第2話 冒険しないセカンドライフ


 チャーハンを食べ終わり、さてこの空いた食器はどうしたものかと悩んだのは一瞬で、パッと手品みたいに目の前から無くなった。

 洗い物しなくていいとか、なんたる贅沢。

 お腹は膨れたし、トイレは心配だけど味覚も変わらずある事は分かった。ただやっぱりこの世界にいる理由がわからないままだし、ゲームと同じようにストーリーを進めないといけないのか、何かをさせる目的で呼ばれたのか、とかが気になる。あとトイレどうしたらいいのかも。大事だから二回言った。


(サポセンなんて…通じないよね…)


 ゲーム中に不具合や不正行為等にあった場合、ゲーム中でもサポートセンターに問い合わせが可能だ。メールでの問い合わせなので即返事がもらえるわけではないが、そもそも今この状態で使えるのかどうかを考えると、望みは果てしなく薄い。繋がったとして、気付いたらゲームの中にいたんです、なんて、頭がおかしい認定しか貰えないだろう。

 何かいい質問は無いだろうかと頭を捻りつつステータス画面を開く。


(困った時は…って、今まさに困ってるんですけど)


 投げやりな気持ちで表示された問い合わせの項目に指を伸ばす。


『ドウシマシタ?何カオ困リデショウカ?』

「!!!」


 どことなく作られたような機械音声っぽいが、明らかにリアルの『それ』とは異なる反応に驚く。


『ゴ質問デショウカ?』


 知りたい事は山ほどある。

 だがしかし。

 なんでそんなイケボなん…。

 その声、声優のあの人じゃんか。

 最初に浮かんだその質問を頭を振り払いなんとか打ち消して、最も大事な質問をした。


「あの…トイレはどうしたらいいの?」


 いやね?

 そりゃ色々聞きたい事はあるよ?

 なんでこんな世界にいるのかとか、ここで死んだらどうなるのかとか、誰の目的なのかとか、時間はどうなってるのかとか、そりゃあ沢山あるよ?

 ただ、生きることを考えたらの優先順位がね?色々あるじゃない?ね?

 自分に言い訳してる自分が情けなかった。


『トイレハ勿論アリマスガ、コチラノ世界ノ物ガ気ニナルヨウデシタラ、画面ノ【その他】ノ項目ニ触レテ下サイ』

「え、この世界にトイレあるの?!」

『ハイ』

「でもそれらしいグラフィックなんて無かったような気がする」

『向コウカラノアクセスニハ制限ガカケラレテオリマスノデ。コチラ側カラデアレバ、全テ見ル事モ使用スル事モ可能デス』


 まぁあれか。

 ゲームに関係ないとこを念入りに作っても容量が、ってとこか。本当ならあるべきものが見えていない、って事になるのかな。

 って事は女性特有のアノ日も対処可能って事か。それは本気でありがたい。

 いや、気になってたよ、異世界転生の話は数あれど、そういうデリケートなネタに触れてる人いないじゃん?男性作者にはわからんかもだけど、女性ですら触れてないよなー。普通まずそういう事考えないのかね。いやそれも今の話と同じで、実は裏設定としてそういうのもあるのだけど容量の関係で省かれていたのかもしれない。顔のいい男とイチャイチャしたり、陰謀を食い止めるより引っ掻き回す方が多いドタバタ劇、とか思っていたが、裏では色々と苦労してるのかもしれない。ごめんなさい少女達。

 脳内が脱線したが、とりあえずトイレがある事はわかった。が、この中村◯一みたいなイケボはここの世界のが気になるなら、と言った。代替え案?があるということか。


「ステータスウイン…あの。このステータス画面を開く呪文みたいの、何とかならない…ですかね…」


 仕方ないとはいえ、やっぱり恥ずかしい。

 出来れば無言にしたいが、考えるたびに画面が出るのはちょっと面倒そう。


『可能デス。重要ナノハ、貴女ガ思ウ事象ト言葉ヲ一致サセル事ニアリマス。言葉自体ニ意味ハアリマセン』

「それは、私が『この言葉を言えばステータス画面が開く』って信じる事が大事って事?」

『ハイ』


 なるほど。

 だからさっきの言葉で画面が出たのか。

 要は、私が決めた言葉なら何でもいいのだ。それなら極力恥ずかしくないのを選ぼう。だって私は厨二病ではないのだ。


「エス・オー」


 何の捻りもない、ステータスのSとオープンのOをくっつけただけ。でも、これなら日常的に使わない言葉だし、人に聞かれても恥ずかしくはないだろう。本音を言えば「開け」とかでいいんだけど、日常会話で使いそうだし、部分的にシステムに聞き取られて画面がでたりしたらややこしい。


「おー…でるじゃん」


 恥ずかしい台詞を言わないでも開かれたステータス画面。これも、便宜上ステータス画面って言ってるけど、ステータスだけではない。強さが見れるのは勿論、もちものや諸々、キャラクターに行動を起こさせる命令をそこで出すのだ。正式名称は忘れた。


「ん?」


 困った時、の文字が黄色になっている。

 指先が触れて切り替わった先には『トイレ』の文字が。嬉々として触れると視界がというか世界そのものが切り替わったかのように、揺らぎ、そして。


「へ?」


 私は上等なトイレの個室にいた。

 いやいやいやいや。

 いや有難いけどさ、どんな仕組みよ。

 掃除の行き届いたいい香りさえするトイレ。小さな洗面台もついたそのトイレは、ホテルやレストラン張りのソレのように、ゆったりした広さで高級感さえ漂っている。マウスウォッシュや生理用品まであり、なんかもうここで生活できるかのような気さえしてきた。


「ふぅ…」


 なんだか脱力しかけて便座に座る。

 暖房便座だ。助かる。ひやっとするのはびっくりするんだよー。あれ嫌よね。

 さて、こんな落ち着いた空間にきたのだから、ゆっくり考えますか。トイレは考え事をするのに適してると思うのは私だけだろうか。

 それにしても、ほんとに小さな部屋みたい。窓はないから覗かれる心配はない事に安心する。ドアも鍵付きのようだ。ドア。


「ドアあるじゃん!!」


 もしかしなくてもこれは!

 リアル世界へ繋がる扉と読むのは当然だろう。ウキウキでドアノブを握り、扉を開けた。


「   」



 目の前にはさっきまでいた部屋が広がっており、体が外に出た瞬間にトイレは掻き消えた。部屋にはまだステータス画面が開きっぱなしになっている。


『トイレ使用中ハコチラノ世界ト遮断サレル為、機能ノ一切使用出来マセン』

「それ先に言ってよ中村さん…」


 暗に「トイレで篭城はできません」と言われたようなもんだ。こんちくしょう。

 勝手に名前をつけた私にツッコむ事もないヘルプのサポセンの人に質問する。


「あの、私何でこのゲームの世界にいるんでしょう…?」

『貴女ハ抽選デ選バレマシタ』


 答えてくれるんかーい!

 しかもまさかの抽選て!!

 応募もしてないのになに勝手してくれてんの!てか誰よ抽選したの!

 中村さん(もう面倒だからそう命名する)は私の心の叫びを無視して淡々と説明を続ける。


『貴女方ノ言ウ、神ト呼バレル存在カラノ贈リ物ダソウデス』

「いや私聞いてないし?!」


 こんなとんでもない事、中村さんから説明される前に説明しに来てよ神様。ついでに私の意思も確認して欲しかったよ神様。こっちは人生かかってるんだし。あーでもゲームの主人公も死んで別の体に転生させられたんだっけ。それに近いのか。いやいや、ゲーム内の転生とリアルからの転生を一緒にはできないわ。


「私、死んじゃったってこと?」

『イイエ。生キテイマス。ココカラログアウトスレバ、コノ世界ニログインシタノト同ジ時間ニ戻レマス』


 中村さんの説明によると、私が過ごすここでの時間はリアルでも流れているが、戻る時に始点と終点のタイムラグはないらしい。元々体は別物だしね。白昼夢でもみてる感じなのか?ただ、ゲーム内で過ごした期間に応じて、リアルの同じ期間、ゲームのプレイは出来ないらしい。ゲーム内で関わった人間との接触も不可。矛盾が生じる事は強制的に弾かれるとの事。よくわからないけど。

 ほぼゲームと同じ機能が使えるという事で、万が一死んでも蘇生されるみたいで一安心だ。戦闘による痛みは感じないようにしてくれてるというサービスはありがたかったが、ゲーム画面でなく、目の前に巨大な魔物がいて勇敢に戦える気力のある人間はそう多くないと思いません?

 それに、もうハイエンドコンテンツはやらない、って決めてたんだし…せっかくこの世界に来たんだから、ゆっくりのんびり冒険しないライフを楽しんでもいいんじゃないか?

 神様もただのプレゼントとして自由にしていいから何も言わなかったんだし。


「よーし、ニートライフ楽しんじゃおう!」


 飽きるまで楽しもう。

 私の第二の冒険は、全く冒険者らしくない目的をもって始まった。

 

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ドラゴンさん、さようなら。 藤春 @harunisaku

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