ハーレムエンド?(2)

「おっす。いるかーい」


 先輩だ。3人の先客が誰もが、呆然と彼を眺めていた。


「なんっすか、その服装は。そして、どうやって僕のアパートの場所を調べたの!」


「いやあ。こないだスカートを着用した時から、ハマってしまったのよ。アパートは、ネットに乗ってたよ。ほら、ここ」


 どうやら僕が話した前の席の友人が、自身のブログに、アパートの位置情報まで載せていたらしい。あのやろう……。僕の名前で検索できるようになっていたが、こういう場合、どうやったら検索できないように出来るのだろう? そして、まさかとは思うが先輩は僕の名前を毎日、検索し続けていたのか?

 篠田さんは、目を細めながら先輩を見つめた。


「あら、野獣さんではありませんか。うちのSPたちをことごとく撃退したからって、調子に乗らないでください」


「おお、君は、いつぞやの。いやあ、君にはお礼を言いたくてね。『ごちそうさまでした』と」


 ペロリと、舌を舐めた。


「あ……ああああ、あなたは、変態ですっ。あなたのせいで、うちのSPの何人かは、新しい世界に旅立ちますといって、辞めていったのですよ!」


「おいおい。俺にそんな事を言われてもなあ。だって俺、肉食系なんだもん。とはいえ、本命は一人だけなんだけど……ねっ」


「ゾゾゾゾゾ」


 僕はするどい悪寒を感じた。


 そんな僕の隣で、モンスター娘がワナワナさせながら言った。


「ね、ねえ、ダーリンは……あの変態柔道部主将と面識あるの……?」


「先輩の事、知ってるの?」


「学校中に知れ渡ってる有名な変態でしょー」


「やあやあ。俺のことを知っているのかい? 可愛いお嬢ちゃん。君だって、有名だよ?」


「黙れ。あんたー、ダーリンと……どういう関係だ?」


「桜田君と僕の関係? ただの、尻友達だよ」


「なんっすかー。その尻友達って! わけわかんない事を言わないでくださいよ、先輩!」


「桜田君、ちなみに俺は受けでも攻めでもどちらでもいける口だぜ」


「ひぃぃぃぃぃ。激しい悪寒が僕の体を駆け巡るっ……」


 ………………。真剣に怖い。


 ふと、モンスター娘が、ニコニコ顔の先輩の元に歩み寄っていった。


「つまり、やっぱり変態ってことだね」


 そう言いながら、ポケットから素早く取り出した『メガシミール』を先輩の顔に炸裂させた。先輩は、まともにくらった。


 しかし、先輩は指を出して、左右に振るだけだ。


「効かなーい。俺には、こんなものは効かないのさ」


「涙目になってるのに、全然痛そうにしてないなんて、やるなー変態っっっ」


 そう言って、モンスター娘はポケットから今度は、僕がいつの日か没収した『スタンガン』を取り出して、先輩に押し付けた。おそらく、新しく購入したのだろう。


 先輩の身体がビリビリビリとした。顔が歪んだ。しかし、この顔の歪みは、苦痛による痛みではなく、もっと違うタイプの……。


「おっおっ。き、きき、きもっちいいい。いいいいいいいいいいいいい」


「くっ。そんな馬鹿なっ! 『強』にしているのに、効いてなーーい」


 モンスター娘は、スタンガンが効かないと悟るや、顔を青ざめさせて、後ずさった。その時、ドアが再び開き、今度は大家さんがやってきた。


「あらあら。みんな、桜田くんのお友達かしら?」


「大家さんっ!」


「うお、美人な方ですね」


 と、先輩。大家さんはニッコリと笑った。


「あら? あら? ありがとうね。それにしても、あなたの髪、逆立っているようだけど……アイタ!」


 大家さんが、先輩の髪に触れようとしたところ、電流がビリっと流れたようだ。僕は大家さんに注意した。


「今、先輩の体には電気が溜まっているので、触ると、危ないっすよ」


「そ、そうなのね」


「ところで、どうかしたのですか? 大家さん?」


「ううん? ほら、騒がしかったから、お友達が来ているのかなと思って、挨拶をしにきたのよ。桜田くーん、当たり前じゃない」


 おそらく、大家さんは、新妻として挨拶をしに来たつもりであるのだろうが、他の皆は、大家として、住民の友だちに挨拶をしに来た律儀な人だと映っているのだろう。


 ………………。


 ふと、篠田さんが、目を細めながら大家さんに言った。


「ところで大家さん。何やら服に赤いシミがついているみたいですが。もしかして、血ですか?」


「ああ。これね、さっき元夫のお手伝いで、捕えた男の……」


「わーわーわーわあああああ」


 僕は自分が住んでいるアパートの大家さんがヤーさんであること、そして、僕以外のアパートの住人が全員ヤーさんである事を、皆に知られたくなかった。なので、大家さんの声が聞こえないよう大声をあげるも、大家さんは話を続けた。


「腎臓を半分だけ摘出していたのよ。借金のカタとしてね。私、これでも小学校の頃に理科の授業で、カエルを使った手術をした事があったのよ。そういう経験を、大人になった今、生かしているだなんて、全く何が役に立つのか分からない世の中よねー」


「あ、あはははは。冗談が面白いですね……。大家さんは本当に冗談がお好きなんだからー」


 僕は汗をかきながら、フォローした。


「みんな、借金はしてもいいけど、決してトンだりしちゃダメよ。どこまで逃げても、必ず追い詰めて、捕まえられちゃうから。ちなみに今回の人は、小さな離島で発見したわ。無人島生活をしていたみたい。絶対に見つからないと思っていたところが、なんともオマヌケで面白かったわ」


「大家さん、さすがですね。今日は一段とキレがある。ジョークの天才だ」


 わっはっはは、とみんなが盛り上がるが、僕は知っている。大家さんが言った事は、全てジョークでもなんでもない、大家さんの単なる日常である事を。


「あ、あはっはははははは」


 僕も、愉快(そう)に笑った。


 そんな笑い声の中、再びドアが開いた。そして、ゴリラ顔の女――カリスマが現われた。


「こんばんわ。アパート暮らしをしていると聞いて、粗品を持ってきたわ……あら?」


 カリスマは、みんなに気付くと、会釈した。


「大勢いらっしゃるのね。みなさんお綺麗な方ばかり。でも、お肌のお手入れがまだまだね。手を入れる余地がたくさん残されているわ。もっと、頑張れば私くらいのランクに近づけるから、頑張ってっ。ファイトよ」


「………………」


 一同が、呆然として彼女を見つめた。その表情を見る限り、何言ってるんだ、この可哀相なゴリラは……という顔だ。


 ただ先輩だけは、ウキウキしながら、カリスマに返事をした。


「本当かい? 俺もお手入れをしたら、君と同程度のランクになれるのかい?」


「なれるわよ。もう、世紀末じゃないのかと疑っちゃうくらいにハードにモテモテよ!」


「うっおおおおおー。是非聞かせてくれ! そして、君と同じぐらいのランクになりたいっ! 『先生』と呼ばせてくださいっ」


「グッジョブ! そして、オーケー! 全てはその意志からスタートするの。ワンダフォーになるための道は困難よ」


「おう。俺はやり遂げますっ!」


 相変わらず、カリスマは異性からは絶大な評価を受けている。フェロモンゆえに……その効き目は先輩も例外ではなさそうだ。


 この様子を僕と同じように不思議そうに眺めていた篠田さんが、口を開いた。


「初対面の方に、まことに言いにくいのですが……何をおっしゃっているのでしょう?」


「そうだそうだ。動物園はここじゃないぞー。ゴリラー」


 モンスター娘も続いた。しかしカリスマはそんなモンスター娘に近寄り、頬を両手で掴んだ。


「あなた、とても良い素材なのに、残念ね。睡眠時間、今より1時間ほど増やしなさい」


「は、はああ? なに言ってるの? や、やめろー。私から手を離せっー」


 カリスマは、モンスター娘の頬をぐりぐりと圧迫した。


「あらあら、やっぱり駄目ね。肌のお手入れが、行き届いてないわ。化粧水、使ってる? コラーゲン、摂ってる? あなたはもっともっと魅力的になれるわ。私のように」


「な、なんだよー。このゴリラ、気味が悪いよー。そして、コワーイ」


 モンスター娘は本当に気味が悪そうに、僕の後ろに避難してきた。どうやら、モンスター娘も、カリスマを相手にすると、調子が狂うらしい。


「そうそう。お引越しされたと聞きまして、お祝いの粗品を持ってきたの。ちょっと遅くなったけど、これをどうぞ」


 カリスマが僕に手渡してきたのは、10枚ほどの写真だった。


 その写真は全て、カリスマのポロライド写真だ。


「………………」


「疲れた時のカンフル剤になればいいと思って、さっき生写真を撮ったの。どれも撮りたてほやほやの、生よー」


 い、いらねえええええ。


「はーい、ありがとう」


 僕の代わりにそう言って、モンスター娘が手にしていた写真を奪い取ると、部屋にあるガスレンジを使い、ボッと燃やした。写真はすぐに灰になった。


 ………………。


 カリスマの顔が、徐々に赤らんでいく。そして……怒り心頭な様子でモンスター娘に怒鳴った。


「何するの! 嫉妬に駆られたのは、理解できなくもないけど、燃やしても、全く解決にならないわ! 羨ましくて妬ましいのなら私のように魅力的になる努力をなさいっ」


 ………………。


 それに対して、モンスター娘は爆弾発言をした。


「わりーけど、こいつ……ダーリンは私の恋人だから。そんな写真の授与は許さないからっ」


 その一言で、室内に沈黙が流れた。そしてまず最初に、篠田さんが口を開いた。


「何を言ってるのでしょう? 頭が腐ったリンゴにでもなったのでしょうか。彼は、私の婚約者です。彼が成人すると同時に夫婦になるのです」


 今度は、それを聞いた大家さんが、篠田さんを睨んだ。


「そ、そっちこそ何を言ってるのかしら、この小娘は。このクズはすでに私の夫だっ。婚姻届もこうして、あるのよっ」


 大家さんはポケットから、婚姻届を取り出した。


「フガーフガーフガー」


 イモムシのように妹が悶えている。そんな中、カリスマが先輩に向かってウインクした。


『今よっ!』


「うっす! 先生っ!」


 アイコンタクトで意志疎通したのだろうか……先輩は大家さんの手から、格闘家ならではの俊敏な動きで婚姻届を奪って丸め、モンスター娘に投げた。


 モンスター娘はそれをキャッチするや、ガスコンロで燃やし、灰にした。


 おおおおっ! ベリーナイスっ!


「あ、あああああ。何て事をしてくれるのっ! 大事な婚姻届なのにっ」


 大家さんが頭を抱えて、叫んだ。


 そんな大家さんに向かい、カリスマは、チッチッチ、と指を振った。


「ヘイ! あなたも美人だけれど、彼を任せられないわ。彼を磨くのは私の役目。彼は将来、きっと私に釣り合う男になるのよ」


 先輩が、そんなカリスマに意見した。


「先生。残念ながら、彼の本質はそちらにはないのですよ。……桜田君、女という生き物の正体、これまでの経験で分かったんじゃないのかい? 俺の世界においでよ。きっと昇天させてあげるさ」


「先輩……な、なんの話をしてるっすかー!」


 と僕。闇娘は、先輩との間を遮るように、僕に抱きついてきた。


「この野獣っ! 私の未来の夫に関わるんじゃありません」


「フガーフガーフガ―」


「あんたら、全員だめだめだ。こいつは、私のものだぞー」


 モンスター娘も僕にくっついてきた。彼女ら2人を引き離すように、カリスマも僕に引っ付いてきた。


「セパレイトっ! 渡さないわ。彼を磨き上げる権利は、渡しませんっ」


 妹は、イモムシのようにこちらに向かってきている。


「フガーフガーフガ―」


「みんな、残念だけれど、磨き上がった、この彼と釣り合うのは、世界中で私だけ。魅力的過ぎるのは辛いわ。私と釣り合う人が、いないという孤独感。残念よ。同情してくださらない?」


 ………………

 大家さんも僕にくっついてきた。


「ゴリラのどの口が、そうほざいとるんやっ。桜田くんは、私と娘のパパになる人や。檻の中に戻らんかいっ」


 僕を中心として、背ではなく腹を向けて囲み合う、逆おしくらまんじゅうのような状態になった。そこに、先輩が手を広げてやってきた。


「桜田君。モテモテじゃないか。俺はそんな桜田君が好きさ。異性にモテない男より、モテる男の方が魅力はあるからね。俺もその抱擁に加わらせてもらうよ。いや、桜田君を愛しているみんなまとめて抱擁してやろう。ガオガオガオガオガオガオガオガオーウ」


 うううううぅ。一体、なんだこれは。足元では、妹が僕にまとわりついてきている。


「「「さあ。誰とお付き合いするのか、はっきりしてっ!」」」


 うぅぅうううううううう。ハーレムなのに………………。困ったことに、全然、嬉しくなーーーーーい。


「全員、いやだーーああああああああああ」


 僕は死力を尽くして、僕を囲む、この逆おしくらまんじゅうから脱出して、玄関に駆けた。そして、靴を履く暇も惜しみ、ここぞとばかりに走った。


 つまりは逃げたのだ。


 後ろからは「まちなさーい」というみんなの声が聞こえた。振り向くと、全員で、追いかけてきているっ!

 ハーレムが甘美なもの? ハーレムを夢見てる? 確かにそれらの意見に、僕は反対しない。だが、一つ追記させてもらいたい。


 『相手にもよる』………………と。

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インキュバスの悲劇~モテまくって黒歴史~ @mikamikamika

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