第25話 僕に協力してくれってこと?
「遅いです」
テーブル席の椅子に座っていたみゆりは、僕と目を合わせるなり、冷たく言い放った。同じ学校帰りとあってか、通う中学校のセーラー服姿だ。いつも背負っている通学用のリュックや傘が椅子のそばに置いてあった。
午前まで降っていた雨は止み、放課後の今では晴れ間が覗くくらいの天気になっている。
駅前にあるチェーン店のカフェはほぼ満席に近い。パソコンと向き合う男性や同じ学校帰りらしき他校の生徒らで賑わっている。
みゆりの手前には、アイスコーヒーがあり、コップは半分ほど減っていた。というところから、それなりの時間待たされていたようだ。
「ごめん」
「別に謝らなくていいです」
みゆりの声に、僕は場を誤魔化す気持ちで苦笑いを浮かべ、みゆりの反対側に座る。で、頼んだ同じアイスコーヒーをテーブルに置き、一緒に持ってきたミルクとガムシロップを混ぜた。
「子供ですね」
「何が?」
「ガムシロップとミルクを入れるからです」
みゆりの言葉に、僕は彼女のコップに入っている中身がブラックであることに気づく。
「苦くないの?」
「別にそういうのは気にしません」
「みゆりは、僕より大人だね」
「褒めても、何も出ないです」
「別に何かほしいとか言ったわけじゃないんだけど」
「もう、本題を話してもいいですか?」
みゆりは僕の小言を流すかのように切り出そうとしてくる。対して、抗っても、何もいいことはなさそうなので、僕は「どうぞ」と話を促すことにした。
「今から話すことは、お兄ちゃんには黙っててください。後、話を聞いて、変に声とか出さないでください」
「どういうこと、それ?」
「とりあえず、それは約束してください」
真剣そうな眼差しを送ってくるみゆり。かなり、重そうな内容だと僕は察したので、背筋を伸ばして、左右の手を膝の上につく。
「わかった。みゆりがそう言うなら、僕も真剣に話を聞く」
「それは、当たり前です」
みゆりは一瞬、戸惑うような表情をしたが、すぐに淡々とした調子に戻した。
「ちなみに、お兄ちゃんには何て言ってきたんですか?」
「それは、ちょっと用事があってとか言って」
「それは曖昧過ぎる理由ですね」
みゆりは呆れたような顔をする。僕は「まあ、そうだよね」と弱音を吐く。
「でも、みゆりも、『今日は寄るところがあるので、先に帰ってて』って、直人に言うのは、僕と同じで曖昧な気がするんだけど」
「わたしのことは関係ありません」
「何となく、そう言うと思った」
僕は口にするも、みゆりは黙ったまま、アイスコーヒーをストローで飲む。
「それで、本題です」
「はい」
「前からですけど、わたし、誰かにストーキングされてる気がします」
「ストーキング……、えっ、誰かにつけられてるっってこと?」
「透先輩、少し声が大きいです」
みゆりは人差し指を口元で立てて、僕を睨みつける。
「多分、今もいます」
「多分って、えっ? ストーカー?」
僕が声を潜ませて問いかけると、みゆりはゆっくりと首を縦に振った。
途端、僕は変な汗が出てきて、変にあたりを見回してしまう。
「変な動きしないでください」
「ごめん」
「謝られても、相手は出てこないです」
「それって、誰だかわからないってこと?」
「そうです」
みゆりは言うと、アイスコーヒーに口をつける。
「ただ、自分が早退した時はストーキングされていた感じはありませんでした。だから、もしかしたら、同じ学校の人かもしれないです」
「なるほど」
僕は両腕を組み、椅子の背もたれに寄りかかった。
「それ、警察に言った方がいいんじゃない?」」
「嫌です」
「どうして?」
「お兄ちゃんに心配はかけたくないですから」
「でも、何かあった時には遅いし……」
「でしたら、透先輩が何とかしてください」
「僕が?」
自分の顔を指差した僕に対して、みゆりはうなずく。
あまりにも無茶ぶりだ。下手すれば、相手に殺されるかもしれない危険を孕んでいる。加えて、もし、みゆりに何かあったら、直人に合わせる顔がない。
「みゆり、その、やっぱり警察に行こう」
「嫌です」
「いや、これは好き嫌いの問題じゃなくて……」
「でしたら、明日から学校には行かないで、家に引きこもってます」
みゆりは頑なに警察へ行きたがろうとしない。直人や親に迷惑をかけたくない思いが強いのだろう。だから、他に相談ができそうな僕に頼ってきたのかもしれない。
僕はため息をつき、「わかったよ」と言葉をこぼす。
「本当ですか?」
「その代わり、ちょっとでも危なくなったら、警察に頼るっていう条件付きで」
「わかりました」
みゆりは言うなり、急に頭を下げてきた。
「えっ? みゆり?」
「すみません、透先輩。わたしの我がままを聞いてくれて、ありがとうございます」
あまりにも丁寧な調子に、僕は戸惑ってしまう。無茶ぶりなことを頼んできた後に、受け入れると、感謝を表すような態度。ならば、「やっぱり、警察に行こう」とか言ってみようか。でも、おそらく、みゆりはすぐに抗うだろう。
「で、今もストーキングされてるかもしれないっていうのは?」
「学校出てから、ずっとつけられてるいつもの感じがするからです」
「もしかしてだけど、それが、前に早退や休みとかしてた理由?」
僕の質問に、みゆりは間を置いた後、「それもあるかと思います」と答えた。
「ずっとつきまとわれてる気がして、何だか嫌なんです。でも、それ以外にもあります。前に話した、『みんなの話に合わせないといけないっていうのが面倒』だからです」
「ああ、そのことか……」
「わたしとしては、正体を突き止めたいんです。だから」
「僕に協力してくれってこと?」
「はい」
みゆりの返事に、僕は厄介なことになったなと頭を抱えたくなる。でも、仕方ない。「わかったよ」と言ったのだから、拒むわけにはいかない。
「なら、そのストーカーを見つけるために行動を起こすしかないよね」
「何か策でもあるんですか?」
「いや、策っていうほどではないけど。それに相手がそう簡単に引っかかってくれるかどうか……」
僕は頭に浮かんだストーカーを炙り出す策について、みゆりに話した。
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