藍世界
ばなな
藍世界
「藍世界」 (あいせかい)
屋上へと続く長い階段を上りきり、安っぽい扉を開ける。風が頬を撫でる。風が強すぎて撫でるというより殴るといった表現の方が正しいのではないだろうか。
この場所に来たのは、お弁当を食べるわけでもなく、怪しい取引をする訳でもなく、自殺をするためだ。
他の自殺志願者と比べると幸せな理由だと思う。寝て起きて、お金を稼ぐために働きまた寝るというこの生活が嫌になったのだ。
柵に足をかけ、跨ぐ。
足を一歩前に出せばこの生活を終わりにできる。
あと少しで天国か地獄に行くという状態だ。
しかしここで俺は考えた。
どうせ死ぬなら大量に借金すれば良い。
その借金は返さなくて良い訳だ。
我ながら天才だ。
死ぬ最後にもう少しだけ遊ぶ事にした。
この世界を楽しもうと思った。
銀行に行き、お金を借りる手続きをする。
今まで真面目にコツコツ働いていただけに、結構な額が借りられた。自分のこれまでの貯金と合わせると結構な額になった。
何をしよう。なんでも出来る。
どうせこのお金が尽きたら死ぬ訳だし、豪遊しよう。
キャバクラで1番可愛い子と話そうか、
いっそ街でばら撒いてみるか。
そんなことを考え、その日は寝た。
朝が来た。昨日までの朝はいつも憂鬱な気持ちで目を覚ましていたが、今日は違う。いつもより全てが明るく見える。
思い出せば、昨日は恐らく眠りに落ちる瞬間までニヤニヤしていただろう。
いや、眠ってからもニヤニヤしていたかもしれない。
頭の中では札束の海で俺が泳いでいた
やはり現金の力は偉大だと強く思う。
すぐに飛行機に乗り、アメリカ行きの飛行機を取った。
もちろん1番良い席で。
今まで仕事で何カ国かに行ったことはあったが、アメリカは行ったことがなかった。
飛行機に乗り、4時間ほど暇を潰す。
その間も、期待と妄想を大きく膨らませていた。
到着。思ったほどすごくは無かった。別に大したことねーじゃんと思いながら街を歩く。
とりあえず腹も減ったし、何か食いたい。
1番最初に目に入ったハンバーガーにしよう。1番高い奴を買った。一口食べてみる。まぁ、おいしいっちゃおいしい。
しかし、値段ほど旨いわけではない。
多分金額は大体量にいってるな。
1人では食べきれない量である。
クソでかいハンバーガーをチビチビと食べながら再び歩くと、路地裏に不思議な扉を見つけた。
なんだかよく分からないが。引き付けられるように足が勝手にそこに向かって歩いていく。
扉を開けると、キラキラとしているが、どこか怪しい黒を基調とした通路、階段が見えた。
俺は何かに導かれるようにゆっくりと、そして着実にその階段を降りていく。
誰かの声が聞こえる。
それも多勢の、品のあるようなないような声。
英語なのでよく分からないが、何故か嫌な予感がした。
しかし足は止まらない。謎の引力と好奇心が相まって階段を降りる速さが少しずつ速くなるのを感じた。
足を次の段へ落とすたび、その声は大きくなっていく。
体感的には100段以上あったのではないかという長い階段が終わり、全てが見えた。
そこは人身売買が行われている会場だった。
富豪たちが奴隷などとして、人を買う場所。
趣味の悪い服と仮面を身につけた司会者が英語で何かを喋っている。
次々と鎖に繋がれた黒人や、可憐な外国人などが富豪に見える誰かに買われていく。
そこでスポットライトがステージの中央をパッと照らし日本人の少女が浮かんだ。
怯えたような、すべてを諦めたような悲しい表情だった。
その少女はいわゆる“訳あり品”のような扱いをされているようだった。
いくらからスタートなのかステージ横のモニターに表示される。
すごく安い。が、誰も手を上げない。
どうせろくな事に使わないこの金で、1人の少女を救えるのならと思い、手を上げ、金額を言う。
場が静まり、驚いたような表情でいっせいに周りの視線が集まる。
この場から音がなくなり、少し間を置いて司会者が恐らく落札という意味の英語を話す。
首輪に繋がれ、手を紐で縛られた少女と首輪を解除する鍵を渡された。
少女を連れ、階段を上り、店を出た。
店を出てすぐに首輪と紐を解くと、少女は不思議といった表情で見上げてきた。
「どうして…?」
「遊び相手が欲しかったからかな」
少女は怖がっているみたいだ。
俺なりに笑顔で言ってるんだけど。
「…」
「奴隷だろ。命令には従ってもらおう。」
少女に手を差し出すと、恐る恐るといった感じで手を握った。
ニューヨークのタイムズスクエアに来た。テレビでよく見るアメリカの街って感じの所だ。やっぱり街って感じがするな。
海外のショッピング街って感じだ。しつこいけど。
タイムズスクエアでは買い物をした。
服やら、お菓子やら、帽子やらを買ってやった。彼女は不思議そうにありがとうございますと小さな声で言った。耳に届いたのが不思議なくらいの本当に小さな声だった。
それからハンバーガーを食べた。今さっきの衝撃的なオークションを見たせいで忘れていたが、自分は朝ハンバーガーを食べていたことを忘れていた。飽きたなぁとか考えながらも少女とハンバーガーを食べた。朝食べたハンバーガーと同じものだったが、少女がいたので、量はちょうどよかった。
その日は近くのホテルで寝ることにした。
彼女は端っこの方で体操座りをして
「ここで寝ます。奴隷なので」と言った。
少女をそんなとこで寝かして自分だけベットで寝るのは少し酷な気がしたので、主人の命令としてベットで寝かした。
そう言ったは良いもののベッドはキングサイズの一つだけだったので後悔した。
苦くも香ばしい匂いで目が覚めた。目を開け、キッチンの方を見ると、少女がコーヒーを注いでいた。
「勝手にすみません。喜んでくれると思って…。どうぞ」
ホテルに最初からあるコーヒーを作ってくれたみたいだ。
砂糖とミルクも受け取り、ドバドバとそれを入れる。
砂糖入りコーヒーと言うより、コーヒー味の砂糖をすすった。
しかし少女はこちらをじっと見つめるだけで、特に何も飲む様子がない。
「あれ。お前は?」
少女はえ?と言った顔でこちらを見つめる。
なんで1人分しか作らないんだよ…。
結局俺がコーヒーをつくり、あげた。少女はありがとうございますと小さな声で呟き、コーヒーをじっと見つめながら啜った。
明らかに顔が歪んだ。苦いのを我慢しているようだ。
しかし、砂糖とミルクは入れない。
恐らく俺の許可が出ないと入れないのだろう。
俺は面白がってそのまま見ている事にした。
少女は苦そうにコーヒーを飲みきった。
俺は少女に自分が飲んでいたコーヒーを勧める。
少女は嫌そうな表情をしながらそのコーヒーを飲んだ。
目をギュッと瞑りゴクリと音がする。
「ん……………甘い…おし……しい……。」
少女は感動しているようだ。
砂糖の美味しさを理解してくれたようだ。
うれしい。
それから飛行機に乗り、なん時間もかけ、グランドキャニオンへ向かった。キラッキラしていた街並みがどんどん田舎になっていくのは少し寂しかった。
飛行機を降りると、テレビで見たまんまのグランドキャニオンだった。大迫力で感動した。もちろん少女も終始感動していた。2人でおぉ…!と小さく声をあげ、顔を見合わせ、笑った。
それから大岩の1番上に立ち、2人で周りを見渡した。
「ありがとうございます。本当に。」
初めてのはっきりとした声だった。
「命令だ。丁寧語やめろ。苦手だ」
「分かりました……主人」
切り替えは苦手なようだ。
頑張ったが丁寧語がこびりついて離れないらしい。
「主人もやめろ。俺はハルだ。ハルと呼べ」
「分かりました。ハルさん。」
「お前はなんて呼べば良い?」
「私名前ないんです。だから、つけてくれませんか?」
「んー。じゃ、空だな、表情めっちゃ変わるし。」
「素敵です。その名前。」
今日もまたホテルで少女と寝た。
また朝が来た。今日はどこに行こう。そろそろ持っていた金が尽きる。金持ちと呼べなくはない金額を持っていた自分だが、やはり尽きるよな。
今日は空をホテルに残し、ラスベガスへと向かった。
正直ギャンブルはした事がないが、これ以上アメリカにいるには、このギャンブルに賭けるしかないと思った。
ラスベガスに尽き、ルーレットを選択。自分の持っている全金額を2分の1で倍にできるのは非常に魅力的だと思ったからだ。
今まで仕事をコツコツ頑張っていた自分だったが、神様は手厳しい。ボロボロに負け、持ち金を全て失った。
それならまだよかった。
あろう事か僕はまた借金をしてしまった。
賭け事というのは上手くできているのだと痛感した。金だけではなく命まで搾り取ろうという商売根性にはびっくりだ。
黒服の男性2人に追われ、慌てて建物から出る。人混みに紛れ、命からがら逃げ切った。偶然ポケットに入っていた少量の金で空のまつホテルへと戻った。
恐らくあの手の輩はどこまでも追って来るのだろう。俺の命はもう長くないのを察した。
部屋に戻ると、空は泣いていた。俺に不幸があったことを悟られないよう、優しく空を撫で、できるだけ早く布団に潜り、眠りについた。
夜中の1、2時くらいだろうか。俺は目を覚まし、そっとベッドを出た。
「どこにいくのですか…?」
空は心配そうにこちらを見つめる。
「喉が渇いた。ちょっとコンビニでお茶買ってくる。」
「嘘…つかないで下さい」
空は今にも泣き出しそうだ。
俺は全てを話した。空の前では嘘がつけない、いや、嘘をついてもそれが空の幸せにはならない気がした。
空をのこし、俺は自殺しようとした事を話した。
2人ともお互いが見えないくらい涙を流した。
空は涙を拭い、今度は笑顔で話した。
「あ、私がオークションで安かったのなんでか知っていますか?」
「知らない」
「実は私、明日死ぬんです。」
「え……?」
「寿命が短くて、奴隷にしても3日間しか使えないから安かったんです。」
「本当に?」
「本当です。だから、明日、一緒に死にませんか…?」
空は笑顔で話す。さっきまで泣いていたのもあり、頬が赤くて、涙目だったが、たしかに優しい笑顔だった。
空に何かあった時ように持たせていたお金で、バスに乗り、海に向かった。海のツンとした匂いが近づいてくる。はなを燻る独特な海風が今生きている事を実感させる。
空は海に興奮しているようだった。
「綺麗ですねー」
「だな」
俺と空は靴を脱ぎすて、砂浜にゆっくりと足跡をつけていく。
「今から俺たち死ぬんだな。」
「実感湧きませんね。」
「怖いか?」
「ハルさんと一緒なら」
「奇遇だな。俺もだ」
足で感じていた砂の感覚が変わる。だんだんと濡れた砂に、そしてついに水へと変化していく。
「泳げるか?」
「大丈夫です。」
「あの辺で集合な」
「分かりました。」
水を手でかき、海の深い部分へと向かう。
泳いだのなんて学生以来だ。
泳ぐ感覚というのも今の今まで忘れていた。
水が手にたしかな抵抗を残し、自分の後方へと押し流されていく。
時折少し後ろを見て空の様子を見ながら出来るだけ速度を合わせる。
離れすぎず、かと言って話せないほどの距離を保ちながら慎重に泳いで行く。
自分が今、どんな感情を抱いているのかがいまいち分からない。
悲しみとも取れる、前向きな感情。
今、自分は泣いているのだろうか。それは嬉しさからなのか、寂しさからなのか。それさえも分からない。
涙は海に透過してその真意を隠そうとしている。
長くも短い時間が過ぎ、空と確認した場所におおよそついた。空もやがて追いつき、不格好に足をバタバタと動かし、顔を上げた。
「「せーの」」
水色の世界から、深い青の世界へと姿を変えた。
俺は空と目を合わせながら微笑み合った。
気泡は空へ落ちて、その反対の空に僕らは登っていく。
「また来世で会おう」
2人で静かに誓い合い僕らは結んでいた手をゆっくりと解いた。
藍世界 ばなな @bananasupekuta
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