ママチャリとBMX 

宇佐美真里

ママチャリとBMX

「え~っ!うそでしょ~っ?!また~っ?!」

校舎裏にある駐輪場。

停めてあるママチャリの後輪タイヤは無残にも潰れていた。

「この前、直して貰ったばかりなのに……」

為す術もなくその場にしゃがみ込み、

本来の形を失ったゴムの輪っかを凝視する…。


今月で二度目だった…。

前回は自宅近所を走っていて、パンクしていることが発覚した。

ガタ…ガタ…ガタ…と一定のリズムで下から突き上げる衝撃を受けつつ、

何度も行ったことのある近所の自転車屋に何とか辿り着き、直して貰った。

果たして今日はどうだろう?

記憶では、学校のそばに自転車屋を見つけることは出来ない。

つまり、片道三十分以上の距離を…

このパンクしたママチャリを引いて歩かなければならないのだ。

「まったく、もう………」

独り悪態をついていると、後ろに気配を感じた。


振り返ると、やけに太いタイヤの…へんちくりんな形の小さな自転車と、

汚く傷だらけのスニーカー、更に膝が小さく破れた制服ズボンが見えた。

ワタシはその主を見上げた。


汚いスニーカーと破れた制服ズボンの主は、隣のクラスの男子だった。

ワタシのスグ後ろで、小さなへんちくりんな形の自転車を脇に支えながら、

カレはワタシを見下ろしていた。

話をしたことはなかったけれど、ワタシはカレをよく知っていた。


「パンクだね…」

しゃがんだまま見上げるワタシと目が合うとカレは、そう呟いた。


「うん…」


ワタシは頷く。

「ついてないねぇ~」

カレはそう言った。


「ちょっと見せて…」とワタシの隣にしゃがみ込む。

バッグパックから弁当箱ほどの箱を取り出して蓋を開けた。

中から何やら道具を取り出すカレ。

「直せるの?」

「まぁ、普通のパンクなら…」

言いながら、後輪タイヤをママチャリから手際よく剥がしていく。

剥がしたタイヤの内側からゴムチューブを、やはり手際よく引っ張り出す。

続いてバックパックに手を突っ込んで、棒の様な道具を取り出した。

棒の一端から伸びる管にタイヤのバルブを挿し込んだ。

「それ、空気入れ?」「そう…」

潰れかけたチューブに幾らか空気を注入すると、

今度はチューブに耳を近づけて、

丁寧に摘まみながらパンクの元凶を探していく。

少しずつ摘まむ場所をずらしながらカレは苦笑いで言った。

「しかし、コレは結構キテるなぁ………。

ついてるついてないの次元じゃないね…。

タイヤのチューブ…換えた方が良くない?」


「年季が入ってるから…」

指摘され恥ずかしくなったワタシは、俯きながら小さく言い訳した。

「今月二度目なんだよね…パンク」

「チューブを換えて、油を射して…チェーンも換えた方が良いかなぁ…」

ワタシの言い訳が聞こえていないのか?聞こえて無視したのか?カレは言った。


「その自転車…BMXっていうんだよね…確か?」

手入れをしていないママチャリを責められている様で居たたまれなくなり、

ワタシは話題を変えた。


「あっ!ちょっと待って!静かに…」

カレは摘まんでいた場所を変えずにもう一度指に力を込めた。

「見つけたっ!ちょっと此処を摘まんでて?ずらしちゃ駄目だよ?」

パンクの元凶をようやく見つけ、

カレは勝ち誇った様にニヤリとしながらワタシにチューブを持たせた。

ずらして元凶を見失わないようにワタシは注意深くチューブを摘まむ。

カレは道具箱から紙やすりを出すと、

ワタシからチューブを受け取り元凶の場所を紙やすりで擦った。


「BMXに興味あるの?」

擦りながらカレはワタシに振りむいて訊いた。

カレの手元から目を離すことなく…ワタシは答える。

「ないことも…ないかも………」

いや、手元から目を離さなかったのは、

なんとなくカレの目を見られなかったから…。



学校の帰り道。

土手沿いをママチャリで走りながらワタシは毎日、目にしていた…。

川に掛かる橋の下で、BMXの練習をするカレを。

毎日…。毎日…毎日…。ママチャリで土手を走りながら見掛けるカレ…。

晴れの日は、陽の光に汗を滲ませ漕ぎながら。

雨の日…、レインコートを着て漕ぎながら。

風の日には、向かい風に立ち向かうように立ち漕ぎをしながら…。

ワタシは毎日、カレの練習を目にしていたのだ…。



「土手の…橋の下で毎日、練習してるよね?」ワタシは言った。

「あ…、知ってたの?」


「うん…」


ワタシはまた頷いた。

紙やすりを掛けたところにパッチを貼り、パンクの元凶を封じるカレ。

チューブをタイヤの中に戻し、

外すとき同様にタイヤを元のように後輪にはめ込んでいく。

「土手を走りながら見えた…。飛んだり跳ねたり廻ったりするんだよね?」

カレの手元から目を離すことなく…ワタシは言った。

「うん」

タイヤに空気を入れながら、今度はカレが頷いた。


「はい、無事完了」

空気入れと道具箱をバックパックにしまいながらカレは言った。

「今度……」

言い掛けて途中で黙り込む。カレを見るワタシ。

一瞬の沈黙の後、カレは続けた。

「今度…練習、観に来る?」

今度はカレが目を合わせなかった。


「うん」


ワタシは再度頷いた。三度目の「うん」には少し力が入っていた。


「ついてないねぇ~」

カレはそう言っていた。それが一度目の「うん」だった。

でも、三度目の「うん」の後、ワタシは今こう思っている。


「いや、ついてたかも………」と。



-了-

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