4
憔悴しきった賀茂さんから電話が掛かってきたのは、想像していたよりも倍以上の時間が過ぎた頃だった。
「うまくいきましたか?」
儀式場に戻ってきた俺は、精根尽き果てたとばかりに大の字になって転がっている賀茂さんへ労いがてらに差し入れのスポーツドリンクを渡す。広間の隅っこでは、カグラが壁を背にしてへたり込んでいた。察するに、どうやら薬師に取り憑いていた悪霊と一戦やりあったみたいだ。
「いやあ難儀したわ。想定していた展開よりもずっと面倒なことになっていてね」
「こうして無事っつーことは、一応はなんとかなったわけですよね」
賀茂さんはどこか晴れない顔を浮かべながらも首肯した。
「……まあね。想定外がいくつもあったし、なんなら軽い運動もしたけど、一応の解決はしたのかな。これで沙夜ちゃんに取り憑いていたものはあるべき場所へと還る」
ちゃっかり下の名前で呼ぶようになったな。
「なるほど……で、なにが取り憑いてたんすか」
薬師はまだ深い眠りにあって目覚める気配もない。本人に聞こえないなら種を明かしてくれると踏んだ俺は小声で質問した。
「実は二つの霊が取り憑いていてね。一つは彼女が飼っていたと思しき犬の死霊。こいつはたいしたことがない。問題だったのはもう一体のほうでねぇ。仙狸だと思っていたんだけど……、蓋を開けてみれば、なんとなんと夜叉だった」
「なんでそんなもんが……」
「そいつはあたいの台詞だね。なんで仏教の護法善神が取り憑いていたのか摩訶不思議でならないよ。薬師家が仏教徒だなんて話は、ついぞ聞いたことがないっての」
疲労困憊とばかりに額に浮かぶ汗を拭いながら賀茂さんはスポーツドリンクを一気に飲み干した。ミディペット一気飲みって凄いな。
「――ぷはぁ。とにもかくにも、これで一件落着だ」
「その言葉、信じてもいいんすね?」
「勿論だとも。なにも心配はいらないし、疑いの余地もない。それにしては納得がいかないという顔をしているね」
「……そんな顔、してますか」
「しているとも。消化不良もここに極まれりとばかりにね」
どうやら、賀茂さんに隠しごとはできないらしい。
引っ掛かっているのは事実だ。
音々のときは除霊がうまくいかず、最終的には力業で解決したし、カグラが暴走したときはそれ以上に難儀した。
そんな経験を重ねてきた俺にとって、この結末は正直言って肩すかしに近い。消化不良もいいところだ。
それに、なにか重大なことを見落としているような気がする。
だが、それがなんなのかをうまく言葉にできない。
まだ終わったわけではないという、もやっとした危機感。
なんなのだろう、これは。
そんな不安をよそに、賀茂さんはにへらと笑ってみせる。
「血の気が多いねぇ、神座くん。まぁ、きみがこれまでに体験してきた怪事件がどいつもこいつも暴力沙汰での決着をみていたから、物足りなさを感じているというのは理解できなくもない。けどね、そいつはきみが体験してきた事例がどれもこれも特殊だったってだけさ」
「むう……」
「悪霊とバトルなんてのは、本当にどうにもならなくなったときに限らないといけない。あたいは霊媒師であって格闘家じゃないし、陰陽師よろしく完璧に式神を操れるわけでもない。血みどろの戦闘ばかりやっていたら、命がいくつあっても足りやしないんだ」
「そいつはわかってる。頭では理解してるんだ……」
賀茂さんを信じるべきだ。
素人の第六感なんてもの、あてにするのがどうかしている。
なにもできなかった俺にも活躍の機会があれば――なんて、馬鹿げたことを考えているせいだ。
だから、気にすることじゃない。
「これで事件も無事に解決した……ってことでいいんだよな?」
「ああ、そうとも。これで神楽町には平穏無事が戻ってくる。万事解決さ。ご令嬢が目覚めたら送ってやってね。あたいはまだやることがあるから」
「…………っ」
けれど、やはり。
本当にこれで一件落着……ということでいいんだろうか。
腑に落ちない。なにかが引っ掛かったままだ。
賀茂さんの態度がどこか怪しいのは、そういうことなんじゃないのか?
けれど、なんだ。なにがおかしい。
「念のため、お守りがてら彼女の手首には数珠を巻いておいた。数日は外さないようにと伝えておいてくれ」
「……わかりました」
賀茂さんが自室へ戻っていくのを見送って、俺は傍らでじっとしていたカグラを呼びつける。
「なあ、カグラ。これで本当になにもかもが終わったと思うか?」
「お主はまだ、なにも終わっとらんと思っておるのだな」
「…………」
「そのだんまりが答えになっておる。じゃが、仮に終わっていないとして、できることがあると思っておるのか?」
「そいつは……っ」
「いま、この状況でお主にできることは、彼女を無事に家まで送り届けることだけじゃ。できることもせんで、できるだろうことを無闇に求めるのはやめておくがよい。まして、除霊ならばあのエセ霊媒師の右に出るものはおらん。お主がよく口にしているではないか。餅は餅屋に任せる他なかろう?」
「…………っ」
「なにもできん自分に腹が立っておるんじゃろう。惚れた彼女が困っておるのに根本的なところでなにも協力できなかったことを悔やんでおるのだろう。良いところをみせたいという気持ちもわかるがな、今回ばかりは事が事じゃ。気持ちを落ち着けるがよい」
「……まさか駄目神にこうも諭されるとは思ってもみなかったよ」
「お主がわかりやすすぎるだけじゃ」
それもそうか。
いい格好したいって気持ちはどうあったって拭えない。
けれど、いくら望んだところで、出番なんてもの、あるはずがないのだ。
とにかく薬師は無事に助かった。
悪霊は賀茂さんが祓ってくれた。
その結果だけで充分じゃないか。
俺は、いまだすやすやと眠りにつく薬師の安らかな表情をじっと眺める。
「ったく、可愛い顔してんな……」
なにもしなかったわけじゃない。
やれることはやったのだ。
だからこうして彼女の寝顔を独り占めできるのは、どこぞの神様から俺への、ほんのささやかな贈り物なのかもしれない。
この瞬間だけは、そんな勘違いも許されるような気がした。
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