君になら

翌朝、やはりあの<鍋>を口にしてそれから帰り支度を整えて立ったイティラの前にキトゥハは膝を着いて視線を合わせ、微笑みながら言った。


「こいつは、ウルイは、見てのとおりナリばかりでかくてその実、いまだに性根も据わってない頼りない小僧だが、だからこそイティラに頼みたい」


するとイティラは、ハッとした様子で彼を真っ直ぐに見詰める。


そんな彼女に、キトゥハは、一層、嬉しそうに微笑んだ。


「いい目だ。君にならこいつを任せられる。


イティラ……君がこいつを幸せにしてやってくれ……」


そのキトゥハの言葉に、イティラはキュッと唇を引き締め、


「…うん……」


と、力強く頷いたのだった。




イティラに対して、


『君がこいつを幸せにしてやってくれ』


と言うのは普通ではないかもしれないけれど、そもそも二人の境遇は<普通>ではないのだから、世間一般のそれを当てはめることが間違っているのだろう。


加えて、キトゥハはこの時すでに見抜いていたのだと思われる。


イティラがウルイに対して向ける視線の意味を。表情の意味を。


彼女は幼いけれど、もうすでに、自分の生き方を見付けている者の目をしていた。


自身の<想い>に真っ直ぐに突き進もうとしている者の目だった。


ならば、野暮なことは言うまい。


未熟ゆえに躓くこともあるかもしれないが、それ自体が生きる上で付きまとうことだ。躓くことをただ恐れて何もしないのも生き方かもしれないにせよ、躓くことを恐れずに目指す先を求めるのも生き方の一つだ。


どちらを選ぶかは、当人の問題。余人が指図するのは<驕り>というものだろう。


ただ、躓いた時に寄り添い支えればそれでいい。


そのことで折れてしまい立ち上がれなくなったとしても、それもまた本人の生き様だ。


キトゥハ自身、自らの命がある限り、この二人を見守りたいと心に誓い、送り出した。




帰り道、イティラはとても力強く歩いた。彼女の中で何かが燃えているかのように生気に溢れていた。


決して来た時と比べても変わっていないはずなのに、なぜか大きく見えさえした。


そんな彼女の胸の内では、


『君がこいつを幸せにしてやってくれ』


というキトゥハの言葉が何度もぐるぐると回っていたようだ。


それが、幼い彼女に明確なビジョンを与えたらしい。


だからこの日を境に、彼女ははっきりと、自分の意思で、自分の力で、ウルイとの暮らしを作り上げようと動き出した。




「ウルイ! 私があなたを幸せにしてあげるね…!」




それが口癖になった彼女に、彼はただ苦笑いを浮かべるしかできないのであった。


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