リアルな馴れ初め
「『……裕二は、その髪にそっと指を絡めた。熱を持つ美咲の視線が彼を捉える。髪を絡めたままの指をそのグロスで光る唇に這わせると、美咲の体が小さく震えた……』 聞いてる?」
「はいはい」
イメージ、イメージ…。
「『裕二にはもう、止める事が出来なかった。その唇はまるで彼を誘うようにわずかに開き、ちらと見えた舌が生き物のように蠢く。唇をそっと重ねると、美咲のそれは潤っていたせいか、ピタリと張り付くように裕二を捉えた…』」
「あの、悪いんだけど」
私は恐る恐る口を挟んだ。
「裕二だの美咲だの言われても全くイメージができません」
「それをイメージしてこそのイメトレだろーが!」
普段見せない熱さで叫ぶ絵衣子。それを走ってる時に出せ、と同じ陸上部員である私は思うわけだが、まあいいとして。
「名前が最大のネックなのよ。小笠と美加理に変えてみるの。貸してみ?」
紗綾が絵衣子の携帯を取り上げ、画面を一読すると私に目を閉じるように言った。
「なんで」
「妄想に集中力は不可欠なの! はい、皆もついでにやる」
はーいと口々に返事をし、並んで椅子に腰掛ける。こんな時ばっかり並外れた団結力を見せる女子陸上部。いや、もっと他に頑張るところがあるはずな気がしないでもないんだけど。
ともかく、今度は紗綾が絵衣子よりは感情豊かに朗読を始めた。
「小笠幸樹はもう何年も森美加理に片思いをしていた。中学3年で同級生として知り合い、言葉を交わした時からずっと思いを寄せていたのだから、高校2年の今ではもう2年にもなるわけだ。同じ高校に入学したものの、1年のクラス分けでは1組と9組などという絶望的に遠い距離のせいで部活以外では話を交わすことも出来ないもどかしさ。それが小笠を後押しした。高2のクラス替え、これで同じクラスになれなければもう高校3年間離れ離れになるのは決定だ。この学校の場合、大学受験に向けてのカリキュラム編成の都合上、2年から3年への進級の際にはクラス替えがないのだ。始業式の日、クラス分けの紙が貼られたボードを見ながら小笠は決意した。もう部活の時にしか会えないなんて沢山だ。美加理と付き合いたい。用がなくても電話をしたい、話したい。いつでも会える関係になりたい。そんな思いは彼の中で大きく膨れ上がっていった」
「…ってそれ、リアルな馴れ初め?」
知佳に答えようと口を開く前に
「マジなんだっ!!」
「美加理まっかー!!」
口々に出る冷やかしの言葉。そりゃ赤くもなるさ。だって紗綾の話があまりにその通りすぎて、思い出してしまったのだ。まあ、聞かれるまま紗綾に話したのは私だから当然なんだけど。
「まあまあ、続きいくよー」
私のした話を繰り返すだけなら小説は必要ないんじゃないかと思ったが素直に目を閉じる。
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