寝顔

キトゥハの<お説教>を聞いているうちにすっかりと夜も更け、雨音もいつしか収まっていた。


雨が上がった後の森の匂いが、どこからともなく家の中にまで染み込んでくる。


「少々、長くなってしまったな……


私も、久しぶりにお前に会えて話が弾んでしまった」


そう言って微笑んだキトゥハの貌は、どこか子供っぽささえあった。人生の終盤に差し掛かっているにも拘らず、悲壮感はまるでない。


当然か。彼にとってはとても満たされた人生だったから。


妻を亡くし、男手一人で五人の子供を育て上げ、さらに人間の子供の面倒まで見たのだ。


まあ、ウルイの場合は、ほんの数ヶ月だったが。


自分の力だけで生きていける自信がついたのか、ある時、一言もなく勝手にいなくなっていた。


当時のウルイは、まだ、キトゥハのことを信じ切れていなかったがゆえに。


けれど、一人で暮らすようになってから彼のことを思い返すごとに、彼の言葉の一つ一つを、彼の振る舞いの一つ一つを、何度も何度も思い返して噛み締めるごとに、ウルイの中に血肉として染み付いていったのだろう。


そしてキトゥハがいかに自分を敬ってくれていたかを、『バカな子供』と侮ることなく受け止めてくれていたかを、時間を経たからこそ思い知った。


彼の血の繋がった両親や親族や周囲の大人達が教えてくれなかった、


『相手を敬う』


ということがどういうことかを知ることになった。


キトゥハが自らの振る舞いで示してくれていたのだ。言葉ではなく、自らの態度で。


だからウルイも、自然とイティラのことを敬えた。


『どうすればいい?』


などと悩まなくても。


ただ、そこから先が不安だったのだ。幸せにしてやれる自信がなくて。


けれど、キトゥハが気付かせてくれた。ウルイ自身も本当は気付いていたのに、敢えて見て見ぬフリをしていた事実を。


『イティラは、俺と一緒にいたいのか……』


という事実を。


それに気付けて、キトゥハが気付かせてくれて、ウルイもホッとしていた。


イティラと並んで、まるで子供のような寝顔で休む。


『まったく…世話が焼ける奴だ……』


まだまだ頼りないところもあるウルイに苦笑いを浮かべるものの、同時に、


『だが、大きくなったな…ウルイ……』


とも実感していた。




こうして、たった一晩のことではあったが、ウルイは大きなものを得た。


しかし、たった一晩で済んだのは、そこに至るまでの大変な時間の積み重ねがあってのことである。


それらの積み重ねの上に語られたものだったからこそだ。


これがもし、知り合ったばかりの者に言われていたとしたら、果たして素直に聞けただろうか?


ましてや、嫌っている相手、憎んでる相手になど。


『私はちゃんと、お前の親代わりになれていたのだな……』


話を聞いてもらうには、話を聞いてもらえるだけの背景が必要なのだと、他でもないキトゥハ自身が改めて噛み締めていたのだった。


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