第23話 昨日、変にお礼を言ったから、何となく、透先輩に顔を合わせづらいだけ
翌日の朝。
まさかとは思ったけど、天気は雨だった。予報では曇りと伝えていたので、さらに悪くなる可能性があってもおかしくはない。
で、僕は欠伸をしつつ、それぞれ傘を差す直人と学校へ向かっていた。
「みゆりは?」
「先に行くってさ。別に今日も学校を休むわけじゃないから、そこは安心していいからな」
「別に、まあ、ちょっとは心配してたけど……」
「素直じゃないな」
直人は声をこぼすと、眠そうな僕の方へ視線を移してくる。
「昨日は徹夜か?」
「そんなところだね」
「小説か?」
「まあ、うん」
僕はうなずき、ノートパソコンを数カ月ぶりに使ったことを打ち明けた。
「透、持ってたんだな、パソコン」
「前に父親からもらってたんだよね。新しいの買って、前のがいらないからって」
「それで小説書いていたのか?」
「はじめはスマホで書いてたんだけど、パソコンの方が書きやすいのかなって、ちょっと出してみて、使ってみた」
「で、どうだったんだ?」
「まあ、キーボードを叩くのは、スマホと違うからね。ただ、久しぶりに使ったから、なかなか慣れなくて……」
「そうか……。そういえば、学校でパソコンの授業って、一学期くらいにやったな」
「だね。あの時は文書作成や簡単なプログラミングくらいしかしてなかったけど。まあ、小説書くのも文書作成みたいなものだけどね」
「ネットとかも使うんだろ? 小説書くのに調べものとか必要だろ?」
「そうだね。けど、そこらへんはノーパソじゃなくて、スマホだね。そっちの方が日頃から使ってて慣れてるし」
「そうか。ちなみに、みゆりはデスクトップがあるけどな」
「えっ? みゆりって、そういうの得意なの?」
「得意というよりさ、何だろうな、性能のいいパソコンで色々とやりたいらしいからな。とか言いながらさ、使ってるのはネットか、小説書くぐらいだけどな。もしかしたら、ゲームとかやってるかもしれないけどさ、そこまでは俺も知らないんだよな」
直人の言葉に、僕は耳を傾けつつ、みゆりはどういう小説を書くのだろうと考えていた。
「それで、透の小説はどこまで書けたんだ?」
「それが、書いてみたものの、何か、言葉とかが貧弱で……」
「ああ、語彙力か。それは読書とかである程度身につけるしかないよな。まあ、それでも、小説は書けるだろ?」
「まあ、一応は。ただ、人様に見せられるレベルじゃないけど」
「そこは頑張るしかないだろうな」
「みゆりは投稿サイトに載せてるんだよね?」
「それは一昨日聞いたな。それなりにコメントや評価はされてるらしいけどな」
「もしかしてだけど、直人」
「何だ?」
「僕はみゆりに無謀なことを宣言したんじゃ……」
「気づくのが遅すぎたな」
「って、気づいてたなら、教えてもらいたかったんだけど」
「いや、透が苦労しながらも、頑張ろうとする感じがしたからさ、そういうことを言うのも何かなと思ってさ」
「あのう、逃げ出そうとしたこともあったと思うんだけど?」
「そうだっけか?」
とぼける直人に、僕は目を細めた表情を向ける。
「悪い悪い。今度、照り焼きチキンパン奢るからさ」
「その日はいつになるんだろうね」
「いつか奢るからさ」
「前の分もあるから、二日分ってことで」
「それはまあ、仕方ないよな」
厳しそうな顔をする直人だが、断ることは意地があるのか、しなかった。僕なら、「ごめん、無理……」とか言って、すぐに音を上げてしまうだろう。小説で評価をある程度もらっているみゆりといい、兄妹ともに頭が上がらない。
「ふと思ったんだけど……」
「何だ?」
「みゆり、先に行ったのって、もしかして、僕を避けるため?」
「かもな」
「やっぱり、みゆりに嫌われてるのか。昨日、変にお礼を言われたから、そうじゃないかなって思ったのに」
「いや、透。そういう意味で避けたわけじゃないと思うけどな」
「どういうこと?」
僕が問いかけると、直人は目を合わせてきた。
「みゆりに、何で先に行くんだって聞いたらさ、『昨日、変にお礼を言ったから、何となく、透先輩に顔を合わせづらいだけ』って言ってたな」
「それって、嫌われてないってこと?」
「そんなに気になるなら、みゆりにSNSで聞いてみればいいだろ?」
「いや、いい。何を言われるかわからないし」
僕は口にした後、急に早歩きになってしまう。雨が降る中、水たまりを踏んでもお構いなしといった感じで。
「照れてるのか?」
追いかけてきた直人が、にやけた表情で尋ねてくる。僕は「別に……」と素っ気なく返事をした。
「きっとさ、みゆり。昨日来てくれたことが少し嬉しかったんだろうな」
「別に、僕が行かなくても」
「前に話してただろ? 透はみゆりとまともに話すことができる数少ない人間なんだからさ」
「それがどうしたの?」
「俺に誘われたとしてもさ、多少なりとも、心配して、家に来たことに対して、みゆりは何も感じないわけじゃなかったってことだろうな」
直人は言いつつ、自分で何回もうなずいていた。
「みゆり、昨日学校休んだのは、徹夜で小説書いていた以外に、単に学校に行きたくないのも理由だからな」
「それはみゆりが言ってたの?」
「ああ。学校で何かあったのかとかは、話してくれなかったけどな」
直人は苦笑いを浮かべつつ、「みゆりにも何か隠してることがあるんだろうな」と声をこぼす。兄として、役目をうまく果たしてないと思っているのだろうか。
「透は何か聞いてるか?」
「いや、特には」
「そうか。まあ、もし、何か聞いてもさ、そこは真剣に向き直ってほしい。兄ながら、身勝手なお願いだけどさ」
「まあ、うん。そこはそうするよ」
僕は首を縦に振ると、降り止まない雨を見つつ、おもむろにため息をついた。何だろう、色々と大変なんだなと恵比寿兄妹のことを考えつつ。
「ちなみにみゆりが先に学校へ行った理由のことさ、俺から聞いたことは本人には内緒にしててくれ」
「わかった」
僕の相づちに、直人は笑みをこぼす。
みゆりは今日、学校でうまくやっていけるのだろうか。兄の直人でもないのに、なぜか、妹を気にするような感情を僕は抱いた。
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