ドラゴンさん、さようなら。

藤春

第1話 母の味は星1の味。

 思うように指が動かなくなった。

 眠気に勝てなくて集中力は欠け、鈍くなる判断力。

 私のいない所で勝利するフレンド達。

 私だけが勝てない強敵。


 もう少し。

 そう思いながら優しさに甘えてしまっていた。

 きっかけは何だったのか、ぷつりと切れた糸のように私はほぼ欠かさずインしていたゲームを辞め、それ関連での交流をしていたTwitterも目にするのを辞め。

 そうして日常を、あるべき正しい日常に戻るはずだった。はず、だったのだが。


 だが、目を開けると、そこは異世界だった。






「いやいやいやいや、ないわ。そんな展開今更二番煎じどころか、あふれかえってて新鮮味に欠ける!没だ没!」


 目の前に広がる光景に乾いた笑しかでてこない。

 小さな家と光る作物が実る小さな畑。光っているのは収穫可能である合図のようなもので、あの日サブキャラの家の前でログアウトした私がいた、その場所だった。

 『ドラゴンクエスト』

 そのタイトルのRPGゲームは、シリーズ化されているほどの人気を誇る、誰もがそのタイトルを聞いたことのある程有名なゲームだ。

 さほど難しくない操作のため、幅広い年齢層から支持されているゲームで、シリーズ初となるオンライン化に当時賛否両論だった『ドラゴンクエストX』----シリーズ10作目のその世界に、どういう訳か私がいた。


 35歳独身一人暮らし彼氏なし。

 よし、ここまでの記憶は問題ない。

 いや、ちょっとしょっぱい現実なのは承知だが、この際それは置いとこう。問題なのは何故私がこんなとこにいるか、という事だ。

 一応ベタだが頬をつねってみる。

 痛い。

 痛覚はあった。

 夢ではないらしいが、よくある異世界転生のような、事故にあったりブラック企業に疲れてたり、女神様とか神様が頼み込んできたりで『貴女は死んだのです』とか、そういうのが一切ない訳で。状況判断しようにも謎ばかりで情報がなさ過ぎる。こっちは一般人だ。秘密道具もなければ有名な祖父もいやしないのだから、事件解決とはいかない。


(普通に寝たはず…だよね…?)


 これといった持病もないし、働きすぎでもない。むしろゲームをしなくなって睡眠時間が増えて健康的になったくらいだ。

 寝ている間に爆発事故にでも巻き込まれて死んだのだろうか。


(それとも突然眠り続ける病気に…って違うか。痛覚あったんだそういえば)


 何だかわからないがゲームの世界に居る。

 痛覚があるので夢では無いと思う。

 わかっているのはそれだけ。

 整理する情報の少なさに頭を抱えたくなるが、自分の知る世界であると分かっているだけラッキーなのだ。

 ふ、と思う。

 そういえばここがゲームの世界だとすぐわかったのは、家の前の看板にサブキャラの名前があり、畑の位置とか諸々が設定と丸々一致していたからだった。

 では、と、意識して自分を見てみる。

 グラフィックとは違い、しっかり指先は分かれており、現実と変わらず使えそうだ。メインキャラだと分かったのは特徴的な肌の色と見える範囲ではあるが、自分がコーディネ

ートした衣装のおかげだ。

 鏡がないのでわからないが、それなりに見栄え良く作ってあるので良かったと思う。公式での設定はないが、歳は恐らく十六から二十歳といったところか。性別は一致しているものの、中身は2倍近く差があるが、よくある異世界モノは赤ちゃんに転生したりしているのだから、自分も許される…はず。

 ネカマ(ネナベ)プレイも年齢詐称しての姫プレイもする事なく真っ当に(?)ゲームをしてきたのだ。こんな状況ならかわいこぶって誰かに頼ってもいいんじゃないだろうか。だって外見若いし。詐欺にならないじゃん。うん。ご飯くらい奢ってもらっても---と考えたところではた、と気付く。


(ちょっとまって…この世界…トイレなくない?え?外で用足すの?!は?無理無理!)


 いくら中身35歳でもそれは無理。

 恥ずかしいものは恥ずかしい。

 だが、ゲームでトイレらしきものを見た記憶もないし(別のオフラインのならあったような気もする)、そんな家具はなかった。

 これは最大級のピンチである。

 慌てて目の前の家に入り、一縷の望みをかけて無人の部屋で己の身体を触って確認した。その辺りは恥ずかしいとか言ってられない。


(普通にあったかいし、肉も柔らかいし、出るものは出てつくものはついてるし…)


 一通り身体を確認する。特に現実世界と変わりないようだ。いや、変わりなさすぎて困惑する。いらないんじゃないかと思うものもしっかりついているのだ。何に使うんだ、とあえてツッコミはしない。


「トイレどうすんの…」


 犬猫のように外でしろというのか。しかしこの世界にはトイレットペーパーなんてものはない。葉っぱを使えというのか。かぶれたらどうすんだ!と心で叫ぶ。

 この世界の紙事情はどうだったかな、と泣きそうな気持ちになったが、この件は後回しにすることにする。いっそ忘れて全力でなかったことにしたい。

 もう一度頬をつねってみた。

 痛い。

 はぁ。

 そうだ、飲食はどうなっているんだろう。

 ゲーム中では作った料理を食べたりできるし、グラフィック上だがテーブルの上にご馳走が並んでたり飲み物もあったはず。

 当然、荷物が入れてあるような鞄なんて持っていなかったが、ゲーム中ではステータスを開く感じで持ち物から指定して使用していたはず。よくある『マジックバック』と言われるやつに該当するのだろうか?

 ゲーム中はボタン操作だったが、生憎ここにコントローラーはない。であれば。


「ステータス…ウインドゥ…?」


 躊躇いがちに小声で言う。

 そりゃ恥ずかしいでしょ。

 いい歳してんですよ、こっちは。

 厨二病とかのセリフ使ったりしてないし。

 

「わっ!?」


 突然空中に黒い画面が現れた。

 そこには見慣れた白い文字があって。羅列されている順番もゲームと同じでほっとする。

 

(112か…あの日のままだ)


 レベルは『カンスト』と呼ばれる、現在最高レベルを示していた。これは職毎に経験値を得なければならないので、他の職にはまだ『カンスト』してないものもある。

 私はヒーラーを好んで使う為、必然とヒーラー系の職からカンストしていて、最終ログアウト時は僧侶だったので今は僧侶の職でステータスが表示されていた。

 カーソルを動かすことはできないので、見たかった『もちもの』の文字に触れてみる。触れた指先から更に画面が広がった。そこにはログアウトした日と変わらない荷物が表示されていて、ページを更新しつつ、内容を確認していく。


(あ、これがいいかな)


 お母さんのチャーハン。

 ゲームには戦士や僧侶等の戦闘用の職業とは別に、ミニゲーム的な要素の『職人』というものがある。武器や防具を作る生産系のものや、作ったものに出来に応じた効果をつける錬金系、そんな職人さんたちの使う道具を作る鍛治職人、そして私の所属する『調理ギルド』の調理職人なんかがいる。


(星1だけど、まぁそれなりに食べられるでしょ)


 ちなみに出来上がりによって効果も名前も変わり、星3の最高ランクは究極のチャーハン、星2が有名店のチャーハン、星1がお母さんのチャーハンで、星なしが素人のチャーハン。勿論失敗もあって、失敗すると使用素材は全て無くなる。作った料理は未使用であればバザーで売るなどしてお金を稼げるが、物によっては星3以外利益が出ないなど、ゲームであっても世知辛い世の中である。

 今手元にあるのは自分で作った大したお金にならないモノ--失敗作--だ。

 表示されたチャーハンの文字に触れると、湯気のあがる出来立てのチャーハンが空中に現れ、『使用しますか?』の文字が表示された。両手でお皿を持つと、ずしりとした質量を感じると共に、ステータス画面が消える。

 いただきます、と小さく呟き、スプーンを口に運ぶ。


(ん…まぁまぁ美味しいじゃない?)

 

 売るとなるとはっきり言って赤字もいいとこなのだが、こうして食べる分には全く問題がない。お母さんを馬鹿にしちゃいけない。流石である。まぁ作ったのは私であってお母さんではないが。

 とりあえず、食べたものがどこへ行くか考えないことにして、テーブルもベッドもない殺風景な部屋でぼんやりと味わった。

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