが喪失する可能性が有ります」


 いや、これも困った。失敗したらおそらくこの超空間で存在確率ゼロとなり消滅してしまうのではないだろうか。それが、ジャンプアウトした時なのか速度を上げていく最中なのかは不明だが、その時はその時で自分では認識できないのだろうがアギラカナごと消滅は嫌だな。いや、アギラカナは生命体じゃないから残るのか。よくわからんな。


「安全策は様子ようすを見ながら、速度を上げていくということだけですか?」


 何か安全策があればそれに越したことはないのだが。


「転送可能距離の長大化に伴う再出現問題の解決のため開発していた技術を転用したものなので、安全性は高いと判断しています」


 俺は以前から、ワザと長距離転送を制限していたのかと思っていたが、何だか難しそうな技術的理由で長距離転送が出来なかったとは知らなかった。


 立場上、安全性については一応確認しておく必要があるだろう。


「今の話の生命活動に不可欠な元素の存在確率が不安定化した場合の復帰は可能なんですか?」


「揺らぎの安定化プロセスは可逆的過程であるため復帰は元の速度に戻すだけで容易であると考えます」


 探査部には相当な自信はあるようだな。これは賭けてみてもいいのか。


「そういうことで、探査部のドーラ少将としてはやってみたいってことですね。ほかはだれか意見があるかな?」


「ドーラ少将が安全と言っているんなら問題ないんじゃないですか」。とアマンダ中将。


 ほかは特に意見はないようだ。この人は仲間に対する信頼感が強い人なのでこういうだろうと思っていた。


「他に反対の人もいないようだし、やってみましょう。ドーラ少将、それで、いつから実施できますか?」


「安定化フィールド発生装置はそれほど複雑な装置ではありませんが、アギラカナ全体を覆うため大型の装置となります。それでも一週間ほどで製作可能です。存在確率の揺らぎの観測装置、ジャンプドライブへのフィードバック機構などを組み込みますから合わせて二週間ほど準備が整うまでに必要です」


「ドーラ少将、準備が整ったらなタイミングでアギラカナの超空間航行の高速化を開始してください。みんなもそういうことでいいですね。それとドーラ少将、開始報告は不要です。失敗して存在が無くなるのなら知らないうちに無くなってしまいたいですから」


「了解しました」


「今日の会議はそういうことで終了します」



 会議は終わったのだが、陸戦隊のエリス少将がドーラ少将を呼び止めて質問している。その質問に答えるドーラ少将。


「……、そういうことで、ジャンプアウトした時にこの五分五分の賭けに負けた場合、超空間に遷移した瞬間に遡り、生命活動が停止するだけでなく因果律が強制的に修正されわれわれの存在自体がアギラカナを含め消滅してしまいます。……」


 なんだか、哲学的な話になって来た。しばらくその話を聞いていたが、自分では理解できないと判断したので気にしないことにした。何はともあれ、うまくすると地球にあと四カ月少々で戻れる可能性が高まったことを喜ぼう。



 その会議から十五日が経過した。今頃超空間航行の高速化は実施されているのだろうから、俺の存在が消滅していないところを見ると安定化フィールドはとりあえずは成功したようだ。



 いつから安定化フィールドを起動したのか聞いていないのではっきりしないが、ちょうど起動から一カ月が過ぎたのだろう、探査部からの報告があり問題なく超空間航行の速度がこれまでの四十倍になったそうだ。


 光速の四万倍である。太陽系から今までアギラカナのいた二光年先までわずか二十七分で到着してしまう。ただ、ハイパーレーンゲートもそうなのだが超空間ジャンプも星系の惑星運航に影響を与えるため、星系外周部で超空間遷移をする必要があるそうだ。そのため地球からだと半日以上かけて、ジャンプ点まで移動する必要がある。



 超空間航行が安定するまでの一カ月間、小説、魚釣り、温泉、宴会の四つで楽しく過ごせた。誰もがうらやむアーリーリタイアメントしたお金持ちの生活である。



 太陽系に帰り着くまで、あと三カ月だ。書きかけの小説のこともあるのに、軽巡洋艦LC-0002の名前を付けるよう宿題が出された俺は、フーリンカのように爆沈してほしくはないので、鶴は千年、亀は万年のつもりで、LC-0002-タートルとか考えたのだが、軽巡洋艦に鈍足な亀はないだろうと思い、寿命が十分の一になるが鶴で行くことにした。


 軽巡洋艦LC-0002-クレイン。クレインも日本人には工事現場のクレーンの方がなじみがあるが、ここは、鶴なのだ。


 あとは、BC-0001。アギラカナ初となる戦艦だ。戦艦は黒鉄くろがねの城ともいうし、S6級戦艦BC-0001-シタデルでどうだ。船殻艦だから見た目は黒じゃなくて白いんだろうけどそこは目をつぶろう。シタデル、城塞の名に恥じないくらい堅牢な艦になってくれることを願う。






[あとがき]

分かったようなわからないような、いつものご都合主義で申し訳ありません。

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