回線はみだれる

鍍金 紫陽花(めっき あじさい)

回線は乱れる

 食堂は友達のいる人間が有利になる場所だ。一人では心的に入れないようになっている。いや、一人でも入れるけれど心が強くないといけない。幸いにも私には友人がいるから食堂で安い定食にあり付けている。


「それで金城はどう思う?」

「そうそう。ご意見番はどう思う?」


 私は箸から米粒をおとす。顔をあげ呼ばれた方を向いた。


「さっきのグループワーク?」


 学校の先生が私たちに『いじめはなぜダメなのか』と話し合いをさせた。原因は三年のクラスで自殺者が出てニュースになっているから。よく分からないが授業がつぶれるから運が良かった。


「イジメられる人間がわからない。嫌なら嫌っていえばいいのに」

「やっぱご意見番だ」

「ご意見番 ご意見番」


 ご意見番。友人が私の信念を茶化して命名した。私はあまり気に入ってないけど好きに呼ばせている。


「だって自分が世界の主役なんだから嫌っていえば周りは変わるよ。何も言わないから虐められるわけ」


 話に熱がこもる。聞かれたことに付随して、話題に近いところの後悔が乗っかってしまった。もうその後悔に頭が引っ張られて言葉が尻すぼみになってしまう。


「なに、イライラしてるの?」


 私の苛立ちを察知したようだ。グループで培われた先回りして話すべきという空気が押しよせる。


「うん。さっきのこと思い出した。苦い思い出なんだけどね」

「何。聞いてあげるー」


 冗談だとわかって噴き出した。私の中にある赤い淀みに透明感が取り戻される。


「聞いてあげるって何」


 話したら楽になるかもしれない。

 私は一時間前の交流を話すことにした。



 二限目が終わり気だるそうに学生が移動している。五組が移動教室らしく教材を抱えて進んでいた。廊下は他クラスと話す友達や部活の連絡事項を伝えてきた後輩で熱気があった。階段では先生が通ると頭を下げて、聞こえない声量で悪口を言ってる。その中をかき分け、何気なく自販機で購入して時間潰そうとした。


「あ、ごめん」


 気弱そうな声が私の体のそばで聞こえた。その謝罪が私に向けられているとわかるまでに時間がかかる。振り返り彼女の背中を見つめた。


「たしか同じクラスの……」


 水島ゆき。クラスで目立たないグループに属しているメガネの女。おとなしい性格で利用されやすかった。面倒を押し付けられるタイプ。きっと中学までいじめられていた人だ。

 不憫な人間だ。助けようと目的を変える。


「水島さん」


 手には大量のノートが積まれていた。ノートを先生に届けている仕事の途中みたいだ。

 彼女を追い越して顔を合わせる。その瞳の奥に恐怖の色が混ざっていた。唇が半開きになりつつある。


「あ、あの」

「それ手伝うよ」


 手の力が強くなって肩を丸める。


「と、友達が手伝ってくれるらしいから良いです」

「友達いたんだ!」

「あ、はい。すみません」

「名前は?」

「天海ちゃんです」

「あー、誰?」


 その後思い出す。そういえば彼女には似たメガネの地味な女の子がひっついていた。彼女は友達なのか。


「いいよ。私が言っとくからやらせてよ」


 ノートの半分を強引に奪った。そこまでの重さじゃないから階段は見ずに安易に降りれる。


「あ、ありがとう」


 やっぱり助けて欲しかったわけだ。天海と友達も嘘で、都合がいいから一緒にいるだけかもしれない。


「アハハ。声ちっちゃ」


 ノートは教員室の担任に次の授業まで届けるらしい。三年で自殺者が出ても教室の流れ自体は止まることがなかった。先生たちは親に責め立てられて気の毒だけど自業自得だ。


「あ、あはは」

「水島って家でも静かそう」

「あんまり喋んないです」

「えー、私は母ちゃんがうるさくて騒がしいよ」

「金城さんは賑やかですよね」

「賑やか? ああ、そういうこと」


 明るいやウルサイで言葉が通じる。賑やかを使うってことはそれが許される環境ってことだ。


「まあ、大声出すのは便利だからね」

「べんり?」

「だって大声出せば笑ってくれるし意味も通りやすくない?」


 要領を得ない顔をして階段を下っている。水島は野球部の丸刈りと肩がぶつかって謝っていた。


「ほら、だいたい皆インパクトで会話してるから。今のだっていてえだろ!って叫べば良かったのに。大声で」

「でも私声出ません」

「出そうよ。損するだけだよ」

「損なんてしてないです」

「してるじゃん。ノートとか」


 階段に設置された鏡にふたりが映る。水島は不健康な体つきで私が殴ったらボロボロに崩れそうだ。


「これ日直の仕事だよね。黒板消したり日誌を書いたり。ノートを運ぶのだってそうじゃん」

「……」

「水島の日直は一週間前に終わってるよね」

「私は強く出れないんです」


 足が止まる水島。二人で廊下の隅に立ち聞いてみることにした。


「強く出ないと後悔するよ。だって世界の主役は自分だよ。嫌なこといやって言えなくちゃ周りにも失礼だし」

「それは貴方が恵まれてるからです」


 水島に感心した。彼女の中は臆病で震えてるだけの子供じゃない。言い返せる度胸があるというか、怒りで見えてないだけだ。


「みんながあなたのように前向きになれません」


 吐き捨てるように逃げて、教員室の扉を開けた。付いていきながら私は先生にノートを渡す。そのまま授業で使う厚紙を出され、黒板に貼るよう指示された。先生は日直の仕事を水島がしてることに指摘しない。目の下にクマがある。


「失礼しました」

「ほら仕事任されてるじゃん」

「そうですね。手伝ってくれてありがとうございました」


 態度が明らかに変わって苛立ちを隠さない。どうやら私は接し方を間違ってしまった。別に仲良くなりたいわけじゃないから正しい。


「いいよ。人は助け合いだから。困った時はお互い様」


 水島は厚紙を背負い直して縦にした。


「嫌なことはいやっていいなよ。ずっと利用されるよ」

「もしかしてそれを言うために手伝ったんですか?」

「そうだよ。だって不憫だから」


 助けようとした。ただアドバイスもしたくなってしまう。人は教える欲望を抑えられない時があった。


「どうして人を見下せるんですか?」

「み、え?」


 素っ頓狂でわざと聞き返した。でも背中に冷や汗をかいている。


「私はアドバイスされたいとか、誰かに変えて欲しいと思ってません。天海ちゃんと平穏な暮らしがしたいだけです」

「わ、私は良かれと思って言ったのに」

「たしかに利用されるのはイラつきますけど。たった数年の付き合いなんですよ。学生って」

「自分がされたことに変な言い訳立ててるだけじゃん」


 何故か私は焦っていた。開いたら後悔する扉がそこにある。


「あなたは不憫ですよ。助け合いって言った友達に『私ってどう思う?』って聞いたらどうですか。それに、主役だからって迷惑かけたらダメですよ」


 彼女は荷物をひとりで持った。そして階段を上がろうと一段ふむ。


「天海ちゃんにしたこと忘れたくせに」



「私っておかしいかな」


 友達は話を傾聴してくれた。米粒は冷めきって、隣席で同時に食べだした別クラスの男子も既にいなくなっている。


「手伝ってあげたのに失礼だね」

「生意気ー」

「そ、そうだよね」


 答えをわかってて聞いてしまった。否定されるもは思っていない。なぜなら、ぬるい空気を私自身が作ったわけだから。全てわかっている。ご意見番が通用する弱い人間を周りで固めていた。それで自分を守りながら好きかって遊べばよかった。それを水島に見抜かれている。


「まあ、みんなはわかってくれると思ったよ」

「うん」


 水島。私は周りに聞かなくなってどう思われてるか分かる。裏で陰口言われていることだって。だから、昼休みや放課後以外は気まずくて時間をよくつぶしている。友情を盲信していない。

 一番遠い彼女の耳に届いている。それが教室の評価なのだろう。


「そろそろ食べようか」

「うん」


 ふと窓際に目を泳がせる。天海と水島が渡り廊下を歩いていた。手には図書館の本が抱えられている。ふたりは仲睦まじく中心を進む。


「……」


 その時、天海にしたことを思い出した。過去の過ちが頭の中で一巡する。あの数々はイジメの一線に触れてないはずだ。何かを壊したわけじゃない。でも、心を削ったのは真実だ。

 油を床に落としたようにドロっとした後悔が侵食していく。私は謝罪を求められていないし、天海は一番聞きたくないはずだ。


「ご意見番どうしたの?」


 胸に手を当ててシワを作った。わざとらしい演技で落ち着かせようとしている。

 友達は冗談だと思って薄ら笑みを浮かべていた。彼女らは天海たちの姿が見えていない。


「どうもしない」


 私が世界の主役なら謝って幸せに終わる。

 ここはそうじゃない。

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