当たったら終わります

テナガエビ

当たったら終わります

「どこ行ったんです! おーい! 置いてかないでくださいよー!」


 私はパニックに陥っていた。どこまでも同じように続く、石作りの回廊かいろうを早足でさまよう。


「エイベル! アイザック! 聞こえますか!」


 少し、本当にわずかな時間だった。便意を催し、仲間に一声かけて用を足してきた。それだけだったのに、戻ったら誰もいなかったのだ。




 ここはとある冒険者街。この辺りには古代文明の地下都市跡が無数に存在し、今ではところどころが菌類に侵食されたり、崩落して洞窟や地下水脈と一体化し、モンスターがはびこる「ダンジョン」になっている。危険だが、ダンジョン内部には古代文明の遺産が散らばっており、このダンジョンの探検を通して財を成したり、強力な古代魔法を発見して時の人になった者も少なくない。

 今では、様々な歴史的経緯を経て、ギルドがダンジョンを管理している。ギルドにお金を払って冒険者として登録し、ギルドの仕事にも協力する代わりにダンジョンで得られた財宝や資料に対して一定の権利を得ることができるのだ。ダンジョンにはたちまち多くの冒険者が殺到し、特に有望なダンジョン周辺には、大きな街ができた。ここもその一つである。

 

 私はそんなダンジョンに戦士と僧侶の仲間と共に挑んだのだが、いつの間にか置いていかれてしまったのだ。


「一体、何があったって……!」


 もう一時間は探しているが、既にこのフロアのマッピングしておいたエリアは探し尽くした。残るはマッピングがまだのエリア、つまり、仲間と一緒に踏破とうはしていないエリアになるが、そこに一人で入る勇気はない。どこにトラップがあり、どんなモンスターがいるか把握していないからだ。おまけにこのダンジョンはどこも同じような構造で特徴がない。把握していないエリアに入ったが最後、戻る道が分からなくなったという話はよく聞く。


 ダメですね……戻るしかないか!


 時間が経てばたつほど、モンスターを排除し、踏破とうはしたエリアにも他所のエリアからモンスターが侵入する。あまりに長居をすれば、マッピングしたエリアですら危険になる。それに今は一人。私は魔導士、ダンジョンで得た力は魔術の他、自分のスピードや器用さを伸ばすことに使っている。防御は紙。着ているている物も防具というよりは、魔術の補強のための魔具だ。初動の魔術で対処できない敵にでくわしたら最後だ。


「おい! 誰かそこにいるのか!」


 知らない男の声が響く。はっとして後ろを振り返ると、そこには二人の冒険者がいた。持っている武器から見て、大柄な男は弓兵、女は僧侶だろう。


「すいません、エイベルとアイザック……ああ、黒い鎧を着た女戦士と小柄な僧侶を見ませんでしたか?」

「ひょっとして、あんたも仲間とはぐれたのか?」

「え!?」


 話を聞くと、この二人もそれぞれ別のパーティを組んでいたのだが、突然一人になっていたという。


「おそらく転移の床じゃないかしら?」

 

 女僧侶が言うには、以前はこのフロアになかったものだが、何者かが設置した痕跡があったという。


「貴方方はこれからどうするのですか?」


 私は二人に聞いてみた。私は補助魔法中心のスキル構成だ。一人で無事に帰るにはかなりの幸運が必要だろう。


「どうするもこうするもないだろう。これも縁だ。三人で脱出を目指さないか」


 弓兵の男からそう言ってくれた。頼もしい。女僧侶も同意してくれる。


「あら、あたしは最初からそういうつもりよ」

 

 ギルド管理下のダンジョンにはいろいろなルールがある。パーティは三人で組むこともその一つだ。特別な許可がない限り、それ以上の人数だと獲得した財宝やアイテムへの権利を失うという法がある。これは、ギルドがこのダンジョンで長く甘い汁を吸うためとも、世俗権力が力でものを言わせることを防ぐためとも言われている。


「まずは自己紹介しよう。俺はエフゲニー。狙撃手だ」


 金髪の大柄な男が握手の手を差し伸べてくる。狙撃手と言えば弓兵系統の上級職だ。手にしている弓はおそらく星屑の魔弓シューティングスター、速射は効かないが長大な射程と威力を誇る弓だ。これを持っていることからもかなりの使い手であることが分かる。


「あたしはアシュリン。見ればわかるわよね、司祭よ」


 赤髪の女僧侶もこれまた上級職だ。司祭ならば粗方の回復魔法、状態異常回復などに加えて、聖属性魔法も使えるだろう。頼もしい限りだ。


「私はコウと言いまして……」

「魔法使いね、それも……すごい、その帽子、魔法大学を出ているのね」


 こちらの言いたかったことはすべてアシュリンと名乗った女僧侶が代弁してくれた。黒地に銀の菱形装飾が入った魔法帽は大学卒の証なのだ。


「いや、でも補助魔導士なんだ。あまり期待しないで下さい」


 補助魔導士、こう言う度に何度がっかりされてきたことか


 補助魔導士は緑魔導士などと呼ぶ地方もあるが、行動加速アクセル行動減速スロウといった補助的な魔法を中心に使う職である。


 私は大学で補助魔法アシストを中心に学んだ。大学で人気なのは強力な属性魔法や医療魔法だ。だが、人と違うことがしたい、そう思って補助魔法だのマイナーな魔法ばかり習得してしまった。楽しかった思い出もあるが、結果的にニッチなパーティでしか通用しない能力になってしまった。それは私の負い目であり、既に二人に対して申し訳ない気持ちが萌芽し、伸長し、満開になりつつあった。


「コウ、アシュリン、改めてよろしく!」


 そんなこちらの気持ちを気に留めることもなく、エフゲニーがそう言ってくれた。この人は寛容な人みたいだ。


「頑張って生還しよう。さて、早速配置を決めたいところだけど、私は防御が低い上、弓が一撃型の弓だから後衛を主としてきたんだ」

「あたしも後衛よ。回復魔法は詠唱めんどうくさいんだから」


 困った。


 ダンジョンの中は集団戦をするには狭い回廊かいろう状の地形が多い。そのため、一人か二人が前衛として敵を防ぎつつ、後方から攻撃や回復を行うのが効果的だ。そこで、いろいろなアレンジはあれども、盾役タンク攻撃役アタッカー回復役ヒーラーの三人を揃えるのが常道となっている。前のパーティでは私は回復役ヒーラーも兼ねて後方支援を担当していた。つまり、前衛、特に弓兵や僧侶を守るべき盾役タンクがいないのだ。


「……私も補助魔法アシストですので、前は……」

「困ったな……」


 エフゲニーが腕組みをして考え込む。その時だった。突如、がらんがらんと金属を引きずるような音がダンジョン内に鳴り響く。


「しまった、ゴブリン兵だろう。戦うぞ!」


 エフゲニーはそう言うが役割が決まっていない。私は咄嗟に考えた。エフゲニーがやられたら攻撃役アタッカーがいなくなる。回復役ヒーラー補助魔法アシストではどうあがいても勝てない。アシュリンがやられたら回復役ヒーラーがいなくなる。私もちょっとした回復魔法は使えるが、生還を目的としている以上、高位の回復役ヒーラーは絶対に守りたい。結論は一つだった。


「時間を稼いでみます!」


 自信があるとか、ないとかではない。生き残りたい。生き残りたいのだ。雄叫びをあげながらゴブリン兵が現れた。弓兵が二体、槍兵が二体だ。エフゲニーとアシュリンが後方に飛び退く。その隙に得意の早口で詠唱した。補助魔法アシストは使うタイミングが最も大事だからだ。


「愚者よ、なんじが刃にてたおれよ! 物理攻撃反射壁リフレクション・シールド!」


 私の前方にちょうど回廊かいろうを塞ぐ程度の薄く発光する壁が現れる。ゴブリン兵の武装ならばこれを突き破ることはない。それでもゴブリン兵は果敢に矢を放つが、そっくり跳ね返され、一人は当たりどころが悪かったのか、自分の矢で倒れて動かなくなった。


「いいぞコウ! その反射壁は後方からの攻撃も跳ね返すのか!?」

「エフゲニー、大丈夫です。後ろからの貴方方の攻撃は通る。さ、速く!」


 ぶんっと唸りつつ白く光る矢が横を通り過ぎていった。ゴブリン兵の一人が額を射抜かれて倒れる。それでもひるまずに槍を突きだしてきたが、自分の勢いでそのまま反射壁に突き飛ばされた。そこへ容赦なくエフゲニーの白い矢が刺さり、倒れる。それを見てもう一人のゴブリン兵は逃げてしまった。


「すごい!」


 アシュリンが感動した声をあげる。


「今のうちだ、地下二階へ上がろう」


 我々はしばらく周囲を警戒し、何もないと判断すると地下二階への階段へと急いで走った。


「待って!」


 走り出した二人を追い掛けつつ、誘導光体リーディング・ライトを唱える。こちらの指定した場所まで、周囲を照らしながら飛んでいってくれる魔法だ。万が一、モンスターに当たれば光が弾け飛んで警告になる。


「コウ、やるじゃないか!」

「ありがとうエフゲニー!」


 直接戦闘にならなければ、ね


 そう心の中でつぶやく。さっきはうまくいったがモンスターは多種多様だ。私の持つ魔法がすべての相手に通用するわけではない。そんな相手には出会わないことを祈るしかない。



   ◇



 地下二階に上がってすぐに出会ったのは一匹のスライムだった。前回同様に物理攻撃反射壁リフレクション・シールドでスライムの攻撃を防ぎ、エフゲニーが後方から射撃する。だが、スライムはエフゲニーの矢を受けても少しその粘液体にさざ波が起こっただけで死ななかった。


「待って、そいつ、色が微妙で分からなかったけど、原始パレオスライムよ!」


 アシュリンが言う原始パレオスライムとは、その辺によくいるスライムの祖先種で、粘液体内部に複雑な構造がなく、動きが単調だが、その分粘液体に占める水分の割合が多くて物理攻撃が通りにくいのだ。


「うわっ!」


 いつの間にか原始パレオスライムが物理攻撃反射壁リフレクション・シールドの下、石畳の下へと浸透しようとしている。


 やばい!


 床の下から来られると物理攻撃反射壁リフレクション・シールドがすり抜けられる。ここは早く逃げた方が良いか!?


 そう思って後ろの二人を振り返った。だが杞憂だったようだ。


「死の天子の炎にてその魂を焼かれよ! 告死天使滅炎アズラエル・ファイア!」

「アシュリン!」


 アシュリンが放った聖なる炎がスライムを焼き尽くす。スライム系に聖属性魔法は特によく効くわけではないが、相応には効く。聖なる炎で焼けただれたスライムには、もはや床の下へ潜りこむ活力は残ってなさそうだ。だが、まさかあの規模の魔法をアシュリンに連発させるわけにもいくまい。


「次は私がやります!」


 ポケットから試験管を取り出す。中に入っているのは砂漠の大サソリの毒腺から抽出した猛毒だ。試験管に指をあてる。


保護封印解除ブレイク


 割れないようにかけた封印魔法を解除し、スライムめがけて叩きつけた。即効性の毒がスライムの体に混ざり込み、次第に動かなくなる。


「もう大丈夫でしょう。そこに散らばっている毒を踏まないように、先に行きましょう。もう一度誘導光体リーディング・ライトを出します」


結構もったいないが、今は無事に帰ることが先決だ。


「意外に我々行けるな!」


 エフゲニーが嬉しそうに私の背中を叩く。


「今のところ相手が良かった! さ、おごらず、強いのに出くわす前に地下一階への階段へ戻りましょう」


 我々のパーティは個々はそれなりの冒険者だ。エフゲニーもアシュリンも強い。だが編成が偏っている以上、相手によって戦いやすさは大きく左右されるはずだ。例えば、盗賊シーフスキルを持っている者がいない。トラップ解除の魔法はあるが、早期警戒という点では危険極まりない状態だろう。油断せずに早く帰還しなければならない。


 地下二階の中央は広い空間になっている。空から幾つもの根が垂れ、あちこちに誰が灯したか分からない魔法灯があたりをゆらゆらと照らしている。幻想的というには不気味に寄りすぎている。だが、こう広ければ奇襲されにくいのはありがたい。


「あぐっ!」


 エフゲニーが悲鳴をあげたのはそう思っているまさにその時だった。


「どうしたの!?」

「アシュリン、来るな! トラップだ! くそっ、毒矢を受けた!」


 状況から見て、特定の床を踏むと矢が飛び出す仕掛けではないか。空間の広さに油断していた。狭い回廊かいろうと広い空間の接続点など、まさに罠をしかけやすいポイントではないか。


「待って、今、解毒魔法アンチドーテを!」


 状態異常の回復は司祭の得意とするところだろう。だが、罠が一つとは限らない。


「アシュリン、慎重に! 貴方の回復魔法なら慌てなくても回復させられます。床に何かスイッチがあるかもしれない。まずは周囲をよく見て、杖で叩いて安全を確かめてからエフゲニーのもとへ!」


 そう言いながら私も周囲の床を確認する。どうやらエフゲニーが踏んだ床以外、この辺りは大丈夫そうだが、盗賊の目はないため不安は残る。


「ぐぅ……腕がっ! 腕が焼けるようだ!」


 エフゲニーは床を這うように安全圏へと移動する。不気味な飛行音がしたのはその時だった。前方で誘導光体リーディング・ライトが弾け、黒い影が前方に姿を現す。


龍騎士ドラグーン!?」


 黒く、細長い体の龍に胸甲をつけたハイオークが騎乗している。オークの中でも知性が発達し、魔法も使う連中だ。


 しまった!


 エフゲニーは毒矢にやられ、アシュリンは治療に当たろうとしていた。間が悪い。今は二人は即応できない。


「こっちだ! この野郎!」


 二人の前に立ち塞がる。私に気づいた龍騎士ドラグーンが投げ槍のモーションに入る。だが、絶対に先制攻撃は取る。補助魔法アシスト、特に相手を弱体化させたり、攻撃を無効化するものは先か後かで効果がまるで違う。そのために、スピードと器用さを磨いてきたのだ。これだけは絶対に負けられない


物理攻撃反射壁リフレクション・シールド


 間一髪だった。ひどく頭に響く音を残して投げ槍が反射壁に当たって転がる。さらに龍が急降下し、その尾を鞭のようにしならせて反射壁を打ち付ける。だが、反射壁はびくともせず、跳ね返った衝撃で龍の方がバランスを崩しそうになった。純粋に物理攻撃である限りは破れないはずだ。本当にこの術を習得しておいて良かった。そう思っていると龍騎士ドラグーンが舞い上がり、距離を取った。


 くそう! 龍の火ドラゴンブレスか!?


 龍の火ドラゴンブレスには魔力が付与されている。これを防ぐには魔力攻撃反射膜リフレクション・ミラーを展開しないといけないが、今はできない。こいつは反射壁と違って、一人一人の体を包む膜だ。その膜がある限り、外からの魔法は一切受け付けない。解毒や回復の魔法も受け付けないのだ。


 エフゲニー!


 アシュリンはまだ解毒のための詠唱に取りかかったところだ。今、反射膜を貼ることはエフゲニーを見捨てることになる。


 まだ先がある! あるが……


 今を乗り切るしかない!


「アシュリン! 一瞬、目をつぶれ!」


 私は覚悟を決めた。


盲目付与ブラインド!」


 前方に強力な閃光が迸る。まずは目くらましだ。これで数分は相手の視界は回復しない。龍騎士ドラグーンが繰り出す闇雲な攻撃を反射壁で防ぎ、龍が吐きつける火炎弾を気合で回避する。それなり動きの速い私でも龍の火炎弾は避けにくい。だが、盲目ブラインドが効いている状態の無茶苦茶な放射なら回避できる。一撃だけローブの裾を焦がし、ひやりとした。


「コウ! 解毒完了よ!」

「よし!」


 思わず歓喜が口に出る。


「今、こいつを拘束します! 後は任せますから!」


 素早く地面に魔力増強の魔法陣を描く。前衛となって敵の真ん前で魔法陣を描いている滑稽さに笑いそうになる。


 よし、盲目ブラインドの効果中に間に合った!


「汝、蛇神の眼を恐れよ、蛇神の牙を恐れよ! 蛇神凶毒麻痺アブソリュート・パラリシス


 途端に龍が地面に落下した。龍騎士ドラグーンもその衝撃で振り落とされ、どちらも地面に這いつくばるように無様に痙攣を繰り返す。


 麻痺攻撃の最強のやつだ。しかも魔法陣で威力を増強してやったのだ。私の残りの魔力のほとんどを注ぎ込んだ。こいつを振りほどくには高位魔導士並みの魔力が必要だ。 


「すまん、コウ、待たせた!」


 エフゲニーの白い矢がうなりを上げて龍の頭を射抜く。まもなく、龍騎士ドラグーンの運命もそれに続いた。



   ◇



 ひどい戦いだった。こんなにも気を使い、集中したのはいつ以来だろう。寿命が縮まった思いだった。なんとか龍騎士ドラグーンを撃破した我々は、その後、大した抵抗もなく出口まで戻ることができた。


「もうすぐだ! 気を抜かずに行こう」


 すっかり回復したエフゲニーが明るく言い放つが慎重に進んでいく。途中、宝箱もあったが無視した。もうトラップに対応する余力が我々にはない。


「地上に上がったら、一杯おごらせてくれ、コウ。本当に世話になった。それにアシュリンにも」

「エフゲニー、自分で言っておいてもう油断しているの?」


 アシュリンが笑う。急ごしらえのパーティだったが、いい人達だった。ただ、やはり自分は前衛は怖い。今回は魔力を惜しみなく消費することと、運に恵まれていたことでなんとか生き延びることができた。だが、安全にダンジョンを攻略するなら、やはり回避型の盾役タンクか高防御・高体力の盾役タンク、それを防具やアイテムで補強する方が安定する。


 あと少しで地上、そう思った瞬間だった。不意に真っ赤な帽子のモンスターが襲って来た。待ち伏せだ。


「レッドキャップ!」


 ダンジョンの入口付近にいるモンスターだ。迂闊に入り込んだ初心者を殺し、その血で帽子を赤く染めているという小柄な人型のモンスターだ。


 しまった、もう魔力が尽きていてる!

 これでは反射壁も張れない。目くらましもできない。


 四体のレッドキャップがこちらの気持ちを知っているかのように、じりじりとその鋭い爪で迫る。


「エフゲニー、アシュリン、もう私は魔力がありません! せめて逃げて……!」


 ここまでつきあった縁だ、せめてこの二人だけでも逃がそうと思った。だが、アシュリンがにっこりと笑って私の横を走り抜けていく。


「何言ってるのよ!」


 言うが早いかアシュリンはその杖でレッドキャップを殴り、あっという間に二匹を倒した。


「ここはもう入口。私たちの力なら盾もいらないわ」


 そうだった。もうこの程度の敵の攻撃がほとんど効かない程度には、我々は力を付けてダンジョンに入ったのだった。慣れない盾役タンクを任されて、すっかり失念していた。


 エフゲニーが一匹のレッドキャップを射殺する。


「うりゃあああっ!」


 私も手近にいたやつを素手で思いっきり殴った。



  ◇



「帰って来たーーーー!」


 三人で同じことを叫んだ。やっとの思いでダンジョンの外に出た。周囲には警備の兵が展開し、これからダンジョンに入っていこうという冒険者たちが支度をしている。


「お疲れ様!」


 私、エフゲニー、アシュリン、三人で互いに労い合い、感極まって抱擁する。


「ありがとう、コウ、君のおかげだ!」

「いや、エフゲニー、こちらこそ。一時はどうなることかと思いました」


 これから行方が分からなくなった仲間を探さないといけない。だが、今だけは無事に自分が生還できたことを喜びたかった。


「この後、飲みに行くでしょ? どこがいい? 躍る子豚亭?」

「ああ、その店は私も好きだ!」


 嬉しいことにアシュリンと馴染みの店が同じだったようだ。


「これからお互いにいなくなった仲間を探すことになるだろうけど……」


 エフゲニーがそう言って、ワンテンポ置いてから言葉を続けた。


「また俺たちで冒険しないか?」


 三人とも高らかに笑い合った。それはいいと。ただし、私は一言付け加えてやった。


「神経すり減るから、盾役タンク以外でね!」

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