第5話 山田圭一、超人化?


 ドライブスルーで買ったハンバーガーセットを持って部屋に戻り、ダイニングテーブルにお盆を持ってきて、その上にポテトとコーラ、チーズハンバーガーと追加で買ったただのハンバーガーを載せて食べ始める。付けてもらったケチャップの容器を開け、それにポテトを突っ込んで口に運ぶ。


 さっきまで『きん』の換金で頭の中がいっぱいだったが、俺の体も何だか違和感ありまくりだ。まず、何を持っても軽い。意識すると遠くのものがはっきり見える。対向車に乗っている人の顔がすれ違う直前までよく見える。肉体的には疲労を感じない。


 俺の身体能力はどうなってしまったんだろう? これは確かめねばなるまい。


 自室で試すと下の階の部屋の人に迷惑になるので、ベランダに裸足はだしで出て、軽くジャンプしてみた。あわや上の階のベランダの裏側に頭が当たるほど飛び上がってしまった。


『特殊な生体器官。……その生体器官の働きで、宿主の運動機能等が向上します』これだー。


 アインさんが言ってた運動機能の向上のおかげで、とうとう俺は人間の枠組みから外れたようだ。


 長いこと着ていなかったトレーニングウエアをクローゼットの下の収納ボックスから引っ張り出し、それに着替えた。腰あたりのゴムが緩んだのか、腰回りが緩くなっている。自分の腹部を見ると、シックスパックとは言わないが以前よりだいぶ引き締まっている気がする。


 トレーニングパンツが緩んだままではまずいので、腹のところから垂れている紐をきつめに結んで、ずれないようにした。腕時計はタイマー付きのものに替えている。5メートル測れる巻き尺があったので、財布と部屋の鍵と一緒にポケットに入れておく。


 ランニングシューズを履いて、近くの小公園へ。この公園、うちのマンションのエントランスから500メートルは離れた場所にあるのだが、軽く流してランニングしていったら、腕時計のストップウォッチは二分ちょうどを示していた。単純計算でも時速15キロ。息も切れていないし疲れも感じていない。


 昼前の公園には人気がなく好都合だ。ランニングシューズで地面に線を引き、線の内側から両足で立ち幅飛び。


 まさに、ビヨーンといった感じで体が高く浮き上がり、そこで、わしゃわしゃ足を動かして着地。かかとの位置に線を引く。そこから、最初の線までの距離を巻き尺で測る。5メートルの巻き尺では足らず、一回印をつけて、そこから測り、合計で約7メートル50センチあった。


 こういった競技について詳しくないのでわからないが、おそらくこの記録は世界記録ではないだろうか。垂直飛びは、適当な壁があれば跳んだ高さを測れるのだが、あいにくひらけたところにある公園なので適当な場所がなくこれは試さなかった。これも、試せば『びよーん』の予感がする。


 財布に小銭が入っていることを確認し、今度は、近所にあるバッティングセンターで確認だ。いままでは、球速130キロの直球になんとかバットをかすらせることはできたが、ヒット性のあたりは一度も経験がない。


 受付でコインを二枚購入し、空いていたボックスに入る。軽く素振すぶりをして、ここは130キロの直球のみを選び開始ボタンを押した。


 右打ちのバッターボックスに立って、右手一本でバットを体の下の方でぶらぶら揺らし、おもむろに正面のピッチングマシーンを見ながら、バットを持ち上げ、目の前に垂直に立てる。空いている左手のこぶしを口の前に持っていき、かるく「コホン」と咳ばらいをしてからバットを引き、左足を少し前に出して足幅をとり、打撃体勢を整えた。


 さあ来い!


 スパッ!


 軽い音がしてローター式のピッチングマシーンから軟球が飛んでくる。妙にボールが遅い。金属バットを思いっきり振ったらバットの先端にボールがかすっただけだった。その際、ボールからかバットの先端からかゴムの焼けるいやな臭いがした。


 二球目、今度は焦らずゆっくりボールを待つ。気持ち50センチまでボールが近づいてきたところでスウィングを開始。


 パーン!!


 えらい音を立ててボールが破裂してしまった。


 三球目、フルスウィングはダメそうなので、軽く当てる感じでバットを振ってみた。


 キーン!!


 軟球のわりにいい音がして、ボールが飛んで行き、バッティングセンター奥のネットを揺らして落ちて行った。


 いい感じだ。これなら、これまで狙ったこともなかったホームランマークが狙えそうだ。


 四球目、


 キーン!!


 おしい。ホームランマークから50センチ左。



 五球目、


 キーン!!


 『入ったぁ! ホームラーン!!』


 元気のいい声で場内アナウンスされてしまった。


 近くのボックスで、打っていたお客さんがこっちを見ている。そりゃあ注目するか。


 まだ、十五球残っていたが、いったんリセットして、コインを入れなおし、球速を最高速度160キロのランダム、球種とコースをランダムにセットして、スタートボタンを押した。このバッティングセンターで最も難しい設定だ。


 ズパッ!!


 最初は、直球らしい。先ほどよりは幾分早いような気がするが、まっすぐボールが飛んでくるのが良く見える。やや低めのインコース。


 キーン!!


 ライナーが飛んで行き、奥のネットが大きく揺れた。


 二球目、大きく割れるようなカーブがアウトコースぎりぎりに落ちてくる。


 キーン!!


『入ったぁ! ホームラーン!!』


 また、アナウンスされてしまった。


 これ以上は周りの人の目をさらに集めるし、無意味なので、ボックスを後にした。


 もうあれこれ考えても仕方がない。若いころならいざ知らず、いまさら野球選手でもないのであまり意味はないのかもしれないが、俺はおそらく超人になったのだ。


 受付でもらったホームランの景品は高級ティッシュ二箱だった。受付のお姉さんに名前を聞かれたが、愛想笑いでごまかした。





[あとがき]

 2020年5月25日現在、日間ですが、投稿を始めて2日連続でSFジャンルで1位になりました。読者のみなさまありがとうございます。

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