縁磁石【死神堂のお客様】

「ニュースで見たけれど、あなたはお母さんと一緒に亡くなったらしいよね」

「そんなはずはない。私はこうして生きているじゃない」

「気づいていないの? 体が透けているよ。ニュースになっていたけれど、あなたのお母さんは無理心中を図って火事で死んだみたいね。つまり、あなたはお母さんに殺されているはずよ」

 真面目に想定外の内容を言われた魂はとても困惑していた。


「そんなはずはない。お母さんはいつも真面目に一生懸命働いている。そして、私を育ててくれているし、優しい人だよ」

「母親はきっと疲れたんだろうって、うちの家族が言っていたよ。真面目で一生懸命だと生きることに疲れる人もいるらしいの」


「私の未練はあのマスコット。そして、怨むべき相手はあなたよ」

 少し挙動不審になるが、きっと口から出まかせだろうと言い聞かせて、太く低い声で魂は呪うように言う。


「違う、あなたの怨むべき相手はお母さんじゃないの?」


 その瞬間魂は黒い闇に覆われた。その声はとても邪念に満ちていたよ。


「忘れようと思っていたことを思い出させたな!! 思い出さないようにしていたのに……。必死で怨む相手をあんたにしようと誓ってここまできたのに。思い出させないでよ!!!!」


 幽霊の体が黒く膨張した。顔は真っ黒の墨で塗ってしまったように目鼻口が見えなくなる。そして、体も真っ黒に侵食される。まるで影に食べられてしまったかのように、人の形をかろうじて残した未練の塊はその場で苦悩する。


「さて、生きている者に危害を加えるようならば、死神堂のほうで処理しないとね。本当は穏やかに成仏させたかったんだけれどね」

 岸は、縁磁石を通じて霊道を通り、現場に直行する。


「魂の本当の未練はいじめではなく、母親への怨念だったのかもしれないね。大好きな人が、生をくれた人が生を終わらせるなんて普通に考えたらありえない話かもしれないね。でも、そういうこともないわけではないんだよ」


「何を言う、死神堂め!!」

 怨念に包まれた魂は漆黒の影として大きくなる。


「このマスコット、覚えているだろう?」

 そのマスコットは魂が探していたものだった。ぼろぼろで泥だらけになったものだが、母親が気持ちを込めて作ったものらしい。岸は縁磁石の予備を使って探し当てた。


「あぁ、これは、私の大切な物ではないか」

 真っ黒な魂から涙が流れる。


「いじめは良くないね。これをきっかけにいじめをすることは辞めるんだな」

 いじめていた少女に向かって岸は塩が入った袋を渡した。


「これは……?」

「これは、死神堂特製の成仏塩だ。これを魂にかけると、消滅して成仏することができる」


 躊躇することなく、紗枝という少女はその塩を振りかけた。早く消えてほしいという願望を込めて。


 すると、ジューというフライパンで物が焼け焦げるような音がする。体の一部にかかった塩が魂の全体を侵食する。


「魂はそのまま消滅したよ。目には見えないけれど成仏したということさ」

「ありがとう、あなた死神堂って言ってたわね」

「死神堂は寿命と引き換えに怨みを晴らす場所だよ」

「じゃあ、必要な時には行ってみようと思うわ」


 その少女も命を削ってでも怨みを晴らしたい相手がいるみたいだったけれど、お店の詳しい場所までは教えなかったよ。まだ若いし、大人になってどうしても必要ならば探して店にたどりつくだろうしね。


「そうそう、この縁磁石は君にあげるよ。探し物を見つけるときはとても便利だしね。この縁磁石には既にいじめていた彼女と紗枝さんの縁が結ばれているんだ。だから、生きている君が持っているべきだね」


「いらない」


「いらないとしても、その縁磁石は永遠に君の側にいると思うよ。捨てても戻ってくるし、この先誰かをいじめたら、この縁磁石から先程の魂が出てきて……」


「出てきて、何かされるってこと?」


「この先は秘密だよ」


「こんなのいらないわ」


「君の部屋に必ず戻ってくるようになっているから。どんなに引っ越しても変装しても縁磁石には通用しないのさ。何かあったらこれを通じて死神堂に連絡もできるし、探し物もできるんだ。便利だと思うよ。一生仲良くつきあってほしいよ」


 青ざめた少女をあとにして、岸は縁磁石の霊道を通って帰宅する。その様子を見てますます紗枝という少女は驚き腰を抜かしていた。あの縁磁石で結ばれた二人の縁は一生切れないからね。


「いじめられた少女の話の結末は、呪うべき相手を無意識に変えていたというところが心に残ったよ」

 岸は雪月を見つめる。


「いじめられたとしたら、桔梗の消去の力でなくすことも今後は可能になるかもしれない。でも、いじめっ子は退治しても退治しても消えないものさ。AさんがいなくなってもBさんやCさんがいじめるということはよくある話だよ。だから、一緒に戦おう。そして、君が好きな時羽とうまくいくように、いい考えがあるから。協力するよ」


「でも、私……時羽君にあっさりとフラれたよ」


「大丈夫だって。時羽は単純かつ鈍感だから、君の大切さに気付いていないだけさ。気づきのスイッチを入れるのが一番手っ取り早いと思うよ」


「岸君は、本当に桔梗ちゃんが好じゃないの?」


「……どうだろうねぇ。放っておけないというのが一番かなぁ……」



 

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