第15話 艦長私邸1
アギラカナの艦長になってみたものの、取り立てて急ぎの仕事があるわけでもない。艦長室の執務机に据え付けられたモニターとマウスで、ネットサーフィンをしてみたり、ネット小説を読んだりするくらいで非常に暇だ。
あと、名前を呼ぶとき、さん付けはやめて呼び捨てにするように言われた。確かに映画や本などで艦長が部下に~君と呼ぶところは見たことはあるが、~さんと呼んでいるようなものは見たことがないので納得した。マリアさんだけは軍人ではなく軍属なのでそのままさん付けで呼んでいる。
一度マリアさんがやって来て、アギラカナの制限を解除するため、執務机の上にあるスキャナーに手を置き口頭で指示を出すよう言われたので、その通りにした。
「コアに対する直接命令権限者と認証しました。命令をどうぞ」
マリアさんは、目の前に立っているが、同じ声が机から聞こえて来た。
「アギラカナの戦闘制限を解除」 「詳細指示がないため全戦闘制限解除します」
「以上の命令はコアに対する直接命令権限者により撤回または変更可能です」
「アギラカナ所属バイオノイドの活動個体数制限、戦闘制限を解除」 「バイオノイドの活動個体数制限、戦闘制限を解除します。例外規定として、艦長に対する戦闘行為の禁止制限は解除されません」
「以上の命令はコアに対する直接命令権限者により例外規定を除き撤回または変更可能です」
「ありがとう」
「どういたしまして」
目の前に立つマリアさんが答えてくれた。これで、アギラカナは戦闘艦になったわけだ。これがいいことなのかどうかは分からないが、この艦のみんなが望むことならきっといいことなのだろう。確かにボクサーの手を縛ってガードはしても相手を打つなと言われたら困るでは済まされないからな。このアギラカナはどこかの国と同じ状態だったわけだ。
机でネットを見ながら、暇をつぶしていると、こんどはアインがやって来た。襟が赤く縁取りされた制服を早速着ている。
「艦長、お暇でしたら、外周第一層に視察に行かれませんか? 第一層はテラフォーミングが進み見事な自然が見られるそうですよ」
「それはいいな。さっそく行ってみよう。この格好で問題ないのかな」
「艦長の制服で問題ありませんが、もう少しラフな格好でも問題ありませんので、普段着に着替えていただいてよろしいと思います」
「それじゃ、失礼して着替えてくる」
「それでは、秘書課のわれわれもお供しますので、よろしくお願いします」
俺が普段着に着がえて執務室に戻ると、アイン他三名、秘書課全員がそろって俺を待っていた。四人とも制服ではあるが、各々カバンというかバスケットのようなものを持っている。何だかわからないが、きっと必要なものなのだろう。
アインに連れられ転送ルームに行った。床上のマーク内に全員入れたので一度で第一層に転送された。
初めて見る第一層は見た目は地球の森のようなところだった。上を見ると木々の間からのぞく空は青い。当然太陽は見えないのだが、広い範囲で空が白く輝いている。太陽の代わりに地面を照らしているのだろう。
空気は少し湿気を帯びているようだが、風は気持ちよい。空気もうまいような気がする。足元を見ると、四角い台座のような場所で丸く円が描いてあるところを見るとここも転送機能のある場所なのだろう。
「艦長、少し
アインが先に立ち、俺の周りを四人で囲むような形で、なだらかな上り坂になった森を進んでいく。しばらく進むと森が途切れ、草地が続くようになり、さらに進んでゆくと突然視界が開けた。
ここは丘の上のようだ。そこから見ると、地平線のかなたまで森が広がり、ところどころに湖があり、近くに川も流れている。これが宇宙船の中なのか? 綿雲がゆっくりと流れ、かなり遠方に、白くうっすらと柱のようなものが上に続いている。
「いいところだなあ」。 大きく息をして空気を吸い込む。
すると、秘書課の連中が、持ってきたバスケットの中から取り出したシートを地面に広げ始めた。
「艦長、少し早いですが、お昼にしませんか?」
「もしかして、そのバスケットの中身はお弁当?」
「はい。ネットで調べたレシピを元に、みんなで今朝作ったものです。初めて挑戦したものですが、出来はいい方ではないでしょうか。遠慮なさらず、お召し上がりください」
「ほう、それじゃあさっそくいただこう」
各々がバスケットの中からランチボックスや水筒を取り出し、シートの上に並べてゆく。
海苔が真ん中に巻かれた
「とっても美味しいよ。おにぎりの塩加減が絶妙だ。初めてと言っていたけど、プロ顔負けじゃないか。すごいもんだ」
「喜んで食べていただき作ったわれわれもうれしいです。作り方でネットでは不明な部分は、地球にいる駐在員に調べさせていますから、間違いないはずです」
そこまでしちゃった。
そんな会話をしながら、暖かい日差しと気持ちの良いそよ風の中で、和気あいあいとお弁当を食べていたら、すこし眠気が出て来た。
「こんな、いい場所に家でもあったらいいよな」
「艦長が、そうおっしゃるなら、ここに艦長の私邸を作りませんか? 地球式の家屋の資料は簡単に手に入りますから、すぐに完成しますよ。作ってみて、気に入らないところや、気付いたところがあればどんどん改修していけばいいだけですから」
それは、そうかもしれないけれど、ちゃんとした住むところが艦内にあるのにそれはぜいたくじゃないか?
アインをはじめ、秘書課の四人はネットでいろいろ日本文化を勉強しているらしく、俺の私邸についてあれこれ意見を出してくる。
「お風呂は、屋内だけでなく、温泉風に露天風呂も作りましょう。ジャグジーやサウナもあった方がいいですよね」
「トレーニングルームを作りませんか? 日本のフィットネスジムにある主要なマシーンを輸入しましょう」
「サンルームも欲しいですね。温室の中で、いろいろな花を育てるのは夢が有ります。もちろん、庭は広めに作って花壇も作りましょう」
「いえいえ、日本式庭園の方が良くないですか? 池を作って魚を放したり」
「それなら、プールもアリじゃない。滑り台なんかも面白そうよ」
「和室がないとだめですよね。畳は輸入になりますが」
ネットで調べて覚えてしまったんだろうが、ほとんど日本の二十代、三十代の女性の会話だ。
どんどん話が大きくなってゆく。
俺は四人がああでもないこうでもないと言っているのを尻目に、シートの上に寝転がり、青い空を流れる雲を眺めていた。
一応、四人の話はまとまったようで、艦長私邸を作ることになった。誰かに、許可を取る必要はないのかと訊いたところ、艦長の許可が必要だそうだ。恐ろしいことだが、俺の言動は全て記録されており、口頭での指示であれ何であれ、コアがアギラカナ憲章に抵触せず、実行可能と判断したものは、全て命令として実行されるそうだ。
まあ、惑星規模の宇宙船の中に家一軒建てるくらい、彼女たちに任せておけば大丈夫なのだろう。
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