時羽の気持ち

 時羽は元々メッセージトークに積極的に関わることはない。しかし、グループを退会するわけでもなく既読スルーのような状態が続いた。


 初めて告白された相手があと3年も生きられない幻想堂の客であり、同級生という何とも複雑な関係の人だった。それはただ単に喜ぶべきことでもない。元々人間嫌いで否定的な思考を持つ時羽にはどうにも辛い出来事だった。


 岸が雪月を気に入っているという事実には気づいていた。岸とは初めての同性の友達であり、友情と呼べるほど自分が好かれてはいないけれど、関係を築くことができる関係だと思えた。それは時羽にとって恋愛よりもずっと重要なことだった。雪月は異性でできた初めての友達であり、恋愛関係よりも友情関係を長く続けていきたいというのが時羽の本音だった。友達という存在に憧れつつも人と距離を置いて嫌われ者だと思い込む時羽には唯一無二の存在が友達だった。


 嫌われ者だと思っていた自分が最近は友情を確信していた雪月から好きだと言われ、頭が混乱していた。簡単に抜け出せる混乱ではなかった。雪月と極力接しないということが一番だと思っていた。


 このままでは、友達を失ってしまうことになるが、それは仕方がない事実だ。最初に戻っただけ。つまり、雪月が話しかけてくる前の自分に戻っただけだと言い聞かせる。すると、最近色々自分の感情を出したせいか、クラスの男子数人が話しかけてきた。どうやら彼らは時羽と話してみたいと思っていたらしい。


 それは、時羽にとっては予想外の友達ができるきっかけだった。彼らは時羽は人嫌いで気難しいのかと思っていたらしいが、最近の雪月とのやり取りを見ていて話しやすい人なのかもしれないと思ったらしい。目つきがわるいから誤解されやすいということも笑いながら話して来る沢村という男は特に話やすそうな感じがした。時羽バリアがあって、踏み込めなかったという話もされ、知らず知らず人が踏み込めないオーラを放っていた自分に気づかされる。自分は思ったよりも男女ともに嫌われていないのかもしれないと感じた時羽はなるべくバリアを発動させないようにしないといけないと肝に銘じる。


 雪月や岸のおかげで自分を見せることができるようになっていたことを心の奥で感謝していた。他者からの評価も思っているよりもいいことにも二人のおかげで気づかされた。でも、やはり雪月に話しかけるべき人間ではないことを自覚していた。


 雪月と目が合うが、不自然に逸らす。岸とうまくいってほしいと思っているのは本当だった。そして、そこでまだ友達として接することができたら時羽にとってベストな状態だと思っていた。


 昼休み、雪月は旧図書室に行くらしく、いつも不在だ。その間、時羽は新しくできた沢村のグループの3人組と一緒にいることが多くなった。それについて岸は何も言ってこないし、そもそも別なクラスなので接点もない。


 昼休みは一人で時間を潰す必要も退屈することもなくなった。


「雪月さんとはケンカでもした?」

 沢村が二人だけのときにさりげなく聞いてきた。


「時羽君人気者だからなぁ」

「人気者?」

 思ってもいなかったセリフに胸がドキドキする。


「男女ともに印象は悪くないし、近づきたいと思っている生徒ナンバーワンなんだよ。チャンスをうかがって俺なんかはこうやって友達になったわけだけどね」

「友達になってくれたのか?」

 時羽はあからさまにうれしそうな顔をした。自然と頬が緩む。岸と雪月の二人との友情が消えてしまいそうな時羽にとっては渡りに船のうれしいセリフだ。


「何言ってるんだよ。友達だろ? っていうか時羽って友達いらないというタイプかと思ったけれど、結構嬉しそうな顔するから意外と友達欲しい人?」 

 からかいながら岸のような優し気な目をする沢村。


 放課後は図書委員の仕事で雪月に会うので、今日は緊張気味だ。ずっと無言でいるべきだろうか。案外話しかけてくるだろうか。きっと嫌われてしまったに違いない。


「時羽」

 図書委員の仕事の前に岸が話しかけてきた。


「何?」 

 岸に話しかけられたのは予想外のことで時羽は少しうれしい気持ちだった。あのまま、気まずいままずっと話すことがなかったら……という後ろめたさがあった。


「風花ちゃんに告白した」

「うん」

 うんとしか返事ができない。


「前向きに検討してほしいと言ったら、うなずいてくれた。時羽、うらやましすぎるぞ。あんなにかわいい人に好きだって言われてさ。僕なんて、フラれたけれど粘ってるだけ、みたいな感じだし」

「お前に任せておけば安心だよ」

「風花ちゃんに未練はないのか? 本当に付き合っちゃっても時羽はいいのか?」

「当たり前だろ。俺は友達は欲しいけれど、恋人が欲しいわけじゃないし。俺のせいであんな目にあわせたのは申し訳なかったと思う。俺は岸に比べたら全然気が利かないし、役立たずだ」


「そうかもな。じゃあ、遠慮なく口説くぞ」

「どうぞ」

 時羽には恋愛というものが理解できなかった。時羽は人に対して恋愛感情を感じたことは1度たりともなく、必要性も感じていなかったというのが正直なところだ。それよりも、話すことができる友達がいるということのほうが、毎日が充実しているような気がしていた。


 必要のないものに何をそんなに躍起になっているのか同世代の思考が全く理解できないのが時羽の幼稚性なのかもしれない。たしかに必要がないかもしれないが、恋愛は心がときめく大事な栄養素だ。


 図書室に行くと雪月がカウンター席に座って事務処理をしていた。気まずい。何か話しかけるべきだろうか。色々思案する。


「時羽君。あなたの考えは痛いほど映像で見えるから、何も言わなくていいよ」

「また人の頭の中を盗み見たのか?」

 焦る時羽。


「まあね」

 いたずらな笑顔の雪月はいつもどおり明るく、話しやすい雰囲気だ。


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