舞い降りた春

宇佐美真里

舞い降りた春

まだ袖を通すのは三度目の新しい制服に

順番にボタンをとめていく。

無事合格し、指定の制服を新調したのが一度目。

袖の丈を詰めサイズを確認したのが二度目。

そして今日、三度目は入学式。


やはりこちらも新しいローファーに、足を入れようとしていると、

「忘れ物はない?」母親が玄関までやってきて言った。

「大丈夫…」私が答えると、さらに母親は続けた。

「いよいよ新しい生活ね。行ってらっしゃい」

玄関の扉を開けながら私は呟いた。「新しい生活か…」

晴れの入学式の日だというのに、空はどんよりと低かった。


ホームに滑り込んできた電車は然程、込み合ってはいなかった。

これから三年間通う学校へと電車で揺られる。

駅をひとつひとつ停まるうちに、

自分と同じ制服を着た学生たちが乗り込んでくる。

そんな中にあっても、新入生のそれは真新しいのですぐに分かる。


駅から学校への大きな通りの両側には、

歩道いっぱいに学生がひしめきあっていた。

緩やかな坂道は制服の波。

どんよりとした空の下、

それはまるで二匹の大きな黒い蛇が

這いずり上がって行くかのようだった。


校門を通り抜けると、そこには人集りが出来ていた。

人集りを為していたのは、真新しい制服ばかり。

私と同じ新入生たち。

彼らの視線は皆同じ方向に向けられている。

その先にあるものは、新学級の編成だった。

あちこちで黄色い声が喚がる。

「キャーッ!一緒だ!」

「あぁ…残念。離れちゃったね…」

皆、同じ学校から入学してきたのだろう。

ひとりで掲示板を見つめていると、後ろから勢いよく肩を叩かれた。


「よっ!遅いじゃない?!クラス違っちゃったよ…残念っ!」

その声は同じ中学を卒業した友だちだった。

「えぇ?!うそ?クラス違うの?」

彼女とは小学校からのくされ縁のようなものだ。

「そう…。みんな、ばらばらのクラスだってさ…」

卒業した中学からは、私たち女子二人と男子二人の計四人が、

この高校に通うことになっていた。

とは言っても、後の二人とはあまり交流があったわけでもない。

「まぁ、あいつら冴えない奴らだったしね…。もっとかっこいい男子見つけるぞ!」

「また、それですか…」私は苦笑いしながら掲示板を目で追った。

「何言ってんのっ?!あんたっていつもそうなんだから…」

聞こえないふりをして、掲示板に目を遣った。

「恋くらいしないと!春だって言うのに…」

私に言わせれば、年中彼女はそればかりだ。


「三組か…」

私は掲示板に自分の名前を見つけ、

さらに隣の四組に友だちの名前を見つけた。

その途中、追っていく名前の列の中で見覚えのある文字の並びをみつけた。


「?!」


久し振りに見る名前。指差して友だちに知らせる。

「あれって、まさか…だよね?」

「うっそ~っ?!アイツと同姓同名じゃん?!」

思わず辺りを見回す私…。


掲示板から少し離れたところで、私は視線を止めた。

四、五人の背の高い男の子たちが騒いでいる。

「やっぱりアイツだ…」友だちが言った。

「うん…」頷く私。

「背伸びたんだね…随分」

だけど、笑顔は小学生の頃と変わらないままだった。


曇り空の下…

彼と私の間を一陣の風が吹き抜けていく。

どんよりとしていた空に、パッと舞う花びらたち。

その風が合図になったかのように

ふと朝の母親のひとことを思い出した。


「忘れ物はない?」


忘れるどころか、三年前の卒業から

ずっとポケットの中に入れ続けていた想い。

今日から春。舞い降りてきた新しい春。

それは、およそ千日ぶりの春だった…。


軽やかに始業のチャイムが鳴る。

新入生たちは体育館に集合するようにと、アナウンスが聞こえてきた。



-了-

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