第5話 ならさ、まずは放課後、家に来るか?
昼休み、僕と直人は生徒らで混み合う食堂にいた。
「みゆりさ、さっき早退した」
「えっ?」
僕は驚いて、間の抜けた声を漏らしてしまった。けど、直人は日替わりとなるコーンラーメンの麺をすすり、淡々としている。
「早退したって、何で? 体調不良とか?」
「まあ、表向きはそうだろうけどさ、実際は学校にいづらくなったのかもしれないな」
「それって、いじめとか?」
「バカ。それだったら、俺が怒鳴り込んでる」
直人は箸を止め、僕に視線を向けてくる。
「いじめは特にないけどさ、ほら、昨日言っただろ? 人見知りで誰にも話しかけられないってさ」
「言ってたけど」
「それがたまに辛くなって、早退って時は時々ある」
「そう、なんだ」
「最近になって、多くなってきたからさ」
直人は不安げな表情を浮かべると、両腕を食堂のテーブルに乗せる。
「このままだと、不登校になりかねない気がするんだよな」
「それは、大変だね……」
「まあな。だからさ、それで透にも避けられたりしたらさ、引きこもりとかになりかねない気がするんだよな」
「それって、僕がけっこう生命線になってるって言いたげなような……」
「悪い。そこまで重い話をするつもりじゃなかったんだけどさ」
申し訳なさそうに言う直人に対して、僕は「いいよいいよ」と答え、手を横に振る。目の前には自分が頼んだきつねそばがあるけど、まだ、食べていない。
「親もそこらへんは困っててさ」
「それは困るだろうね」
「透ならさ、どう思う?」
「どう思うって?」
僕は箸を手にして、ようやくきつねそばをすすり始める。
「みゆりのこと」
そばを口に入れる途中で、僕は思わず箸を止め、咳き込んでしまった。
「大丈夫か?」
「大丈夫、大丈夫。そばが一瞬だけ喉に詰まっただけだから」
「悪い、食べてる最中に変な話してさ」
「別にいいって。それで、みゆりのことでどう思うかってことだよね?」
「ああ。このまま何もしないとまずい気がするんだよな……」
直人はおもむろにため息をこぼすと、箸でスープに浮かぶコーンを掴み、口に運ぶ。
「ふと思ったんだけど」
「ん?」
「そんなデリケートな話、腐れ縁とはいえ、一他人の僕に話してるけど、大丈夫?」
「バカ。こんな話、そこらへんの奴らに話すはずないだろ。透に話してるのはさ、みゆりのことを知っていて、かつ、付き合いが長いからこそ、信用できると思ってるからに決まってるだろ?」
当然のように答える直人に、僕はどう応じればいいか戸惑ってしまう。何というか、照れくさい。
「その、どうも……」
「今さらそういう態度を取られるとさ、俺も照れるだろ」
直人は頬のあたりを指で掻き、あさっての方向へ視線を逸らす。
「で、俺はとりあえず、透の考えを聞きたい」
視線を戻した直人の顔は真剣味を帯びていた。
これは、適当ではなく、真面目な返事を求められている。
僕はきつねそばのことなどを忘れ、みゆりのことで頭を巡らした。
僕のことを嫌ってるかもしれないみゆり。
はじめは話しかけていたものの、やがて、人見知りになってしまったみゆり。
今日早退をしてしまったみゆり。
みゆりの今後を案じているだろう兄、直人の苦悩。
「難しいね」
「まあ、それはそうだろうな。悪い、変に重いことを聞いてさ」
「いや、僕としてはその、ちゃんと向き合わないといけないかなって……」
「向き合う?」
「うん。ほら、僕、みゆりに対して、嫌われてるとかで内心避けてるところがあったから、その、これからはちゃんと接していかないといけないかなって思ってきて」
「ちゃんとか。でもさ、俺から見れば、透はみゆりとちゃんと接してるように思うけどな。昨日だってさ、一緒に帰ってくれたしさ」
「あれは嫌々ながら何とかって感じだったから……。でも、正直な気持ち、みゆりが本当に僕のことを嫌いかどうか」
「透さ、正直、みゆりのこと、どう思ってるんだ?」
「どうって、これからどう向き合うかってこと?」
「違う。後、みゆりが透のことを嫌ってるかどうか抜きにして、透がどう思ってるかってことだ」
直人の言葉に、僕は悩んでしまい、きつねそばの油揚げをじっと見つめてしまう。
「仲良くなりたい、かな」
「ってことは、嫌いっていうわけじゃないんだな」
「うん。冷たく当たってくることに関しては苦手意識というか、嫌な気持ちはあるけど、それを抜きにしたら」
「そっか。それを聞いて、何となく安心したな」
直人は安堵したような表情をすると、ラーメンを食べ始める。
「それは、兄としてってこと?」
「まあな。正直、ここでみゆりのことは心底嫌いとか言ったら、この場で殴っていたな」
「マジで」
「ああ」
うなずく直人に、僕は乾いた笑いを漏らしていた。今日で腐れ縁が終わりになったかもしれないという危機を免れたことで。
「だけどさ、透」
「何?」
しばらくして、お互いに器の麺や具が空になったところで、直人が尋ねてくる。
「長い付き合いでさ、今さら、みゆりと『仲良くなりたい』っていうのは、言うのが遅いというかなんというかさ」
「うるさい」
僕は直人の声を遮るように叫び、残っていたきつねそばの油揚げを食べ終える。
「正直、みゆりとの距離感には、けっこう悩んでいたってところもあるから……。そうこうしてる内に、みゆりから冷たく当たってこられて、何となく嫌だなって思ってきて」
「それはあれだな。不器用って奴だな」
直人は顔を綻ばすと、食べ終えたのか、器に箸を置く。で、プレートごと持ち、席から立ち上がる。
「ならさ、まずは放課後、家に来るか?」
「家?」
「みゆり、多分、部屋で寝込んでるだろうけどさ」
直人の言葉に、僕はすぐに返事ができない。「何で、透先輩がここにいるんですか?」と言われる気がする。
「……考えとく」
「なら、放課後に答え待ってるからさ。じゃあ、俺は先に教室へ戻るわ」
直人は言い残すと、食堂の返却口へ行き、器やプレートを戻し、外へ出ていった。
ひとり取り残された僕は、空になった器の底を目にしつつ、考える。
「とりあえず、まずはみゆりとまともに、いや、対等に話せることを目標に頑張ってみよう」
僕は左右の手で握りこぶしを作り、「よし」と潜ませた声で気合を入れてみた。
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