大気圏とコンセント
体が動かないのが分かる。指の先から足先まで、口には圧迫した何かが入り込み空気の入れ替わりを邪魔してくる。苦しくて穏やかで、悲しくてでもどこか懐かしくて、見上げるとそこにはあたり一面瑠璃色の世界が広がっている。私はいったいどうしたのだろう?
思いを巡らせることも思い出すことも、今の私は頭を回転させることさえままならない。視界の横には薄青いコトコの髪が見える。彼女の髪の毛は宙を舞いあてどもなくさまよっている。動いていない。助けなくちゃ。でも、私も動くことができない。苦しい。ああ、そうだ、さっきまで飛行機に乗っていたのだ。
そこから私たちの意識はなくなっていた。
胸につかえるしこりのようなこの痛み、どうやったらとれるのだろう?そう考えて私は瞼を開けた。重たい瞼を開きながら暖かな陽気に当てられて、今までにない心地よさがどうしてか懐かしく泣きそうになった。
「生きてるな、よかった。ありがとう。理沙」
「うん」
人の声が聞こえ、おぼろげに見えてくる自分を抱きかかえているのが人だと気づく。
「こんにちは、大丈夫ですか?」
彼はそういって口角を思い切りあげ、さわやかに笑った。
ここはどこ?そう言いたいけどなんだかやっぱり苦しい。体を傾けさせてから嘔吐し残っている水を吐き出した。顔をあげて、もう一度抱きかかえていた人を凝視する。
「言葉、通じないのかな?」
「うーん・・・どうだろう?」
彼らは顔を見合わせた。困っているようで私はひとまず、周りを見渡す、近くにコトコが見えて、また違う人に助けられていた、這うようにして近づいていき彼女の顔をのぞき見る。寒さのせいかどこか青白く唇は紫に変色していた。彼女の唇に触れて引き寄せるように抱き寄せた。息をしているのを確認してからもう一度彼らに向き直る
「ここはどこですか?」
「ここ?日本ってこと?ちなみに千葉県だよ」
「日本?千葉県?」
そうか、もう地球についているのかもしれない。
「あ、ありがとう。助けてくれて」
「いえいえ、とりあえず落ち着いたら、私の家来てよ。シャワーかすから」
「はい?」
地球人は親切なのかしら?見知らぬ人にシャワーを貸すなんて不用心にもほどがあるわ。
「げほっ、こほごほごほっ」
コトコがようやく、意識を取り戻した。ルミアは急いで駆け付けて。彼女の顔を再度覗き込む。コトコの顔色はみるみる色づいていき、やがて人の顔となった。
「コトコ、大丈夫?どこかうってたりしない?」
「う、ん、ルミア?ここ、地球?」
「そのはずよ」
「ルミア、なんかすごく頭がずきずきする。し、気持ち悪い」
「大丈夫よ、今楽になるから」
「うん」
コトコはそういってもう一度瞼を閉ざしてしまった。その瞼が開くころには私たちの今いる状況もわかっていた。
「ありがとうございます。なんとお礼を申したら・・・」
ルミアは体を低く低く深々と腰をおった。理沙は手を横に振り、目じりをこれ以上ないぐらいに下げた。そうしてもう大丈夫かと、何か飲みたいものはないかとか私たちを気遣った。
「私からも言います。ありがとうございます。」
コトコも片言ながらにお礼の言葉を述べた。
「で、さぁルミアさんたちはなんであんなところにおぼれていたの?毅が気が付かなかったら絶対死んでいたよねぇ」
「あ、はい、それには深い事情があるんです。」
毅は汐の言葉にうなずきながら次の言葉を待っているようだった。
「地球の大気圏はとても分厚いのはご存知ですか?」
三人は歯切れの悪い声でうなずいていた
「私たちの乗っていた飛行機はその強い大気圏に耐えられるほどの耐久力を持っていなかった。だからうまく着陸できずに墜落してしまったんです。」
「そう、か」
やはり三人ともぽかんとして、どういうことなのか状況とルミアの言っている意味について考えようとしていた。しかしいくら考えてもこの短い会話の中からでは彼女が乗っていた飛行機が墜落して海に落ちたということになる。さらに大気圏より上ということだから、かなりの上の方から運転していたということになる。
「運転していた人は見つかったの?」
「運転していた人?ああ、私が運転していたんですよ」
ルミアは得意げに毅にいった。
「運転って、飛行機だよ。君は何才なんだ?どうして運転技術を持っているんだ?」
「20よ、どうして?おかしいことなんかじゃないじゃない。もしかして地球の人は飛行機の航空許可書がおりないのかしら?」
彼女の口から漏れ出した地球の人はという言葉が毅の記憶の中につよく残った。なぜ彼女は地球人といい、不思議なことばかりを話すのだろう
「許可証以前に、普通の子供が飛行機の運転免許なんて持ってるはずないだろ?100譲ってそれがありえたとして、なら君はどこから来たっていうんだ?」
「こちらとは学習する順番が全然違うからね、ある程度成長したら自分の勉強したいことを選んで勉強することができるわ。」
「どっからきたんだ?」
「ロックよ」
「どこなのそれは」
「地球とは違う星よ、月よりもうちょっと遠いところにあるのかしら、位置は分からないけど遠いところよ。」
「じゃあ、なんだよ、ルミアさんとコトコさんは宇宙人なのか?」
「私たちから見たら地球人を呼ぶときも宇宙人っていうからたぶんそうよ」
「それとなんで、私たちの言葉が通じてるの?」
「それは、わからないわ。確かにそうね。こちらに来る人はだいたい言語を勉強してくるのだけれど・・・・なぜ、私とコトコは言葉が通じてるのかしら?」
「本当に宇宙人か?」
「わからないわ。あなたから見たら宇宙人ね。でも、私たちはこっちで生まれてないわ」
「地球人ではないと思うよ」
毅はルミアの顔に近づく。髪を指さし
「この髪の色は地球人で見たことない」
「見たことない髪の色なんて沢山あるだろ?」
「違うんだ、この瑠璃色の髪の色は地毛ではありえない色なんだ。ここの人間は赤から黄色までしか髪の毛の色素が作られないようになってんだ」
「そう、なのか?」
ルミアは自身の髪の毛の先っちょをつまみなでる。ルミアの自慢の髪の毛は、地球では存在するはずなんてない色なのだ。
「君が宇宙人だと、ロックの人だとして、何しにこの地球にやってきたんだ?地球侵略か?宇宙戦争か?」
「そのどちらでもないわ。でもそうね、いずれ地球は侵略され人間は激減するわ。なにも起こそうとしなければね」
「物騒だね。その地球侵略は誰がするの?」
「ロックよ」
毅は腕を組む。事の真偽を図りかねているかのようだ。二人で、地球を侵略に来たわけではないだろう。もしかして彼女たちは試しているのかもしれない。目配せし、理沙と汐を振り返る。毅は彼らに答えを求めたことなどなかった。けど、どこか助けがほしいかのほうなまなざしだった。
「もう一度いう、君たちはこの地球に何をしに来たんだ?」
「地球を守るためよ」
「守るため?なぜ」
「今回ロックがやろうとしていることはあまりにも残忍すぎるわ」
「それでもって私はルミアが心配だからついてきただけ」
「何をどうやってこの何も異変なんて起きていない地球を救うんだよ」
「異変は来るわ。情報を逐一伝えている機器はある?それで隕石を運んでいる・・・」
「“はこぶね?”・・・・探査機で隕石を運んでニュースになっているのはそれだけだ」
「そう、“はこぶね“が撃ち落とされたらもうそこから地球侵略の最初の警告だわ」
「なにか大切なものでも、危ないものでも探査機が持ってるっていうのか?」
「うん、ジタン石光って知ってるのかしら?」
「いや、理沙しってるか?」
「聞いたことないわ」
「俺も知らない」
「そう、ジタン石光というのは地波光惑星の軸を変えたり、隕石の進行方向を変えるという、強力な反発磁石のようなものよ、それが今はこぶねが地球に持って帰ってきたおかげでこっちでは大騒ぎよ。私たちはそのジタン石光で今までありとあらゆる惑星を壊していったのだから。」
「そう・・・か、いやでもそのジタン石光を地球人は別に使うことできないじゃん」
汐が唾を吐き出す勢いで訴える
「そうはいかないの、私たちという人種は基本的に憶病で内向的、さらに変な所で平和的。ジタン石光を地球人が持ってること自体がとても恐ろしくてたまらないの。遅かれ早かれいずれ来てしまうわ。ねえ情報はどこで得ているの?」
「テレビかインターネットとか新聞とかかな」
「毅君?の家にはその中の何があるの?」
「全部そろってるよ」
「じゃあ、私たちを連れて行ってちょうだい」
「あー・・・いや、理沙の・・・・この家にもテレビとか全部そろってるよ」
「あら、便利ね」
ロックでは情報機器は皆がたくさん集まってくるホール内でしか設置されていない、各家庭で一つずつ持っておくということもないのだ。
「こっちにきて、リビングに置いてあるから」
そうしてつけたテレビだったが、ほとんど はこぶね の情報が流されることはなかった。そんな様子を見越して理沙は今日の朝刊を持ってきていた。
「はい、読んで」
「あ、ありがとう」
いくらかくたびれた朝刊を持ちにくそうに広げ、ルミアは細かい文字の中からそれを探した。
「 はこぶね 日本文部科学省の調べでは依然として運航に異常は見られず、当初の日程道理8月1日に国立天文台へ移送の準備が始まる 」
「明日ね」
「どうする?」
「せめてジタン石光を回収したいわ、それでもう一度ロックに訴えかけなくちゃ、もう一度地球選別の会議が8月4日に開かれるから」
「もうあと5日しかないじゃないか?!」
「そうだよ、早く動かないと。」
「私の友達でイルフって人がいるんだけど、その人から連絡通信機器をもらったのよそれで、一度連絡を取り合いたいわ。」
ルミアはそういって、小さい四角の金属器を取り出した。ボタンを一度押すと、いくつもの針金が飛び出した。どれも天に伸びきっている。理沙は首をかしげながら聞いた。
「小さいねこれで宇宙まで届くの?」
「届くはずよ」
ルミアは少し待ち、なかなか起動しないのを確認するとテーブルの上にそれを置いた。
「なかなか動かないねルミア」
「そうだね、どうしてだろう?もしかしてエネルギーが足らないのかしら」
「ん?電力が必要なの?コンセントならあるけど・・・・・これで充電できる?」
理沙は素早く延長コードを持ってきた。ルミアはちょっと笑いながら
「わかんないわ、コンセントって何よ」
「あ、そっか、そうだよね、地球はこれで色んな物を充電してるんよ」
「そうなの?ロックでも電気はよく使うわ、ジタン石光を動かすときにも使ったりするし家庭でも使うわ」
「とりあえず動かせない限りではどうもできないな」
「理沙さん、少しの間この家でこの機械を持ってもらってていいかしら、それでちょっと調べたい事があるから外でたいの」
「いいけど、ルミアさんたちはいいの?こんな大事なもの、ここに置いておいて」
「疑う理由が一つもないじゃない、さぁジタン石光盗みに行くよ!」
「ちょっと待って、どこに行くんだ?」
「決まってるわ、国立天文台へよ!」
「無茶言うな!行ったところでもらえるような品じゃない!それに、この星が侵略されたら、ルミアが持ってたとしてたって意味がないじゃないか!」
「そんなことないわ!ロックは何が何でも地球選別をしたがるわ!地球が完全悪である理由のために政治を動かしてる。なら一つ一つ理由をつぶしていけば必ずロックの大義名分をチャラにできる!」
「一つ一つって、そんなのいくつもしてたら間に合わないよ」
「何もしないだなんてそんな非情なことできないわ」
眉間にしわを寄せた理沙と無表情の汐と相対するルミアとコトコ。そこに毅は
「とりあえず、君たちのこの物語の攻略方法を聞かせてくれ」
「攻略方法?」
「ジタン石光を盗んだ後、まだするべきことがあるんだろ?」
「ロックの歴史書を探したいわ」
「ロックの歴史書?それは君たちの星の話じゃないか、ここで出来ることを教えてくれ」
「もしかしたらこちらの惑星にあるかもしれないのよ」
「誰かが持ってきたのか?地球に簡単に出入りできるものなのか?」
「ちょっと前まで地球旅行なんて一般的だったから、200年ぐらい前に私の知り合いのお爺さんが持ってきていたのよ。それで、今どこにあるか分からない。ロックにいる私の友達にも探してもらうよう言ってるんだけどね。」
「そっか、ま、とりあえず国立天文台、行こう」
「うん。ありがとう」
「毅、行くのか?意味ないかもしれないじゃないか」
「意味ない意味なくないなんて何が起こるか予想できない世の中なんだそんなこと考えたって意味ない。それに、俺は宇宙からやってきたこの子達に興味がある」
「毅がそういうんだったら私たちだってついていくわ」
「よし、決まりだね」
毅は理沙の家に備えてあるパソコンを開いた。
「この家ってどこら辺?」
「埼玉県の・・・・ここ、大宮よ」
「天文台って遠いの?」
「まぁ、ちょっと遠いかな?電車で行こう」
「よくわからないけど、あなたたちについていくわ」
「お金は?」
「あ、ごめん、こっちのお金はこれだけ」
そういってルミアは一万円札一枚と千円札三枚五百円玉二枚百円玉六をポケットから取り出した。
「おお!」
汐は驚いた。毅は首をかしげながら
「なんで日本円持ってるんだ?」
「昔、旅行に来たのが日本だったから」
「ああ、残していたのね」
「本当は、もう一度旅行するために残していたんだけれど、こんなことになっちゃったからもう持ってきちゃったの」
ルミアは愛おしそうに硬貨を見つめ、またポケットに戻した。
「使えるから、いいんじゃない」
「本当にいいのか悪いのか、ここに来れてよかったな」
三人は顔を見合わせる。ルミアとコトコはその三人の態度に気付いていないようだった
「ルミアさん、コトコさん、これつけといたら?」
そういい、理沙はチョークを彼女に渡した。
「理沙、それチョークじゃない?」
「そうよ・・・・だって目立つじゃない彼女たちの髪の色。」
「どう使うの?」
「髪の毛にこするだけ。じゃあ私にやらせて」
そういい、理沙は手際よく髪の毛の分量を分けていく。分けた髪の毛に吸い付けるようにこすりあげる。チョークが触れた部分が高い発色をもち、黒に近いこげ茶に染めていく
「わぁ!」
「すごいでしょう?今日一日、頭を洗わない限り色は保たれるから大丈夫よ!」
「コトコさんもやるね」
ルミア 黒木悠里 @yuri-17
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