第7話 本当に来た

 直人とみゆりの家は、高層マンションの五階にある。

 エントランスを抜け、エレベーターで上がり、階に着くと、外からは市街の光景が見渡せた。手すりがあるとはいえ、落ちたら、確実に死ぬよなと変なことを考えつつ、先に歩く直人の後についていく。

「家にはいるみたいだな」

 とあるドアのノブを動かすなり、直人は言葉をこぼす。僕も訪ねたことある直人の家。表札には「恵比寿」と掲げられている。

 直人は学校の鞄から取り出した鍵を差し込んで回し、閉まっていたドアを開けた。

「帰ったぞー」

 直人の声に対して、反応はなし。みゆりは本当にいるのだろうか。

 僕は手元に提げているビニール袋に入っている中身をチラ見した。ペットボトルのスポーツドリンクに栄養食品入りの箱。後者は中身がショートブレンドに近い形状をしている。どちらも同じ会社なのは偶然か必然か。どうでもいいけど。

「これは、寝てるかもな」

「親は仕事?」

「ああ。夕方くらいにはお袋が帰ってくる。まあ、それまでには起こさないとな」

 直人は口にしつつ、玄関に足を進めるなり、通学靴を脱ぐ。僕が躊躇をしていると、「まあ、気にせずに入れよ」と言ってくれたので、遅れて続いていく。

 中は薄暗かった。日が傾き始めているとはいえ、外はまだ明るい。おそらく、奥にあるであろうリビングに面するガラス窓のカーテンが閉まってるからだろう。ドアを閉めたら、足元が危ないだろうなと思っていたところで、直人は廊下の照明を点けた。

「みゆり、これは帰ってすぐに部屋に直行したな」

「何でわかるの?」

「家の中が朝出た時のまんまっぽいからさ」

 直人は周りへ視線を動かしてから答えると、リビングの方へ向かっていく。カーテンでも開けにいくのかもしれない。

 僕はドアを閉め、廊下でひとり取り残されることになり。

 と、どこからか別の扉を開けたかのような音が聞こえてきた。

「えっ?」

 僕はとっさに玄関からリビングの途中にあるドアに視線を移していた。

 わずかに開いた隙間から、僕をじっと見つめてくるひとりの人影。

「本当に来た」

 寝ぼけ眼のみゆりは、僕の方へ顔をやるなり、ぽつりとつぶやいた。いつものポニーテールでなく、髪を下ろし、肩まで伸ばしていた。また、わずかに覗き見える格好はセーラー服姿で、胸元にあるはずのリボンはなくなっていた。おそらく、寝るのに邪魔だと感じて、外したのかもしれない。

「もしかしてと思ったけどさ、着替えずにそのまんま寝てたのか」

 カーテンを開け終えた直人が戻ってくると、みゆりは僕からそちらの方へ顔を向けた。

「お兄ちゃん、本当に透先輩連れてきたんだ」

「別にいいだろ? それより、大丈夫なのか?」

「うん。ちょっと、気持ち悪くなって、学校早退しただけだから」

 みゆりは淡々と答えると、ドアから離れ、リビングの方へ歩いていこうとする。

「喉渇いたのか?」

「うん、ちょっと」

「なら、さっきコンビニでスポーツドリンク買ってきたから、飲むか?」

「お兄ちゃんが買ってきてくれたの?」

「いや、透の奢りだ」

 直人が口にすると同時に、踵を返してきたみゆりが鋭い眼差しを送ってくる。

「余計なお世話です」

「おい、みゆり」

 直人が呼びかけるも、みゆりは無言で先ほどいた部屋に入り、ドアを閉めてしまった。

「あはは……。予想してたとはいえ、実際になると、うん、きつい」

「何か悪いな。多分、学校で何か嫌なことでもあったからだと思うからさ」

「嫌なことね……」

 僕はみゆりがいなくなったドアを見るなり、ため息をついてしまう。

「ここって、みゆりの部屋だったよね?」

「ああ。とりあえず、リビングで休むか?」

「うん。できれば、そうしたい」

 僕は直人の心遣いをありがたがるとともに、みゆりの冷たい態度を残念に思った。

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