婚約破棄ですか?そもそも聖女様は結婚できるのでしょうか

金色の麦畑

第1話◇婚約破棄ですか?そもそも聖女様は結婚できるのかしら

「ナターシャ・タルタロッサ公爵令嬢!お前との婚約を破棄する!」


 はい、婚約破棄宣告いただきました。


 ここはカラティエ王国の首都の中心に建てられたトランタニア聖教会の大聖堂。

 丸天井クーポラに描かれた神々の物語が大聖堂内に集まっている貴族達を見下ろし、高い位置にある窓のステンドグラスを通した光が祭壇を照らし、厳かな空間を色づけている。

 今日は、5年前の神託で聖女に選ばれ、いくつもの修行を終えたユリナ・トランタニア様が、正式に聖女となる神聖な儀式が執り行われることになっている。


 そう、神聖な儀式のために高位貴族から下位貴族まで、カラティエ国内のほぼ全ての貴族が、神が聖女に祝福を与える光を共に浴びようと集まっている。

 辺境伯達は国境防衛のため領地を不在に出来ず、全員参加とはならない。

 祝福の光を浴びることで治める領地にも神々の恩恵を得られるため、参加出来ない貴族の領地には後日、聖女が祝福巡礼に向かう。


 今日はそんな大切な日なのです。


 私、ドロニテ・タルタロッサ公爵の長女ナターシャ・タルタロッサは、カラティエ王国の王太子ロナウド・カラティエ殿下の婚約者に選ばれた10歳から王妃教育に勤しんで参りました。

 えぇ、本当に大変でした。

 この6年間、タルタロッサ公爵の王都別邸と王宮とを王宮からの迎えの馬車で往復するだけの毎日。

 あ、年に一日だけ特別な日がありましたけれど。

 学園になどに通うことなく、王宮付きの教師陣からありとあらゆる学問、マナー、護身術などを学ばせていただきました。

 マナー教育の一環、王妃様主宰のお茶会で、マラッジョ侯爵家のアステリア・マラッジョ様、ハシュテン伯爵家のミミアーナ・ハシュテン様との交友関係を結ぶことが出来たことは大変な喜びでございました。


「ナターシャ嬢、お前は聖女ユリナに数々の言いがかりをつけて修行の邪魔をしていたと聞いている。そのような性根の悪い者が私の妃になるなどありえない!

 私はナターシャ・タルタロッサ公爵令嬢との婚約を破棄し、聖女ユリナ・トランタニアを新しい婚約者とすることを改めてここに宣言する!」


 大聖堂の大きな空間内がざわざわしております。


 祭壇の脇に立つクラウディオ・トリニウス教皇様と現在の聖女、マリナーラ・トランタニア様は額を押さえてお二人とも首を振っておられます。

 あ、マリナーラ様がふらつかれました!

 しかし、クラウディオ教皇様はお歳の割りに力がおありのようで、さっと支えられました。

 お倒れになられずに良かったです。


 ユリナ様とマリナーラ様は聖女候補になられた瞬間から家名を教会名のトランタニアに変更されておられます。


 祭壇への階段を数段上ったところでこちらに振り向いておられるロナウド殿下の隣には、純白のマントを羽織り、長い金髪を結い上げたユリナ様が同じくこちらを向いて並んでいらっしゃいます。

 その瞳はステンドグラスの光の一つを受けて赤っぽく輝いて見えますが、ユリナ様のもともとの瞳の色は琥珀色でございました。

 そのユリナ様はロナウド殿下のお言葉に顔を綻ばせて頷いておられます。


「ロナウド殿下、殿下は今、何を、おっしゃられたのかわかっておられますか?」


 私の隣についていてくださった兄ジャニウス・タルタロッサが、私を庇うように一歩前に出ると、ロナウド殿下に問われました。


「もちろんだとも。 宣言通りだ」


 兄の問いかけに貴族達は期待してロナウド殿下に視線を集中させましたが、殿下のお返事を聞くと、かすかなため息があちらこちらから聞こえてきました。


「な、なんだ? どうしたんだ?」


 かすかではあるものの、ため息の数が多ければ気づくものなので、ロナウド殿下は少し狼狽えられたようです。


「おそれながら殿下、そこなユリナは本日トランタニアの神より祝福を得た後、こちらのマリナーラより聖女の杖を引き継ぐことで、新しく聖女となる予定でございました」


 クラウディオ教皇様はマリナーラ様を支えておられたお手を離され、穏やかな口調で説明されました。

 大聖堂に集まっていて知らない者はいないであろうことを、確認するように説明されました。


「そのようなことは知っている」


 教皇様のお声に祭壇へと向き直ったロナウド殿下は胸を張っておっしゃいます。

 どうしましょうかしら。


「殿下、ユリナ・トランタニア様は聖女ではありませんが、大切な聖女候補であらせられます。

 トランタニアの神を愚弄するかのようなお言葉を、まさかこのような時と場所で発せられるとは、さすがの陛下におかれましても庇いだて出来ますまいに」


 父、ドロニテ・タルタロッサ公爵が嘆きます。


「神は偽りを厭います」


 クラウディオ・トリニウス教皇様が続きます。


「聖女は神に全てを捧げ祈ります」


 聖女マリナーラ・トランタニア様がさらに続くと両手の指を組んで祈ります。


 そして私に代わり兄が再度口を開きました。


「ロナウド殿下、まず、ナターシャがユリナ様に言いがかりをつけたり修行の邪魔をするようなことは決して出来ません。

 何故ならナターシャは殿下と婚約した翌日から今日まで王家の監視から離れたことはないからです。

 この6年間、王妃教育以外の時間はほぼ皆無と言える努力をしてきたナターシャには殿下がおっしゃったことは決して出来ません」


「な、なんだと? ユリナ、お前が話してくれたことは偽りだったのか?」


「……あ、いえ、その……」


 両肩に置いた手で揺さぶるロナウド殿下と揺さぶられたのとは別の理由で返事が出来ないユリナ様。


 あぁ、もう本当に呆れた方達ですこと。


 兄が追い討ちをかけます。


「そもそも聖女様はもちろん、聖女候補は結婚できませんよ」


「「えぇっ!!」」


 やっぱりご存知なかったのですね。


 聖女候補に選ばれ、トランタニア姓を名乗った時点で神に嫁いだことになるのですから当たり前です。


 偽りを語った聖女候補が神の祝福を得ることはありません。


 つまり今日集まった国中の貴族とその領地も祝福を得られなくなったということです。


 大聖堂の中の空気が張り詰めてまいりました。


 はぁ、仕方ないですね。


 私は兄の服の袖をついっと引いて注意を向けさせて、顔を見合せるとニコリと微笑み祭壇に向かいました。


 王妃教育の教師陣はさすがです。


 こんな時の対処方法もしっかり教えて下さいました。


 一年のうちのこの日、純潔を守りし乙女が祭壇前にひざまずき、トランタニアの神に感謝の祈りを捧げる。


 聖女候補に贈られる祝福ほどではありませんが、万が一にも聖女候補に祝福が得られない場合の身代わりも務められるよう、年に一度練習して参りましたの。


 では!



 トランタニアの神よ、いついかなるときも我らを守り導いてくださるあなた様に心からの感謝を!

 己のおろかさに気付いた王太子と聖女候補は無理でも、カラティエの国民と領土に安寧を!



 丸天井クーポラの真ん中からキラキラと金色の光が舞い降りてきました。

 金色の光は大聖堂内にいる人々の髪の毛に触れると溶け込んでいきました。


 どうなることかと不安になり憤っていた貴族達は明るい表情を見せ合っておられます。


 階段の途中に佇んで呆け顔をしたままのロナウド殿下とユリナ様とその周りには祝福がなかったようですね。


 床の輝きが違います。


 クラウディオ教皇様とマリナーラ様がそれぞれ私の手を取り、立たせて下さいました。


 大聖堂に拍手の音が大きく響きます。


 私はカーテシーをしてからゆっくり兄の隣に戻りました。

 婚約破棄されましたので、これからは王妃教育を受けなくて良いのですよね!

 神の祝福は皆様に贈られましたので全てのお役後免ですわよね!


 ロナウド殿下は近衛騎士に、ユリナ様は聖教騎士に連れられていかれました。


 大聖堂を後にする貴族の皆様が私達、タルタロッサ公爵一家に挨拶をしてくださいました。


 随分遅れて到着された様子の国王陛下と王妃様まで挨拶に来られました。


 今日は大変驚かされましたが、我が家にとっては善き日であったようです。


 トランタニアの神に感謝を!

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