魂【死神堂のお客様】 

 死神堂は寿命と引き換えに怨みを晴らしたり、呪いをかける店だ。今日は、あまり知られていない死神堂の珍しいお客様のお話をしようか。岸が雪月に向かって話し始めた。あの日は、しとしと雨が降る午後だったな。


「死神堂って呪いをかけてくれるって本当?」

 中学生くらいの女の子がやってきた。元気がない暗い表情をしていたよ。少し古びた制服だったからおさがりだったのかもしれない。


「本当だよ。でも、取引きすると長生きできなくなっちゃうから、お勧めはしないよ」

「全部寿命をあげなくてもいいんでしょ?」

「内容によってもらう年数はかわるけどね。人によって所持寿命は違うからね」

「でも、色で見えるものでもないし、自覚症状はないの? 体調が悪くなるとかはないの?」

「元々健康な人の場合は、突然死ぬから意外と本人も気づかないんだよね。ある程度の残りの年数は教えられるから、よく考えてからにしなよ。なんか注文する?」

「私、貧乏だから。お金は使えないんだ。命ならばあげられるよ」

「命はお金があっても買えないから、無駄遣いはしないようにって思うけどね。お兄さんが、話くらいなら聞いてあげようか」

「私、家が貧乏でいじめに遭っているんだ。貧乏のせいなんだ」

「親は?」

「二人暮らしで、お母さんが働いているけれど、あんまり収入がないんだ。だから、制服もおさがりだし髪の毛も自分で切っているの」


 どことなく揃っていない髪の毛は自分で切っているからだろうかと思う。表情が暗いのは、お金がないからだけではなく、何か他に悩みがあるからだろう。つまりいじめという永遠の問題は死神堂では道徳的な解決はできない。


 岸は、その少女の気配がちょっと普通ではないということに気づく。少女はもうこの世の者ではないということだ。それは、生きている人間とは違うにおいと気配を纏っていて、わかる人にはわかる。そして、少女はこの世に未練があってこの場所を訪ねてきたのだろう。そういったことはよくある。ここは、魂を取り引きする場所であり、魂を引き寄せやすい霊道がある。怨念や無念が強い場合、死んですぐだと本人も生きていると思って話しかけてくることも多い。死んですぐだと見える確率も高く、ちょっと霊感の強い人だと生きている人間だと思って接することもある。そんな死にたての少女に対して岸は生きている人として扱うことにした。それは顧客ファーストの岸海星の精神らしい。


「それで、どうしたいの?」

「私の大事なものを奪われたの。お母さんが作ってくれたマスコットを泥水の中に入れられたの。それから洗って持って行ったのだけれど、結局ごみ箱に投げられて、だいぶ汚くなったの。そして、それをどこかに隠されてしまって、探せないんだ」

「大切な想い出を汚されたんだね。それを探すために君はいやがらせした相手の元に行ってみたらいいよ」


 多分死んで間もない人間ならば、普通の人間にもまだ見えているだろうと岸は踏んだ。


「何年分の命を支払えばいい?」

「君のような人からは寿命はいただけないよ」

(死んでいるのだからね)


「でも、タダで本当にいいの? 相手を呪いにかけるっていうことはできないの?」

「君が行けば、呪いがかけられるように特別してあげるよ」

(死んだ人間が現れたら普通は驚くから、呪われたと思うだろうね。だって、相手は怨まれるようなことをしているのだから……)


「お兄さん、すごい力があるんだね」

「実は、探している相手が今どこにいるか教えてくれる縁磁石えんじしゃくという石があるんだ。特別これを無料でレンタルするよ。探している相手を頭に思い描くと、自然とその場所に連れていってくれるんだ。これで失くした大切な物も探すことができるんだ」

「ありがとう。でも、私が会いに行くだけで本当に呪えるの?」

「ばっちりだよ」

(死人が来れば、呪いだと思うだろうね)


 魂になった女子は半信半疑でいじめた主犯格の紗枝という同級生の女子に会いに行ったんだ。本人は歩いているつもりだけれど、魂となった体は軽いから、簡単に相手のところへ行けるんだ。普通30分かかる場所でも1分あれば着くんじゃないかな。移動中は、魂は薄くなって見えなくなるから、すれ違った人は風が吹いたのだと思う。一瞬不思議な生暖かな空気だったり、風が頬に当たる感触を経験した事があるのではないだろうか。もしかしたら知らず知らずの間に魂と接触していることは普通にあることなんだ。


 縁磁石には映像を転送する機能があって、持ち主が今いる場所や様子が写るんだ。だから、専用のスマホで見ると、使っている人が間違った使い方をしていないのかどうかもわかる。一応貸し出した商品で何かあったら、店の責任だから、そこは責任者として見守るんだ。


 本人はあっという間に着いたことに気づいてもいなかったのは、魂になると些細なことが気にならなくなるからだろう。どうしてそんなに自分が早く到着できるのかとか、空を飛んで移動ができるのかなんて魂にはどうでもいいことみたいだね。もう生身ではないのだから、それは仕方のないことだよ。


「私のマスコット、どこへやったの?」


 いじめられたら困るという心理から控えめに少女は静かに聞いたんだ。それは、これから生きて同級生と生活していかなければいけないという警戒心からきた言葉だと思うよ。


 すると、いじめの主犯格の女子の顔色がさあっと青くなって、固まってしまったんだ。まるで幽霊になったかのように顔色が悪くなっていったよ。その子は知っていたんだろうね。少女が死んだことを。


 死人が自分の元へ来ると言うことは一般的には呪われていると思うし、来ないでほしい、消えてほしいと思う。しかし、本人は生きているつもりなので、新手の嫌がらせだとしか思わない。そして、真剣にマスコットの場所を聞いていたよ。縁磁石もあるけれど、本人の口から聞きたかったのだろうね。そして、謝ってほしかったのかもしれない。これは、生きている人間だって同じ心理だと思うんだ。謝ってほしいし、隠した場所を教えてほしいと思うだろ。


「学校の裏山に捨てた。ごめんなさい。許して」

 いつもは強気ないじめっ子は急に弱気になって謝るから、少女は少々不思議に思いながらも、もっと謝ってほしいとせがんだんだ。


「謝るよ。ごめんなさい。でも、あなたは死んだはずよ。どうしてここにいるの?」

 正直に幽霊になった相手に問い詰める。


「何を言っているの? 私は生きているし、あなたのことが憎い。お母さんが作ってくれたものを隠すなんて」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る