第2話 透先輩はお兄ちゃんをバカにしてるんですか?

 校舎を出て、陸上部の生徒らが練習をするグランドを横目に、僕は校門へ向かう。

 放課後とあって、下校をしていく生徒らはちらほらいる。できれば、僕もひとりで大人しく家まで真っすぐ帰りたい。

 だが、校門前に着いたところで、僕は現実を思い知らされた。

 学校名が掲げられているプレート近くに寄りかかる人影。

 制服は出ていく生徒らと違い、地元中学校のセーラー服姿。身長は僕と同じ学年の女子より低い。ポニーテールに小顔ながらも、表情は険しかった。明らかに怒ってる。

 中学二年で直人の妹、みゆりは通学用として使うリュックを背負い、ひとり立っていた。

 途中横切っていく生徒らの一部が興味深そうに目をやる。だが、みゆりはすぐに睨みつけてきて、相手は顔を逸らし、場から逃げるようにして消えていく。

「本当に待ちくたびれて怒ってる……」

 僕は直人から聞いていたことを思い出しつつ、頭を掻いた。

 と、みゆりは僕が現れたことに気づいたのか、目を合わせてきた。

 そして、躊躇せずに、僕の目の前まで詰め寄ってくる。

「遅いです」

「いや、その、直人と色々話をしていて」

「それでも遅いです」

 みゆりは刺々しい調子で口にする。

「だいたい、何で、お兄ちゃんは今日補習なんですか? 昨日はそんなこと言ってませんでした」

「いや、補習のことは昨日には話があったみたいだから。その、直人が言い忘れたんじゃないの?」

 途端にみゆりは鋭い眼差しを僕の方へ送ってくる。

「透先輩はお兄ちゃんをバカにしてるんですか?」

「いや、別に、そういうわけじゃ……」

「それでしたら、お兄ちゃんの悪口みたいなこと、言わないでください。絶対に」

 みゆりは言い放つなり、背を向け、さっさと足を動かし始める。

 僕はため息をついてから、遅れてそばへ駆け寄っていく。

「あのう、普通に思ったんだけど」

「何ですか?」

「直人が来れないなら、ひとりで帰ってもよかったんじゃないかなって」

「どうしてですか?」

「どうしてって、別に、みゆりはひとりで帰れないわけじゃないし」

「それ、わたしのこと、バカにしてます?」

 苛立ちを含んだような調子で言葉をぶつけてくるみゆり。

 ダメだ。何を発しても、機嫌がよくなりそうにない。

「別にバカにとかしてないって」

「そうですか。なら、いいですけど」

「ただ、何でひとりで帰らないんだろうと、普通に疑問に思っただけで」

「それは、ただ単にひとりだと寂しいので、透先輩がいるだけでも幾分マシと思っただけです」

 答えるみゆりの頬はうっすらと赤く染まっていた。

 どうも、嫌われてるであろう僕がいるだけでも、ひとりよりいいという判断らしい。そういうものなのだろうか。

「それなら、学校の友達とか」

「友達はいません」

「あっ、そうだった……」

「何ですか? その、地雷を踏んだような反応」

 みゆりの声に、僕はとっさに、「ごめん」と弱い語気で謝ってしまった。

 一方でみゆりはそれが気に喰わなかったらしい。突然、足を止め、僕の方を睨みつける。

「そうやってすぐに謝らないでください。わたしは別に、友達がいないことで不便とか、寂しいとか感じてないですから」

「でも、『ひとりだと寂しい』って」

「それとこれとでは別の話です」

 みゆりは僕から目を逸らすと、再び歩き始めてしまった。

 わからない。

 直人はこういう妹に対して、家ではどういう風に接しているのだろう。

 学校の行き帰りで二人がいるところは見るけど、仲のいい兄妹という印象しかない。

「みゆりは、部活とかやらないの?」

「そう聞いてくる透先輩はやってないですよね?」

「そ、そうだね」

 僕は質問を間違えたと内心で悔やむ。

「特にやりたい部活がないからです」

「それだけ?」

「それだけって、それ以外に何があるって言うんですか?」

「いや、何もないです」

 僕はさらに抗うことを止め、次に何を話そうかと頭を巡らせる。

「透先輩は彼女いないですよね」

「えっ? まあ、うん」

「作らないんですか?」

「できれば、苦労しないんだけど」

「苦労してないですよね?」

「それは、その、もしかしたら、そうかもしれないです」

「そう簡単に運命の人とか、運命の出会いとか、現実にはあるわけないんですから」

「そう言うみゆりは」

「いません」

 きっぱりと言い切るみゆりに、僕は余計な言葉を挟む隙がなかった。

 さっきから、僕が突っ込まれ、最後にみゆりが話を終わらすという展開しかない。

 やはり、僕はみゆりから嫌われているのだろうか。

「みゆりは直人と仲いい?」

「それがどうしたんですか?」

「いや、別に。ちょっと聞いてみただけで」

「そうですね。仲はいい方かもしれないです」

「そうなんだ」

「透先輩は上も下もいないんですよね」

「まあ、うん」

「寂しくないですか?」

「えっ? 寂しい?」

「はい」

 うなずくみゆり。ちょうど、県道の信号が赤だったので、お互いに横断歩道前で足を止める。

「だって、親がいないと家でひとりですよね?」

「まあ、そうだけど、別に寂しくとか、そういう風なことは感じたことないけど……」

「そうなんですね」

「それって、みゆりは両親や直人が家にいないと、寂しく感じるってこと?」

「そういうわけではありません」

 強く否定をするみゆりは、なぜか反応が早かった。

「友達はいなくても、ネットとかゲームとか、色々時間を潰せる方法はあります」

「いや、そこまでは聞いてないんだけど」

「だから、寂しくなんかはありません」

 みゆりは言い切ると同時に、青信号になった横断歩道を渡り始める。

 どうも、僕が話すことに関して、無理矢理にでも抗いたいのだろうか。

 僕は遅れてついていき、早く家に帰りたいと思い始めていた。

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