第5話:突入


 ──スケールガルドの南部外郭。第四街区。


 職能ギルドの工房や、運送業の事務所が並ぶメインストリートから二本入った、仄暗い路地裏に建つ倉庫の前に、マイとスーの姿がある。

 彼女たちは倉庫の入り口付近に張り込み、建物内の音を窺っている。なにやら、男たちの声が聞こえてくる。


「……マイ。行きますわよ」

「いつでも良いぞー」


 マイは、右手に片手剣、左手に盾を兼ねた手甲を嵌めている。


「じゃ、──遠慮なくッ!」


 スーは、入り口の木戸に裏拳を放った。腕には呪詛の帯が二重らせん状に纏わり付いており、強烈な衝撃魔法が扉を吹き飛ばす。


「──何だ!?」

「──憲兵か!」


 ざわつく屋内に、マイが踏み込んだ。白刃を煌めかせ、八重歯を光らせる。


「我々はリブラだ! 武器を捨て、両手の小指を口の中に突っ込めぃ!」


 マイは、片手剣の鋒を男たちに向けた。

 両手の小指を~、というのは、武器を放棄させると同時に、詠唱を封じるための指示である。


「はんっ! 子供じゃねえか!」

「誰が大人しく従うかよぅっ!」


 ウキウキのマイを見て、男6人は手斧やナイフを構える。

 腰を低く落とす者。斜に構える者。我流のポーズを見せる者。いずれも、マイの敵ではない。


「行くぞ!」


 マイは、横薙ぎの一閃を放った。鋒の動きに沿って、男たちの足下に魔力の帯が走る。その軌跡からは氷の塊が這い上がり、男たちの腰から下を氷漬けにする。


「くそッ!」

「これでもくらえ!」


 下半身の動きを封じられた男の一人が、手斧を投じた。首狩りの鉄片が、マイの首筋に向かって飛んでいく。分厚い刃が風を切り裂く音が、マイの耳元に迫る。


「とゃっ!」


 マイは左腕の手甲で、手斧を頭上に弾き飛ばす。男たちの注目が上に向いている間、マイは片手剣を振り下ろす。垂直の波動が、手斧を投げた男に襲い掛かる。


「ヒイッ!」


 手斧男を拘束している氷塊の一部が、衝撃波で吹き飛んだ。宙を舞った手斧は、マイの左手に収まる。


「無駄な抵抗は無駄だぞ!」


「ちっ……」

「このっ!」


 男たちは、下半身を覆った氷の塊と格闘する。手元の武器を振り下ろし、氷塊をかち割ろうと試みる。ガチン。という鋭くも詰まった音と共に、堅氷の表面に白いクラックが走る。しかし、ひび割れは浅く、冷え固まった深部はびくともしない。そうこうしている間に、男たちの足は芯の底から冷えていく。


「武器を捨て、速やかに投降なさい。でないと、腰から下が腐りますわよ?」


 スーは男たちに勧告した。

 すると、半ば樹氷と化しつつある男たちの後ろから、4人の新手が現れた。


「お前らこそ、武器を収めたらどうだ?」


 新手の一人──蛇頭族の青年が、赤い蛇の目を光らせた。彼の両脇には悪魔族の男2人が、彼の背後には、人丈の倍はあろう食人鬼が控えている。食人鬼は、その大顎から犬歯と涎を覗かせ、真っ赤な舌を出したり引っ込めたりしている。


「貴方が、ペント・スネイサーですの?」


「如何にも。……お前らは、天秤屋か?」


 ペントが尋ねている間に、食人鬼が一歩前進した。


「そうだぞ。大人しくお縄に頂戴しろ!」


 マイは、スーに目配せする。──あの鬼は危ない。そう伝える。彼女は同時に、尾っぽの蛇を持ち上げる。蛇は両頬の毒腺を絞り、その舌で、マイが下段に構えた片手剣をそろりと舐める。


 ──了解しましたわ。と、スーは片手を出す。

 マイがスーに手斧を投げ渡すと同時に、食人鬼が飛び掛かってきた。鬼は巨体をものともせず、胴体をしなやかに反らしながら、両手の鉤爪を振り上げる。速筋の瞬発力を活かした、奇襲攻撃である。マイは、カッと双眸を見開くと、居合抜きの要領で、食人鬼の胸下に一撃を放った。彼女は白い髪を振り乱し、食人鬼の巨大な体ごと、剣身を頭上に持って行く。白刃に仕込まれた猛毒が、食人鬼の傷口に擦り込まれる。


「グァアア……!」


 押し戻された食人鬼は、倉庫の床に背中を打った。ズシンっ。という大揺れが、建物全体をミシギシと軋ませる。


 一方のスーは、マイの華麗なる一太刀を尻目に、彼女から受け取った手斧を転写魔法で複製する。スーの白翼は荒ぶる様に開き、舞い散る羽の一本一本が、手斧に形を変えた。その数、30本。寸分違わぬ手斧の群れは、一様に縦回転を始める。


「それでは……お痛の時間ですわ……ッ!」


 スーが放った手斧の暴風雨は、ペント一味に向かって降り注ぐ。氷が粉砕される音、服が切り刻まれる音、髪の毛が削ぎ落とされる音、武器が叩き落とされる音。

 十秒ほど経過した頃には、ペントを含めた強盗犯一味の9人は、スッポンポンの丸坊主にされていた。倉庫の中央では、仰向けにひっくり返った食人鬼が、激痛に悶えている。


「解毒剤。欲しいか?」


 マイは、瀕死の食人鬼を見下ろしながら、斜めに掛けたマジックパックの中身をまさぐる。


「ァア……」

「良いぞ」


 マイは解毒の薬液が入った小瓶を取り出し、親指で木栓を弾いて食人鬼の大口に注ぎ込む。


「大丈夫か?」

「グゥウウウ……」


 食人鬼は、安堵の表情を浮かべた。マイの顔を見つめ、そのまま腹を出しっ放しにする。服従のポーズだ。


「さて……。ペント・スネイサー! 大事な根っ子も切り落とされたくなければ、わたくしたちの質問に素直に答えなさい」


「……分かったよ」


 ペントは開き直ったように、その場にあぐらをかいた。

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