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「惚れた女のために命賭けて本気出すのが男の本懐だっ!! 俺は、薬師が困ってるんなら、ずたぼろになっても、地獄に堕ちても、必ず救い出すって、とっくのとうに心に決めてんだよっ!!」




 こいつだけは譲れない。揺るぎない本心だ。

 決意であり、覚悟であり、あまりにも陳腐で直球な口説き文句だ。


「さあ、どうなんだよ薬師っ!! 笑いたきゃ笑えばいい!! 笑えるほどおかしけりゃ笑って泣いて俺をコケにすればいい!! だがな、俺は絶対に救ってやるぞ!! 鬼神に取り憑かれて馬鹿やってるくらいで、俺はお前を諦めやしないぞっ!!」


 ああ、なんて格好がつかない告白だ。

 こんなんじゃあ、何百回プロポーズしたって成就するわけもない。


 だが、俺にはこれしかない。

 だからありったけで叫び、届かせるしか能がない。


 惚れた女は、そんな方法しか選べない俺にいつまでも付き合ってくれている。

 だからきっと、受け取ってくれるはずなのだ。


「…………なに、勝手なこと、言ってんのよ」


 小さな怒気を孕んだ声が、掠れ、震えていた。

 彼女が、小さく、俺へ向かって一歩を踏み出す。


「だったら!! なんで気付きやしないのよっ!!」


 溢れ出る。積年の感情が。


「ずっと辛かった!! 自分の好きなことも、やりたいことも、生き方や立ち振る舞いさえ縛られて!!」


 止めどなく。堰を切ったように。


「みんなが私に期待して、嫉妬して、窒息しそうな寵愛を受けて……ずっと苦しかったのよ!! 気遣うことも、気取ることも、求められるように振る舞うことも、なにもかもっ!!」


 弾けて、炸裂する。


「だけど、弱音なんてどこにも吐けやしない!! 辛くたって顔にも出せない、苦しくたって誰にも縋れない!! 私は……、だから……っ、自由になりたかった!!」


 俺はやっと、薬師の抱える苦しみの、ほんの一部を知ることができたんだろう。


 これでようやく、友達以上の関係だ。


「だから、勝手気ままな言動全部を神様に押しつけたってのか? そいつは大した我が儘だろうよ」


「だって仕方ないじゃない!! 意地張って、張りすぎて……やめることすら恐くなって、どうしようもなくなってたんだからっ!!」


「……ったく、これじゃあ鬼神がお前につけ込んだのか、お前が鬼神をたぶらかしたのか、どっちがどっちだか分からねぇな」


 俺は思わず苦笑してしまった。

 まったく、どこまでも不器用なクラスメイトだ。


「……で、誰も頼らなかったわけだ。ありのままでいたいって素直な気持ちを吐けずに、ずっとずっと殻に閉じこもったままでいるわけか」


「…………」


「最初っから諦めてんじゃねぇよ!! 誰が見捨てるなんて言ったんだよ!! どこのどいつが見限るなんて決めたんだよっ!!」


「…………っ」


「誰かに甘えてみりゃあいいじゃねぇか。そんなふうに意地張って自分の本心偽ってるよりはずっといい。少なくとも俺は、どんな性格の薬師だって受け入れる覚悟はできてる」


「…………じゃあ、どんな外見でも好きでいてくれるわけ?」


「もちろん」


「趣味がアングラでも?」


「決まってるだろ」


「甘党でも?」


「無論だ」


「胸が慎ましやかでも?」


「……大歓迎」


「ちょっと反応が鈍かった」


「好みの度合いの問題だ。嫌うわけないじゃんか」


「…………」


「…………いや、ごめん。そうだな、いまのはなかった」


 肝心なところでポカやらかしてんじゃねぇぞ、俺。


「別に俺は胸の大きさに拘りなんてないぞ。薬師が好きなんだから」


「……その言葉に嘘はない?」


「こんな嘘を吐くなんて、それこそ冗談だろ」


 俺はそっと、手を差し出し、優しく微笑んだ。


「いつだって薬師をみてる。だってのに、いままで気付いてやれなくて、悪かった」


 もう、だいじょうぶだ。


 痛みさえ教えてくれれば、なんとかしてやれる。


 手を差し伸べてやれる。


「っ――」

「仲直りのしるしに握手でもしてみるか?」


 彼女が首を横に振る。


「なら、指切りか? ずっと見てるって約束なら守ってやれるぞ」


 彼女が俺との距離を縮めて、ゼロにする。

 そうして、


「ちょっとだけ、胸を貸して」

「っ――」

「……う、うう――ごめん、ごめん、なさい……――っ」


 ぎんいろの髪を撫でてやる。

 彼女は、俺の胸のなかで小さく、けれど確かに、泣きじゃくった。


※※※



 薬師が泣きはらし、落ち着くのをしばらく待つ。

 ひととおり感情の波が引くと、薬師はすっと俺の胸元から離れた。


「ごめん……それと、ありがと」


「どういたしまして。とはいえ、まだ終わっちゃいねぇ。とりあえず事態を収束させるために、薬師に取り憑いた神様をどうにかしないといけない」


「……まだ、この身体に取り憑いているのでしょう?」


「弱まっちゃいるが、いずれまた夢も意識も侵食してくる。そのまえに、なんとかする」


 俺は彼女の背後に回ると、背中に脇差しの切っ先を突き立てた。


「すまない、ちょっと痛むぞ」

「構わないわ」

「歯を食いしばってくれ。いくぞ……、三、二、一――ッ」

 右上から左下へ、薬師の背中を袈裟に切り下ろす。

「――――――――ッ!!」


 指を噛み、必死に痛みに堪える薬師。一文字に走る鮮血が飛び散って、俺の白衣に新たな紅をつける。


 がくりとくずおれた薬師を抱え、俺はその場に座り込んだ。


「カグラ!! あとは頼めるか!!」


 俺に取り憑いていたカグラが幽体離脱する。

 途端、全身を襲う激しい倦怠感と激痛に、俺は唇を噛んで堪える。


 それと同時。


 薬師の身体から、白い靄のようなものが立ち上がったかと思うと、風に吹き飛ばされるかのように森の奥底へと霞んで消えていった。


「追ってくれ!!」


「任せておけっ!! お主がここまで男気を見せてくれたのだからなっ!! 我も全力でその期待に応えようぞっ!! 此処は我が治める神域じゃっ!! 余所者の愚行を赦しはせんっ!! 観念せいっ!!」


 神楽が裂帛の気合いで吠え、跳んでいく。


 やがてあちこちで木々が薙ぎ倒され、小鳥たちが四方八方へ散っていく。


 ここを住処としている小動物たちも逃げてしまって、完全に山裾に夕日が差しだした頃、ようやく神楽は涼やかな顔をして戻ってきた。


「これで今度こそ一件落着じゃ。反省するまで、あやつは岩戸に閉じ込めたからの」


「……神の座に還したんじゃなかったのかよ」


 カグラはぼりぼりと頬を掻きながらぺこりと舌を出した。


「……我、そんな権能ないしの。巫であるお主しかできんよ、それは」


「おいおいおいおい……」


「しばらくはこの世でなにもできない苦しみを味わうがいいさ。もしかしたら伝承どおり心を改めるかもしれんしの」


 そんなのんきなことでいいのだろうか、と思うが、考えるのも億劫だ。

 これ以上被害が増えないなら、後回しでいい。


「帰るか、薬師」

「……ええ」


 薬師は、憑きものが落ちたかのように、柔らかく微笑んだ。

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