第10話 後で喉渇いても知りませんから
日曜は雲ひとつない快晴で、市内のショッピングセンターは人でごった返していた。
「来たんですね」
中にあるカフェに着くなり、みゆりは淡々とした調子で声をこぼした。学校の行き帰りで目にするセーラー服でなく、ワンピース姿。小奇麗なミニバッグを空いてる椅子に置き、テーブル席で待っていた。髪型はいつものポニーテールだ。
一方でみゆりの反対に座る直人はシャツにジャケットを羽織り、ジーパンという無難な格好。まあ、僕も色や柄が違うだけで同じようなものだけど。
僕が席に着くと、直人は「何か頼まないのか?」と問いかけてきた。よく見れば、それぞれの前には空いたコップがある。
「いや、大丈夫」
「後で喉渇いても知りませんから」
「いや、映画館で買うから、大丈夫」
「そういうことですか」
みゆりはなぜか、つまらなそうに言う。
「まあ、俺たちは早めに来たからさ」
「後何分だっけ?」
「二十分ぐらいだな」
直人は取り出したスマホを見て答える。
「透先輩」
「何?」
「今日観る映画ですけど、監督の人は知っていますか」
「監督?」
「宮海守監督です」
みゆりの言葉に、僕は「まあ、うん」と適当にうなずいてしまう。実際は他にどのような作品を手がけていたのか、何も知らない。
「知っているんですね。お兄ちゃんは知らなかったみたいですけど」
「そこまでアニメは詳しくないからな」
「そうなんだ……」
「『分速3メートル』は観ましたか?」
「『分速3メートル』?」
「あっ、その反応は観ていないですね。というより、宮海守監督も知らないですね」
途端にみゆりは僕の方へ冷めたような眼差しを送ってきた。
「ウソをつく人は嫌いです」
「透、やっぱり嫌われていたんだな、みゆりにさ」
「えっ? ちょっと待って。今のやり取りだけで?」
「当たり前です」
「だとさ」
直人が付け加えるように言い、僕はがっくりと肩を落としてしまう。
「だから、人の話に合わせるのは止めた方がいいと思います」
「だからって、そこまでのことは聞いたことないんだけど……」
「聞いたことなくても、わたしの今までの言葉から察すれば、わかるはずです」
みゆりは言うなり、ミニバッグ片手に席から立ち上がる。
「お兄ちゃん、わたしはもう映画館に行ってもいいと思います」
「そうだな。透も来たし、そろそろ行くか」
直人は空になったコップを二つ手に、遅れて腰を上げる。
「直人」
「何だ?」
「みゆりは僕をどうしたいんだろう」
「どうしたいって、まあ、話を合わせるようなことはみゆりの前ではするなってことだろうな」
「でも、そういうことって無意識でしてることっぽいしなあ……」
僕は言いつつ、先にカフェを出ようとするみゆりの後ろ姿を眺める。
「まあ、これから映画観るんだからさ、気楽に今日は過ごせばいいと思うけどな、俺は」
「それができれば苦労しないと思うんだけど」
僕は声をこぼしつつ、テーブル席と後にする。
しばらくして振り返れば、先ほどいたところは既に大学生らしき男女らで埋まっていた。日曜だけあって、混雑ぶりを改めて垣間見えるものがあった。
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