第7話:トラツグミの聲
人界と魔界を隔てる関所は、古戦場霊園を南北に挟んで二つある。
北にあるのは、ヘッジハーフェン。小規模な街に、人間側、魔族側双方の検問が設けられている。
南にあるのは、リーメスブール。同じく小さな街であるが、ヘッジハーフェンに比べ、少々山深い。ゆえに、不法出入国者はリーメスブールを使う。
人界と魔界は、それぞれ国境警備隊のような組織を有している。構成員は亜人や妖精の傭兵が主であり、人類兵士と魔族兵士が、うっかり鉢合わせをしないための配慮が為されている。
とは言え、このやり方には看過しがたい問題がある。国境警備隊の大半は傭兵。すなわち、金に汚いのである。無賃往来のベテランたちは、袖の下を用意したり、体を売ったり、あの手この手で検問をすり抜けようとする。
そこで、人界と魔界は、双方腕利きの人員を国境に配し、テロリストや密売人の往来に目を光らせている。
リーメスブールから東へ1キロ。鬱蒼とした黒い森の中に、黒髪の少女がいる。
黒の道着に、赤い帯。両手には爪付きの手甲。お尻からは、マイのように蛇尾が生えている。彼女の名前はツグミ。魔界東部の辺境育ちである。
「……ぁあ。あいつですか」
ツグミは、木の上で張り込んでいた。リーメスブールの周辺は山深いからこそ、抜け道の数も限られる。
ツグミの黒目は、暗色の外套を羽織った大柄の人物を捉えた。
「では。……──」
ツグミは、ローレライも顔負けの幻惑詠唱を奏でた。彼女の出身種族──鵺族の特技である。魔鳥にも似た鳴き声が、ツグミの周囲数十メートルに魔力の嵐を引き起こす。
「グゥウウっ!?」
外套を羽織った人物──ホブゴブリンの男は、頭を抱え、その場にうずくまる。
「そこの密航者! フードを脱いで、両手を上に上げなさい!」
ツグミは、眼下に向かって勧告した。
「コノ……。っ!」
ホブゴブリンは、飛び道具──ブーメランを放った。片面は鋭利に研ぎ澄まされており、一撃で首を刈り取る使用になっている。L字の殺人凶器は、ツグミが立つ木の枝目がけて飛んでくる。
「狙いは正確なようですね」
ツグミは、木の枝から飛び下りる。
「バカメ……!!」
両足を足場から離すという行為は、近接戦闘において隙となる。ホブゴブリンはこれを見逃さず、隠し持っていたもう一つのブーメランを放つ。クリーンヒットを確信したホブゴブリンは、頭上を見上げる。しかし、そこにツグミの姿はない。
「ドコダ……っ?」
ホブゴブリンは慌てて首を回す。激しい動きに脳が耐えかねたのか、幻惑詠唱の呪縛が再発する。彼が目眩に襲われている間に、ツグミの声が鳴り響く。
「──せいやッ!」
「グッ!!」
ホブゴブリンは後頭部を強く打たれ、地面に倒れ伏した。顔の近くには、自分が投げたブーメランが突き刺さる。
ツグミは蛇尾をターザンロープのように使い、木から木へと飛び移る。最後は、枝に尾を巻き付けて宙返りし、勢いを殺して地面に着地する。
「……まだ、やりますか?」
「イェ……」
ツグミは、耳元に手をやると同時に、植物魔法を詠唱。蔓でホブゴブリンの腕を束ねながら、スーに事後報告の精神感応を繋ぐ。
「……こちらツグミ。目標のホブゴブリンを召し捕りました」
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