第6話:真実


「ペントさんと、この男たちの関係は?」


 スーは問うた。


「……俺が徴税を請け負っている貸家の、元住民たちだ」


「その貸家の持ち主は、竜人族のリーザルという御老輩ですの?」


「そうだ。……税金を免除する代わりに、実行犯と逃走経路を融通してもらった」


「ずばり聞きますわ。ペントさんの目的は、いったい何ですの?」


「……カネだ」


 ペントは、そっぽ向いた。


「カネ目当てであれば、徴税した取り分を少し多めに着服すれば良いだけのこと。わざわざ『人間族による強盗事件』を作り上げる必要なんて、皆無ですわ」


「……」


 ペントは黙り込む。

 スーは溜息を付く。


「……貴方の弟さんは、先の大戦で亡くなられたのだとか」


「そうだッ。……」


 ペントの眉間に、深い皺が寄る。


「そのことについて、リブラから一つ。……お知らせしたいことがありますわ」


 スーは、マイの方を見た。──本当に言うんですの? と問いかける。

 マイは、──大丈夫だ! という風に、親指を立てる。


「……貴方の弟さんである、コルバ・スネイサーさんは、戦場で毒キノコを食べてしまって、食あたりで死んだのです。……ので、貴方がコルバさんの戦友から聞いたような、悲劇的な最期ではなかったという話なのです」


「……は?」


 ペントは、まばたきをした。


「嘘だと思うでしょうが、リブラのスタッフがコルバさんの幽霊に聞いたところ、コルバさん自身が、そのように証言されたのです。……ご希望であれば、リブラのスタッフが古戦場霊園まで案内しますので、直接、コルバさんの遺志と面会されるのが宜しいかと」


「……」


 スーは、もう一度マイの方を見た。──逆上したコルバに備えなさい。と促す。

 マイは、食人鬼のお腹を撫でている。


「……直接聞くまでは、信じないからな。……」


 ペントは、両手を頭の後ろに組んだ。


「俺を逮捕して、古戦場霊園に連れて行け。……真実が分かったら、大人しく罰を受ける」


「本当に、宜しいんですの?」


 スーは、驚き半分に聞いた。


「ここで言い争っても、水掛け論になるだけだ……」


「一瞬でスッポンポンにされると、大抵の犯人は冷静になって我に返るんだぞ!」


 マイは、自信たっぷりな声で言った。

 ペントは溜息をつく。


「……だいたい。コルバの奴が、軍旗を片手に討ち死にしたなんて、妙な話だと思ったんだ。あいつは、そんなに熱心なサタニストじゃなかった。……だからッ、余計に悔しかった……。弟が、弟らしくない最期を強いられた。……その恨みを、誰かにぶつけたくて、しょうがなかった。……初め、その怒りは、父親に向いた」


「親の病死が、犯行の引き金ですの?」


「……っ」


 ペントは、大粒の涙を溢した。


「……病気って言っても、俺が殴った傷が原因で、破傷風になったんだ。だから、俺が殺したようなもんなんだ!」


 ペントは、悲痛に声を荒げた。


「事情は、おおよそ把握しましたわ。……八つ当たりの相手を失った貴方は、次のサンドバッグを求めた。そして、思い詰めた果てに、人間に対する憎悪犯罪を計画した。……間接的な手段を用いたのは、自らが非力だからですの?」


「なるほど。そういう風に見えるのか」


 ペントは小声で呟いた。

 スーは、眉をひそめる。


「……それは、どういうことですの?」


「反人間感情が高まれば、そういう思想を持った連中が大勢集まってくる。昨今の時勢だ。──人類は滅ぼせ。人間族は殺せ。和平派は裏切り者だ。魔王の時代よ、再び……。そう叫ぶ者たちは、自分たちが大手を振って生きることができる街を、血眼になって探している。人間をエサにしていたそこの鬼も、似たようなものだ」


 ペントは、仰向けの食人鬼を見やった。

マイの介護が効いたのか、解毒剤の副作用なのか。食人鬼は、スーピィと寝息を立てている。


「今回の『事件』は、スケールガルドの世論を変える。徴税人をしていると、小金持ちの性格を良く知ることができるんだ。中途半端に成功した商売人や銀行家は、リスクに対して過敏なまでの反応を示す。連中は先を争って、人間狩りに精通した用心棒を雇うはずだ。そうすれば、食い詰めた人狩りや殺し屋が連鎖的に集まってくる。……そいつらを適当に斡旋して、人界に送り込めば、非力で臆病な俺でも、コルバの恨みを晴らせると思ったんだ」


「随分と遠大なプランに思えますが?」


 スーは首を傾げた。


「そうだな。……だから、急いだ」


 ペントは、スーの顔を見据えた。


「まさか……」


 スーは、両目を見開いた。


「既に一人。人界に送り出している。ホブゴブリンの退役軍人だ。盗んだカネを、一掴みさせた。最初に手柄を挙げれば、裏社会で優位に立てる。それに、呼び水も必要だ。……そう思って、人間の首をいくつか持って帰って来いと命じた」


「いつ、送り出したんですの?」


「……今朝だ」


「ったく……。余計な仕事が増えましたわ。……──ツグミ。今、良いですの?」


 スーは耳元に手をやり、精神感応を使う。

通話の相手は、スーやマイの同僚である。


(・・・はい。何ですか?)


 スーの脳内に、凜とした少女の声が響く。


「本日。関所を越えた者の中に、ホブゴブリンの男は何人いましたの?」


(・・・ホブですか? ……ホブゴブリンは、一人もいませんでしたよ)


「なら、これから通る可能性が高いですわ。ホブゴブリンの男を見かけたら、よく尋問なさい。そやつは、カネで雇われたテロリストですわ」


(・・・了解です。……これ。一応こっちの「借り」ってことになるんですか?)


「まぁ、……カスタードプディング3個くらいで手を打ってやっても良いですわ」


(・・・ぁー。じゃあ、私の手作りのプディング。楽しみ待っていてくださいね)


「なっ。ちょ、市販品に決まって……」


 スーの反論を断ち切るように、精神感応は終了した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る