第8話:お開きの時間
***
──空の裾野も赤くなり、日も暮れ始めた頃。
古戦場霊園のお茶会も、お開きの時間である。
一脚の円いティーテーブルも、猫脚を模した優美な椅子も、茶会に関わる物は、茶会が終わる度に片付けられる。古戦場霊園は、あくまでも慰霊の場。家族の死を悼み、同胞の御霊を鎮めるための空間である。
ただの広大な墓地に戻った古戦場霊園の真ん中に、少女が4人。お別れの挨拶を交わしている。
「本日も、非常に有意義な時間でしたわ」
「ぅむ。わらわも同感であるぞ。それと、プリンセストルタなるケーキ。あれは、絶品じゃった」
「喜んでいただけて何よりです。次回も、何かお茶菓子をお持ちしますね」
「毎度毎度御主の方からと言うのも、少し悪い気がするのぅ」
「ハガルさんには、また、魔界の面白いお話をたくさん御願いします」
「あい分かった。地方の伝承や、子供の童歌なんかも紹介してやろう」
「楽しみですね」
「ぅむ」
エイレーネとハガルは、互いに再会を誓う。ギュぅッと抱き合い、一時の別れを惜しむ。互いの護衛役──セミラミスとマフデトは、無言で会釈を交わす。
そして、エイレーネとセミラミスは十字架の森林を、ハガルとマフデトは墓石の隊伍を抜け、帰途につく。
ハガルとマフデトは、古戦場霊園の東門に待たせておいた獣車に乗り込む。一角鬼人族の御者が、二足歩行の巨鳥に車を引かせる。
揺れる車の中で、マフデトはスーからの精神感応を受信する。
「事件は、解決したか?」
向かいに座るハガルが問うた。
「はい。今回は死人も出ず、平和的に解決したとのことです」
「それは何よりじゃ。……報告文。楽しみに待っておるぞ?」
「……そのシステム。現場からは、偉く不評のようです」
「そりゃ、誰だって文書仕事は嫌じゃろう。単純に面倒くさいというのもあるし、時には、振り返りたくもないことを振り返る羽目になる」
ハガルは苦笑する。
「……リブラの諸君には、多大な労力を掛けておる。本当に、申し訳ない」
「いえ。滅相もございません。粉骨砕身こそ、リブラの本分でございます」
マフデトは、ピンと背筋を正す。
「……本来であれば、わらわが直々に捜査を行ないたいくらいじゃ。そうすれば、報告の手間も省けるじゃろう?」
「……ハガル様は、私を過労死させるおつもりですか?」
「御主。今し方自分が言ったことを否定しておらんか?」
「……」
マフデトは、目を逸らした。
しばらくして、ハガルは貧乏揺すりを始める。
「……のぅ。マフデト」
「はい」
「あの、エイレーネという娘。どう思う」
「……非常に、無邪気な方だと思います」
「ぅむ。わらわもそう思う。……見ていてハラハラするくらい、邪気のない娘だと思う」
ハガルは、どこか遠い目をした。
「彼奴は初対面の時、わらわにこう言った。──『魔族について、魔界について、どうか本当のことを教えてください』と」
「本当のこと。……」
マフデトは呟いた。
「そうじゃ。……人類と魔族は、あまりに長い時間を、争いのために費やしてきた。無謬なる神のため。偉大なる魔王のため。戦争を正当化し、虐殺を肯定し、浄化を正義とした。その残滓は、今のなお健在じゃ。それは、わらわたち和平派の中にも残っておる。……ぃや。むしろ、わらわたちの中にこそ、その毒が潜んでおる」
「ハガル様。それは……」
「分かっておる。必要悪。その言い訳に甘んじて、わらわたちは、主戦派の連中に首輪を付け、時に、その首を刈り取っておる。
「……それは、断じて違います」
マフデトは、ハガルを真っ直ぐに見据えた。
「私たちリブラは、如何なる差別も、如何なる改竄もしておりません。片っ端から拷問に掛け、疑わしき者をすべからく抹殺していたあの時代とは、異なります」
「つまりは、そういうことじゃ」
ハガルは、困り眉で微笑んだ。
マフデトは、首を傾げる。
「わらわたちは真実を求めておる。事実に照らし、本当にあったことを炙り出す。結果が全てであり、その遣り口や紆余曲折を問わない戦争という『狂気の時代』が葬った『真実の価値』を、わらわたちは今一度掘り返そうとしている。その一点において、エイレーネとわらわの思いは確かに通じ合った。……後のことは、時間が解決してくれる。美味な甘味を分け、温かな茶を交わし、温和な言葉を交えれば、程良い仲を築くことは容易じゃ」
「程良い仲。……ですか?」
「ぅむ。……週に一度。お茶請けがなくなるまで。無益な戦争の食い物にされた、全ての犠牲者が見守る霊園の真ん中で。……これもまた、真実ということじゃ」
ハガルは、どこか寂しげな瞳を見せる。
──エイレーネとの友愛は、仮初めのものではないか。エイレーネとの間柄は、真実の友と呼ぶにたる代物なのか。……ハガルの心には、一抹と切って捨てるには大きすぎる雑念が渦巻いている。
「……」
そんなハガルを、マフデトは黙して見守る。
「……マフデト」
「はい」
「また、……エイレーネに会えるかのぅ」
「はい。必ずや」
マフデトは、即答した。
ハガルは、小さく笑う。
「エイレーネのヤツ。次は、どんな甘味を持ってきてくれるかのう」
ハガルとマフデトを乗せた獣車は、カラカラと音を立てながら、走り続ける。
沈みゆく夕陽が照らし、煌めいたばかりの一番星が見守る道を、進み続ける。
******
北欧神話『詩のエッダ』に曰わく。
──信頼できる友人がいるのなら、よく訪ねなさい。誰も通らないと道には藪ができ、背の高い草が生い茂り、二度と行けなくなってしまうから。
茶会の裏でナイフは踊る 七海けい @kk-rabi
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