イティラの<想い>
正直、春になる以前には、イティラの<想い>は彼女の深いところに根差していたのだと思われる。
実の両親や兄姉に生まれてきたことそのものを否定され、一度は生を諦めた彼女をただ<他者>として認めてくれたウルイ。
自分が生まれてきたことをただただ受け止めてくれた存在。
だから今度は自分の番だと思った。
キトゥハが言うように、逞しく優れた狩人のはずなのにどこか危うげで頼りなさもある<彼>を、自分が支えるのだ。
さすがに最初のうちはそこまで明確な思考ではなかったものの、何度も季節が巡り、小さかった体が大きくなるにつれ、彼女の<根幹>を成すようになっていったのである。
「ウルイ! 遅いよ!」
数年の歳月が流れ、そしてまた<命の匂い>が濃密に満ちている新緑に包まれた森の中を、<一匹の美しい獣>が駆け抜けていた。
鼠色でありながら艶やかな体毛。それでいて虎を思わせるしっかりとした模様が彩るその体は、シルエットこそ人間に近いそれでありながら、そこから受ける印象は狼のようであり、また、大型の猫科の獣を連想させるしなやかな色香を放ってもいる。
成長したイティラだった。
歳は十二~三と思われるが、はっきりした年齢は分からない。けれど、そんなことは些末な問題だった。
彼女はイティラ。
人間の狩人<ウルイ>を支える者。
それ以上でもそれ以下でもない。
成長した彼女は、獣人としての身体能力を発揮し始めていた。足場の悪い森の中を、滑るように飛ぶように危なげなく奔る。正直、ただの人間であるウルイではまったく追い付けなかった。
けれど、彼女が獲物をウルイの矢が確実に届く場所へと誘導してくれて、それで彼が射止める。
その連携が完全に出来上がっていた。それはまるで、
<二つの体を持つ一つの獣>
のようでさえあった。
けれど、二人は決して横暴には振る舞わなかった。あくまでこの森に棲む獣の一匹として振る舞い、自分達が生きるのに必要な分だけを戴いた。
とは言え、いつだって上手くいくとは限らない。
この時も、二人はある獲物を狙いつつこれまでに二度、失敗していたのだ。
それは、<鹿>だ。
もっとも、もはや<鹿>と言っていいのかどうかも怪しい、
<怪物のような鹿>
だが。
明らかに他の鹿より二回りは大きな傷だらけの巨躯。先端が槍の切っ先のように尖った角。
そして、どんな相手も恐れず襲い掛かる凶暴性。
ウルイが知るだけでも、すでに二度、狼の群れの襲撃を退け、三頭の狼を惨殺している。
まさに規格外の存在。
しかもそいつは、ウルイとイティラのことも<敵>と見做し、姿を見せれば襲い掛かってさえくる。
さすがに手強過ぎるとして、ウルイの方からは狙わないのに、だ。
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