第4話:グレイブ・アーカイブ


 ──やや日も傾いできた、古戦場霊園にて。


「──でのぅ。煉獄神のヤツ、城の中にゴキブリがでたと騒いで、自らの四天王に駆除を命じたのじゃ」

「まぁ! そんなことも、あの方々の仕事だったのですか?」


「ぅむ。かの大魔王アサグ・イフリートでさえ、別荘に取り憑いた蜂の巣を何とかするために、第2形態を持ち出す始末……。魔界の幹部は、往々にしてビビリーなヤツらが多いのじゃ。魔王城やダンジョンを見れば、何となく分かるじゃろぅ?」

「確かに、防犯対策バッチリですよね。冒険者の人たちも、よく返り討ちに遭っていました」


「なかなか、住み心地と安全性を両立した住処を作るのは難しいのじゃ」

「ですね」


 エイレーネとハガルが、雑談に華を咲かせている頃。

 マフデトの耳飾りに、スーからの精神感応が届いた。


「……少し、席を離れます」

「うむ」

「構いませんよ」


 マフデトはハガルとエイレーネに一礼すると、席を立ち、墓石の隊伍に向かう。


(──スー。どうしたの?)


 マフデトは、無言で応答した。


(──マフデト。スネイサーという名字が刻まれた墓石を探してもらえますの?)


(──了解。……)


 墓石は、兵士のイニシャル順に並んでいる。マフデトは、墓石の隊列を遠望し、おおよそのアタリを付ける。


(──スー。進捗状況は?)


(──捜査線上に、ペント・スネイサーという徴税人が浮かびましたわ。この男、今は仕事をほったらかしていて、行方を眩ませておりますの。とりあえずペントの家と知人を何人か見つけて、素性を洗ってみましたわ。頭蛇族の30歳で、独身。母は早世。同じく徴税人だった父は、病気で3年前に他界。弟が一人。この弟は、10年前に人類との戦争で討ち死にしていますわ)


「そうですか。……」


 マフデトは、口で呟いた。

 スネイサーの文字列が、彼女の目に留まる。墓標には「コルバ・スネイサー」と刻まれている。


(──コルバ・スネイサーという人物の墓石を見つけました)


(──ペントの弟ですわね。じゃあ、いつもの通り御願いしますわ)


(──了解)


 彼女は墓標の前に立ち、背中の翼を広げる。


「──死人よ。我に。言霊を。聞かせ。給え」


 マフデトは詠唱に合わせ、緋色の魔法陣を展開する。魔力で構成された円環型の詞章を、墓標に重ね、染み込ませる。


(・・・……はぃ?)


 墓石から、若い男の声が聞こえてきた。この声は、双角を通じてマフデトにしか聞こえていない。


「永い眠りを妨げてしまい、申し訳ありません」


(・・・いえいえ。そんな。……せっかく女の子たちがキャッキャうふふしているのに、眠って過ごす阿呆はいませんよ)


「そうですか」


 そういう需要もあるものか……と、マフデトは思う。


(・・・……で、何か御用でしょうか)


「はい。少々お待ちください」


 マフデトは、コルバとスーの霊的な波動を調節する。


(──わたくし、魔王軍の特務機関『リブラ』の者で、混血スフィンクスのスーと申します。リブラは、戦争中で言うところの魔界保安委員会『フェンリル』に相当する組織ですわ。貴方は、コルバ・スネイサーさんですの?)


(・・・はぃ……?)


 スーは、マフデトの双角を霊媒代わりに、コルバの亡霊とコンタクトを取る。


(──貴方のお兄さんペント・スネイサーさんについて、質問があります。答えていただけますか?)


(・・・それは、構いませんが。どうしてですか?)


(──現在、ペント・スネイサーさんには、強盗の容疑が持たれています。場合によっては、国家反逆罪に問われる可能性もあります)


(・・・うちの兄が、何をしたって言うんですか!?)


(──現状では何とも。ペント・スネイサーさんは徴税人の仕事をしていますが、それは、父の仕事を引き継いで……ということですか?)


(・・・はい。長男の兄が仕事を継いで、次男は戦争に行く。……ごく当たり前の成り行きです)


(──ペントさんが自宅以外にいそうな場所に、どこか心当たりはありますの?)


(・・・さぁ……。僕が死んだ後のことはよく分かりませんが、父の仕事場は引き継いでいるかも知れません)


(──お父様の、仕事場?)


(・・・はい。父を誹謗するわけではありませんが、徴税人は、貧しい人々からの怨嗟を受けやすいので、街の所々にセーフティーハウスを設置したり、地下水路を利用した秘密の抜け道を用意したりするんですよ)


(──なるほど。具体的に、教えていただけますか?)


(・・・ぁ、はい。じゃあ、映像記憶で伝えます……)


「データの容量が大きい。……」


 マフデトは、双角が赤く火照るのを我慢する。


(──古い記憶映像ですが、おおよその場所は掴みましたわ。情報提供に深く感謝申し上げます。……ところで。コルバさんのお兄さんに、人間族を恨む動機があるとすれば、やはり貴方の死が原因でしょうか?)


(・・・そう……ですね、多分。……僕が実家にいた頃は、兄は、むしろその手の思想に頓着がなかった気がします)


(──コルバさんの最期は、……、比較的、凄惨なものであったと、ペントさんの知り合いが証言していますが)


(・・・ぇ? そんな話になっているんですか?)


(──ぁれ。……違うのですか? コルバ・スネイサーは、フローラン帝国の精鋭部隊に突撃し、軍旗を片手に討ち死にした。と、貴方の親友で獣人族のラルフさんから聞いたのですけど)


(・・・ぁあ。あいつは、話を盛る癖があるって言うか、その。……。僕は、俗に言う戦死をしたんじゃないんですよ……)


(──……と言うと?)


(・・・恥ずかしながら、軍属の娼婦に、武器やら兵糧やら、身ぐるみを盗まれてしまいまして……。食べるモノにも難儀して、その辺に生えていた赤地に白斑点のキノコを食べたら、腹を下してしまいまして。……そのまま、脱水か何かで死んだんです)


(──ぁらまぁ……。……それはまた、何と不憫な。……)


 スーの失笑が聞こえてくる。


(・・・ぇえ……。恐らく、貴女と同じように思った同僚が、勝手に、それっぽい最期をでっち上げたんだと思います)


(──なるほど。……ですが。それはそれで、困りましたわねぇ)


(・・・何がですか?)


(──一応、ペントさんはまだ誰かを殺したわけではありませんので、発見した際には、斬り捨て御免ではなく、逮捕・連行を試みる予定です。その時に、何か彼を説得できるようなエピソードがあれば……と思ったのですが。そこまで荒唐無稽な話ですと、わたくしたちの口から伝えても、信じてもらえそうにありませんわ)


(・・・お恥ずかしい限りです……)


(──こちらも手加減はしますが、場合によっては、ペントさんをそちらにお連れする可能性もありますので、絶対の保障はできませんわ)


(・・・……分かりました。そればっかりは、仕方のないことだと思います。兄が迷惑をお掛けして、本当に申し訳ありません……)


(──では、わたくしはこれにて失礼致しますわ)


 スーは、精神感応を終了した。

 マフデトは、内面世界でコルバの霊と相対する。


「……リブラへの情報提供に、感謝申し上げます」


(・・・いえいえ! ……こちらこそ、兄がとんだ粗相を)


 マフデトは緋色の魔法陣を組み替えると、終了シークエンスに移行する。


「──リブラ一同、コルバ様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。……」


 マフデトの言葉に合わせ、魔力の渦が収束した。


「……ふぅ」


 マフデトは一息つくと、頭のツノを指先で触る。


「、……っ」


 が、熱くて引っ込める。


(──マフデト。どうじゃった?)


 マフデトの第六感に、ハガルの声が響いた。


(──直に、ケリが付きそうです)


 マフデトは、コルバの墓石の前から立ち去った。

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