努力しましょう
「おえ」
思わず出てしまった声に、今まで静かだった部室内がたちまち姦しくなる。
「おぇってなに!?」
「誰よ良いとこだったのに!!」
「ご、ごめ」
口元を押さえながらそろそろと手を上げ、自己申告をした私に「やっぱ美加理かぁ」と口々に言う一堂。
「今のは濡れどころじゃん!! 間違っても『おえ』は無いだろっ!!」
濡れどころって、なんなの一体。
「もー、紗綾のあれサイコーだったよぉ。感じちゃって『……おがさ……』って呟くところ! なんであんなにリアルなのよ。さてはお前処女じゃないな! はくじょーしろっ!」
紗綾が絵衣子の集中攻撃を受けている間中、私はムカムカとする不快感と戦っていた。
「そんなにダメなの?」
知佳が覗き込む。
「何、どの辺からダメだった?」
「いや、キスはいけそうな気がしたんだけど…」
不覚にもちょっとドキドキしたけれど。
「今の話にそれ以上の難関ってあった?」
不思議そうに聞く知佳の声に、紗綾と絵衣子も食いついてくる。
「やっぱり舌を絡ませるってのが…」
「それより溢れた唾液のほうが」
「いやいや、それより」
当の本人を差し置いて議論を始める女子4人。言ったらバカにされるかな。
「最後の『キスの名残』ってやつ……」
「ええっ? ちょっと待ってよ! そっから先の展開を想像するんでしょ! いわゆる導入部のクライマックスじゃん!」
「だって蜘蛛の糸のようにって、つまり涎が糸引いたって話でしょ。ついそれを啜るところを想像したら……」
「啜るなっ!!」
一斉に突っ込まれ、私は必死に言い返した。
「でも垂れ流しっていうのもなあって想像しちゃったんだもん!」
「しねーよ普通」
外から聞こえた男の声に、皆が固まる。
「あんまり遅いから迎えに来たら…、お前ら全部外に聞こえてんぞー」
小笠の声、だ。
「ぎゃー小笠だぁっ!!」
叫ぶ皆に構わず、
「どっから聞いてたの!?」
どこから聞いていても、私としてはかなりキツいんだけど聞かずにはいられない。
「『キスはいけそう』はちゃんと聞いたから。涎垂らさないように努力するわー」
「ぎゃーっ!!」と叫び出しかけた私より先に絵衣子が歓喜の声を上げ、何故か皆に背中やら肩やら頭やらを叩かれまくった私がようやく更衣室を出られたのは15分も後だった。
※※※
「…で、していいの?」
小笠と二人で歩く帰り道、人気が無くなったところで聞かれた私は答えに詰まって、取り敢えず「まずは手を繋ぐところからでお願いします」と答えた。
初めて繋いだ小笠の手は、思っていたより心地良い感触で、案ずるより生むが易しを実感した。
が、その先となるとどうもいまいちピンとこない。
「で、キスはやっぱり気持ち悪い?」
繋いだ手をブンブン振りながら聞かれた私は、少し考えてこう言った。
「垂れない程度ならいけそうな気が」
プッと吹き出した小笠が、その笑顔のまま一瞬だけのキスをしたから、私もつられて笑ってしまった。
こっちも、案ずるより生むが易しか。
二人して笑いながら帰る道。
イメトレの成果が出るのは、もう少し先のことになりそうだな、なんて頭の隅で考えながら。
繋がるものの不快指数は 麻城すず @suzuasa
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