これが、恋
始業式の日は部活がなくて、私にしては珍しく早い時間の帰宅だった。なんとなく嬉しくて、ウキウキしながら紗綾と下駄箱に向かうと小笠がいた。
私が小笠を好きになったのは高校に入ってからで、中学の時はあまり意識をしていなかった。部活の終わる時間が一緒だったので、帰りにたまに一緒に帰ることはあったけれど、中学の陸上部は男子は第一グラウンド、女子は第二と別れていたためにその練習風景を見ることもなかったし。
高校に入って、初めてまともに小笠が走っているのを見て、背筋がゾクゾクするような興奮が走った。
真摯な態度は教室で見ていた彼とはまるで違っていて、私はいつしか彼を目で追うようになっていた。
これが恋だと気付いたのは高2のクラス替えで、また小笠と違うクラスだということを知った時。とてもがっかりして、私は走る小笠だけでなく、いつでも彼を見ていたいと思っていることを自覚した。
「ベタでは展開ではあったが」
それ、個人的な感想だよねとツッコミを入れるのを堪える。集中できるような、できないような。
「なんとか捕まえた美加理を人気のない部室棟の裏に連れ出し、小笠はそこで美加理に想いを伝えた。美加理は驚いたように目を見開き、そしてはにかみながら『私も小笠のことが好き』と、小さな小さな声で答えた」
室内はシンと静まり返っている。
しかし、紗綾にそこまで詳細に話した覚えはないんだけど…、何故見ていたかのようにすらすらと話せるのだろう。それだけ私の性格を把握しているということか。
「美加理の普段見せない表情が、小笠を高ぶらせた。小笠はその髪にそっと指を絡める。
熱を持つ美加理の視線が彼を捉える。髪を絡めたままの指をそのグロス、ではなく仄かにピンクの混じったリップクリームで光る唇に這わせると、美加理の体が小さく震えた…」
いやいや、なんかいつの間にか違う話になってるんだけどなんて再びツッコミを入れたい衝動にかられたが、ああここからかと納得した。この先をしっかり想像しなければ。
紗綾の話し方はだんだんと鷹揚が少なくなっていって、さっきとは逆にすんなり頭に入ってくる。
「小笠にはもう、止める事が出来なかった。
その唇はまるで彼を誘うようにわずかに開き、ちらと見えた舌がまるで生き物のように蠢く。唇をそっと重ねると、美加理のそれは潤っていたせいか、ピタリと張り付くように小笠を捉える。互いに初めてのことだった。だが、本能が後押しする。ぴくんと美加理の肩が揺れ、小笠は彼女がいやがってはいないことを知る。最初は控え目に合わせただけの唇。だが決意を固めると、小笠はそっと、その開いている唇の隙間から自分の舌を滑り込ませた。美加理の口内は暖かく柔らかかった。恥じらい、逃げようとするその舌に自分の舌を差し延べ絡ませる。潤い滑る、その感触に夢中で貪るようなキスを繰り返すうち、美加理は小さな声をもらし始めた」
ごくんと誰かの喉がなった。
「『……おがさ……』 溢れた唾液が美加理の顎を伝う。そっと唇を離すと、濃厚なキスの名残がまだ触れ続けることを望むように、二人を繋いでいた。朝露に煌めく蜘蛛の糸のように、日の光にキラキラと輝き……」
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