鳴動

1

 今朝もまた、深夜に人が襲われたとのニュースが流れていた。思わず眉間に皺を寄せてしまう。


 これで四月に入ってから四人目の被害者だ。県警も流石に事態の深刻さを看過できなくなってきたらしく、捜査人員を倍増したとのことだった。


 状況は芳しくない。


 確かなことは、賀茂さんとカグラが奔走してくれているということだけ。

賀茂さんはときおり状況だけを端的に、かつ一方的に知らせてくれる。その内容も、状況を好転させるようなものではないのが残念でならないが。


 カグラもここ最近は張り切っているものの、空振りが続いているようだった。真犯人とおぼしき存在と何度か接触できたみたいだが、ひどく警戒されてしまっているのだとか。


 神様を撒くほどなのだから、相当やっかいな幽霊が取り憑いているのは間違いない。

 一昨日に遭遇したときも、姿を見られるや否や一目散に逃げられてしまったらしい。


 獲物を取り逃す失態を繰り返す駄目神の機嫌は決していいものではなかった。

 終始ぶすっと頬を膨らませながら、元凶をとっ捕まえるためにあれやこれやと考えごとをしているようで、家のなかではロクに雑談もできやしないほどだ。


 触らぬ神に祟りなし。


 久しぶりにやってきた音々の手料理にさえ口をつけなかったのだから、よほどのことである。


 しかし。


「……これは一体全体どういう風の吹き回しだ?」


 登校する俺と音々の背後には、神妙な面持ちの駄目神がいた。黙って無言でついてくるのだから不気味である。


「なぁなぁ、どうしたんだよ」


 小さな声で問うも、まるで聞こえていないかのように無反応。

 俺は周囲に誰もいないことを確認してから、カグラの袖を引っ張ってみせる。


「おーい、聞いてるかー?」


「…………む、ああ。すまぬ。どうした?」


「それはこっちの台詞。なんでついてくるんだって聞いてる」


「ああ……、そのことなんじゃが……。さすがにもう取り憑かれた兆候が出ているだろうから、確認したいことがあってな。お主が通う学校とやらを見学しようと思ったのじゃ」


「えー、もしかしてそれ、学校に真犯人が潜んでいるってことですかぁ?」


「確証を得んことにはなんとも言えんが……」


「そこで否定しないってことは、いるって言ってるも同然じゃないか」


「……まぁ、そうじゃな。否定はせんよ」


「……マジで学校にいるってのか。取り憑かれてる誰かが」


 カグラが真面目な表情で頷いた。

 目を見れば分かる。嘘は言っていない。


「お主の近くにおると、我の第六感が囁いておる。あのエセ霊媒師の言うとおり、お主は怪異やら神霊やらを引き寄せる体質なんじゃろう」


「そう、か……」


 よりにもよって俺の周囲ときたか。

 巻き込まれることは覚悟しておかないといけないだろう。


「それはそれとして、俺と音々しかおまえの存在は認識できないんだからな。学校で変なことをしようもんならただじゃおかないぞ」


「安心せい。怪奇現象などという茶番で周囲を混乱に陥れるつもりなど毛頭ない。真相究明と原因解決、それが地主神たる我の務めである。一刻も早い解決を望んでいるのは皆と同じじゃ」


「殊勝な心意気だな……それで本音は?」


「……お主の料理のレパートリーの少なさに愕然としておる」


「正直で結構」


「なんとかならんのか……毎日焼いてばかりでは飽きもくる」


「だったら自分で料理したらどうだ、この居候」


「なにを言っておる!? 神の手を煩わせるなど、傲りもここに極まったか?」


「……あーはいはい。料理したくないのね。食事専門ってことね。ならもうしばらく我慢するんだな」


「とうに我慢の限界じゃ!! だからこうして必死に真相究明に努めておるのじゃ!!」


 なんにせよ、神様としての務めを果たそうという自覚はあるらしい。


「とりあえず教室まで案内する」


「ついでにお主が惚れているという女子(おなご)の姿をいまいちど目に焼き付けておくかの」


「余計なことはしなくていい」


「余計であるものか。お主の趣味、思考、性癖を理解しておくことは今後ともに生活を営んでいくうえで大切なことではないか」


「いつまで居候する気だこのヒモ神。つうか、そもそも薬師のこと知ってるだろうが。いまも変わらず絶世の美女だよ」


「我には劣るがの」


「……いや、薬師のほうが美人だぞ。どう考えても」


「お主の目は節穴かっ!!」


「薬師先輩とカグラさん、いい勝負してると思いますけどねぇ。むしろお腹がすっとしてるぶん、いまのところは薬師先輩のほうがリードしてるかなぁ」


「音々っ!! お主までっ!?」


「どんどん美人になっていきますしねぇ……、強敵ですよ、本当に」


「ぐ、ぬぬぬぬぬ……」


 カグラは柄にもなく対抗心を燃やしはじめた。


 神様としてどうなんだその態度は。


「……とにもかくにも、年度が移り変わり環境も変われば女という生き物は忍びやかに新たな場所へ適応していくものなのじゃ。というかお主、女子の立ち振る舞いや機微がわかっとらんのは致命傷ではないか? その様子じゃあ恋愛成就までのゴールはまだまだ長そうじゃな……」


「でっすよねー。先輩ったら、あたしがチークを春色に変えたのだって全然気付きませんしねー」


 思ってもみない方向から抉るような一声が飛んできた。


「…………似合ってるぞ、音々」


 言うや否や、揃って大きな溜息を溢す音々とカグラ。


 哀れんだ眼差しが心にぐさりと突き刺さる。


 放言して俺も瞬時に理解したさ。

 いまのはない。なかったことにしたい。


「いままでまったく気付いていなかった感じですねー。とっても残念ですー」

「冗談ではなく、本当に道のりは険しそうじゃな……」


 俺もそう思う。反省はしている。今後に活かそうではないか。何事も経験だ。

失敗から学ぶことができる人間は素晴らしい。


「なんだかあたし、いいように使われている気がするんですどぉ、気のせいですよねー?」


 なにを言っても墓穴を掘ってしまう気がしたので、学校に到着するまで、いよいよ俺はだんまりを決め込んだ。

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