第3話 それが兄としての悩みのひとつっていったところだな

「今日は助かった」

 駅前のナック店内にて、僕は学校帰りの直人と席に座っていた。テーブルには頼んだチキンナゲットやフライドポテト、飲み物入りの紙コップがある。

 僕は直人に奢ってもらったオレンジジュースをストローで飲む。

「てっきり、明日とかと思ったけど」

「今日じゃダメだったか?」

「いや、奢ってもらえるなら、そこまで贅沢は言わないよ」

 私服姿の僕が言うと、「何なら、明日も奢ってやるからさ」と直人は声をこぼす。

「でさ、みゆり、怒ってたか?」

「そうだね。ずっと怒ってた」

「やっぱりか。みゆりさ、いつも、透に対して、あんな感じなんだよな」

「いいよ。嫌われてるって思えばいいし」

「まあ、そういじけるな。だいたい、本当に嫌いならさ、今日一緒に帰るとかってことはなかっただろ?」

 直人は言うなり、フライドポテトを摘む。

「まあ、そうだけど」

「みゆりは寂しがり屋かもしれないしな」

「でも、本人は『寂しくなんかはありません』って強く言ってたけど?」

「バカ。そんな簡単に自分が寂しいって言うわけないだろ」

「意地張ってるってこと?」

「まあ、それもあるかもしれないけどさ……」

 直人は席から見えるガラス窓を通じて、駅前のロータリーを眺め始めた。店が二階にあるので、向かい側に立つ商業ビルやホームに滑り込んでくる電車が見える。

「あいつ、友達いないだろ?」

「まあ、そうだね」

「透に対してはああいう態度を取るけどさ、学校じゃ、誰にも話しかけられないほど人見知りだしな」

「そう、だったね」

「だからさ、そういうことだろうな」

「そういうことって?」

「透が気楽に話せる相手だってことだよ」

 直人は声をこぼすと、チキンナゲットを手に取り、口に運ぶ。

 一方で耳を傾けていた僕は、首を傾げていた。

「それって、僕は嫌われていないってこと?」

「それはわからん」

「わからんって、そしたら、僕は嫌われてるけど、一方的に話すのには好都合な相手って思われてるってこと?」

「透さ、そこまでして、自分のことを低く考えてるのか?」

 直人に問いかけられ、僕は戸惑ってしまう。そういう風な意識をしたことがなかったからだ。

「いや、何となくというか、自然と今みたいに思っただけだけど……」

「透さ、少しは自信を持てよ。ポジティブに考えればさ、みゆりとまともに話すことができる数少ない人間なんだからさ」

「それ、僕がまるで希少動物みたいな言い方だね」

「実際、それに近いからな。俺は兄として、みゆりとまあ、それなりに仲悪くなく接してるけどさ、透みたいな、嫌ってるような接し方ながらも、無関心にはならない関係は貴重だと思うけどな」

 直人は話し終えると、紙コップのコーラをストローで飲む。僕は両腕を組み、「そっか……」と幼馴染の言葉を改めて脳裏で噛み締めていた。

「まあ、俺はさ、透とみゆりが付き合うことになっても、特に反対とかしたりしないけどな」

「えっ? 付き合う? 僕がみゆりと?」

「その反応だとさ、みゆりは眼中にないってことか」

 直人はなぜか残念そうな表情を浮かべる。

 僕は意味がわからず、直人に食い下がる。

「いや、それはないと思うんだけど」

「嫌われてるかもしれないからか?」

 直人の問いかけに、僕は首を縦に振った。

「今日の帰りだって、それはもう、色々冷たかったし」

「冷たかったか……。そういうところをちゃんとすれば、友達とかできると思うんだけどな」

「でも、学校では人見知りで誰にも話しかけられないんじゃ……」

「それは今の話だ。入学時は友達を作ろうと積極的に話しかけてたらしいんだけどさ、それがまあ、透に冷たく当たるような感じを他の子とかにもしてさ」

「それは、まあ、うん。友達は」

「ああ、できなかったな」

 かぶりを振る直人は表情を曇らせた。

「それが兄としての悩みのひとつっていったところだな」

「悩みか……」

 僕は言いつつ、オレンジジュースを口につける。みゆりが本当に僕のことを嫌いかどうかはわからない。けど、僕が突き放してしまったら、みゆりは孤独になるのかもしれない。勝手な推測ながら、的外れではないような気がして、僕は妙な責任感を抱くようになった。

「まあ、僕はみゆりから嫌われないように色々試行錯誤してみようかなって」

「悪いな」

「いいって。長い付き合いだから、もう慣れたっていうか」

「なら、これからもよろしくな」

 直人は手にした紙コップを僕の方へ近づけてくる。

 僕も同じ紙コップを手に縁同士を軽く触れさせた。

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