第11話 将来は小説家にでもなるんですか?
「どうでしたか?」
ショッピングセンター内にある映画館を出てから、みゆりは僕に尋ねてきた。
今は中にある近くのベンチにみゆりとともに座り、トイレに行っている直人を待っている。
「まあ、うん。おもしろかったかな」
「当たり障りのない感想ですね」
みゆりは不満げな表情を浮かべた。どうも、話を合わせるのは僕の悪い癖らしい。
「そう言うみゆりはどうだったの?」
「そうですね。ラストは色々考えさせられるものがありました。わたしはああいうのは好きですね」
「そう、なんだ」
「透先輩は趣味とか、好きなことってないんですか?」
「どうしたの、急に」
「いえ。そういうつまらなそうな毎日を過ごしていますと、何も趣味とかないのかなとか思ったりしましたので」
「趣味ぐらい、僕にもあるよ」
僕は自分でも珍しく腹が立ったのか、語気を強くした。
対して、みゆりは僕の反応に驚いたのか、「へえー、そうなんですか」と声を漏らす。
「それで、どういう趣味なんですか?」
「それは……」
僕は答えに窮してしまった。
なぜなら、他人に教えられるほどの趣味を僕は持っていないからだ。
映画を観る前に監督を知っていると伝えた時と同じで、とっさにウソをついてしまった。
「もしかして、本当は趣味とかないんですか?」
図星だ。でも、僕は認めたくなかった。何だろう、みゆりに対して、意地になっていたからかもしれない。
「趣味は、小説を書くことだから」
「小説、ですか?」
「そうだね」
僕がうなずくと、みゆりは意外な返事と感じてか、すぐに反応がなかった。
小説を書くこと。読書をあまりしていないというのに、よく趣味として挙げたものだ。ウソだけど。とっさにそれが頭に浮かんだのは、さっきの映画で小説家志望の女性が出てきたからか。
「将来は小説家にでもなるんですか?」
「それは、わからない。ただ、趣味で書いてるだけだから」
「そう、ですか」
みゆりは口にすると、僕の方を見ずに考え込むような顔になる。
「作品はあるんですか?」
「僕が書いた作品?」
「そうです」
「まだ、書き途中だけど」
「でしたら、書き上がったら、読ませてください」
目を合わせてきたみゆりは、真剣そうな表情をしていた。
もしかしてだけど、僕のウソを信じているのか。
「でも、いつ書き上がるか、わからないけど」
「それでもです」
「そんなに、僕の小説が読みたいの? だって、素人のものだし……」
「透先輩の書いた小説だからこそ、気になります」
みゆりの言葉に、僕は気圧される形で、「わ、わかったよ」と返事をするしかなかった。
「途中で挫折とかしないでください」
「まあ、頑張るよ」
僕は適当に相づちを打ちつつも、どうしようかと頭を悩ませ始めた。
「おう、待たせたな」
と、直人がトイレから戻ってきた。
すさかず、みゆりが立ち上がり、駆け寄る。
「透先輩が小説書いてるの、お兄ちゃんは知ってた?」
「いや、初耳だ。そうなのか、透」
直人に問いかけられ、すぐに否定をしたくなるも、そばにいるみゆりのせいでダメだ。
「ま、まあね」
「そうなのか。今度、俺にも読ませてくれよ」
「ダメだよ、お兄ちゃん。透先輩の小説はわたしが先に読むんだから」
「そういう約束をしたのか、透と」
「うん」
首を縦に振るみゆり。もはや、ウソだと伝える雰囲気ではなくなった。
こうなれば、何かしらの小説を書き上げないといけないのかもしれない。
「とりあえず、これから、どうする?」
「あっ、僕は先に帰るよ」
「でも、まだ、昼とか食べてないだろ?」
「いや、まあ、ちょっと」
「ダメだよ、お兄ちゃん」
みゆりが直人の袖を引っ張る。
「透先輩は小説を書くので忙しいんだから」
「そうなのか?」
直人の質問に、僕は考えた末、「まあ、うん」と声をこぼした。本当は早く場から離れたいだけなのに。
「そうか。まあ、とりあえず、頑張れ」
「ありがとう」
「楽しみにしてます。透先輩の小説」
みゆりは言い、僕は苦笑いを浮かべつつ、二人と別れた。
しばらく歩き、視界から直人とみゆりが見えなくなったところで、僕は足を止める。
「面倒なことになったな……」
僕は人で行き交うショッピングセンター内にて、ため息をついた。
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