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 授業を終えた俺は、校門で音々、カグラと合流する。


「コンビニでアイスを食べたいのぅ」


 巫女装束に衣替えしたカグラが駄々をこねはじめた。


 俺は白い目でカグラを睨む。


 だが、さすがは神様、少しも動じた様子をみせない。


「ダイエットはどうした」

「甘味は別腹じゃ」

「その別腹があるから太ってるんだろ」

「ええいっ!! このあと運動するから実質ゼロカロリーじゃ!!」


 それ、太った人がよく口にするセリフなんだよなぁ……。


「昼飯にもありつけていないからの。肉まんも所望するぞ」

「食ってばっかだなほんと。我慢しろ」

「むぅ……なんだか力が枯渇していくようじゃ……これでは、満足な働きができないかもしれぬ……」

「…………ったく、しゃーねぇ」


 不満は募るが、しっかりと働いてもらわねばならない神様のご機嫌を損ねるわけにもいかないので、コンビニに立ち寄ってアイスと肉まんを買ってやる。


「前払いだからな。やることはしっかりやってくれよ」

「わかっておる。我に任せよ」


 ご満悦の表情でカップアイスを頬張るカグラ。なんとも幸せそうな顔である。


 こうして神様のご機嫌取りも完了したところで、俺たちは目的地へと直行した。

向かうは学校から徒歩三十分という立地にある、年季の入ったおんぼろのアパート。


 神楽町一帯の地主である又吉家が格安で貸し出している物件だ。現在、居住者はたったの一人。驚くことなかれ、借主が家屋をまるごと借りているのだ。


 アパートに辿り着いた俺は玄関をノックする。

 事前に連絡をしてあったのだが、中から返事がない。

 電話をかけてみるも繋がらない。


「いねぇのか?」

「無視されてるだけじゃないですかねぇ。実はドアが開いていたりして……」

「さすがにそこまで不用心じゃあ……って」


 開きやがった。マジか。


 隣で音々がドヤ顔しているが、悔しくともなんともないので無視して俺は中に踏み入る。


「失礼するぞ。おーい、賀茂さん、いるなら返事してくれー」

「…………ああ、そういえばもうそんな時間だったかい」


 家具の一切が置かれていない十畳一間の中心で、この部屋の主――賀茂芽依が座禅を組んでいた。相当集中していたようで、なるほどドア越しに声を掛けた程度では気付かないわけだ。


 ぼさぼさの茶髪を掻きむしりながら出迎えてくれた賀茂さんは、上下ともにスウェットという、おしゃれの概念を捨て去ったような格好をしていた。


「あたいの想定よりも一分ばかし早かったね。駄目神のわがままに付き合ってコンビニに寄り道してくるのかと思っていたけれど」


「怖気がするの。やはりストーカーとやらの才能があるのではないか?」


 虫ケラに向けるような眼差しで賀茂さんを睥睨するカグラが暴言を吐いた。

 だが、賀茂さんは平然とした面持ちで受け流す。


「神様からお褒めにあずかり光栄だ。さて、音々ちゃんの健診だったね。今回も隅々までじっくりと看させてもらおうじゃない。場所を移そう」


 賀茂さんの案内で隣の部屋へ。


 そこに広がっているのは、壁という壁をぶち抜き、空間にしておよお三部屋分もあるがらんどうの空間。


 中心には魔方陣のようなものが描かれ、そこから漏れる薄紫の光芒が天井を怪しく染めている。


「それじゃあ、音々ちゃんはいつもどおり、円陣の中心に横たわってくれるかな。眠気がきたらそのまま安心して眠ってくれていい。その間、あたいとカグラがお手柔らかに相手したげるから」


「迷惑かけちゃうかもしれませんけど、、よろしくお願いしますねー」


「大船に乗ったつもりで任せてくれ。ところで神座くん、きみはここにいてもいいし外でしばらく時間を潰してくるでもいいけど、どうする? ちなみにここに残る場合、あたいもカグラも命の保証はしないよ。そんな余裕もないしね」


「……万一ってこともあるんで、今回もここに残りますよ」


 俺は迷うことなく即答した。


「健気なことだ。せいぜい頑張って生き残るように。死んだら元も子もないからね」


「言われなくたって分かってます」


「まぁ、充分なお礼もしてもらっていない以上、簡単に死なせてやるつもりもないんだけどさ。神座くんの腹決めも済んだこどだし、さっそく健診をはじめようか」


 賀茂さんに促された音々が魔方陣の中心へ歩み出て、制服姿のまま床へ寝転がった。


「カグラさんとか芽依さんみたいに慣れているわけじゃないんですから、無理はしないでくださいよー、先輩」


「安心しろ。意地でも死んでやらないから」


「それと、万一のことがあったらごめんなさい。先に謝っておきます」


 仰向けになりながら申し訳なさそうな声で謝ってくる音々。

 まったく、こういうときばかりしおらしくなりやがる。


「俺が好きでやってんだ。気にすんな」


「男なんだから素直に言ってやったらいいだろうに。放っておけるわけがない、ってね」


「賀茂さん、余計なこと言ってないでさっさとはじめてください」


「なんだ照れやがって!! 初々しい青春を見せつけるんじゃないよ!! 末永く爆発しろってんだ!!」


 羨望というよりも怨念に近い物を感じるのは俺だけだろうか……。


「照れてないから。それに音々は彼女じゃないから幼馴染みの妹だから」


「あれー? あたしはてっきり通い妻ポジを盤石にしたものとばかり思ってましたけどー」


「このやりとりはもうお腹いっぱいだよ!!」


「ほうら、やっぱり年相応に青春してるんじゃないか!!」


「あんたわかっててやっかんでるだろそうなんだろっ!!」


 なにが楽しいのやらと渋い顔をして一連のやりとりを眺めているカグラの視線が妙にちくりと刺さるのも俺だけなんだろうか……。


「……さて、神座くんをからかうのはここまでにして、と」


 和気藹々とした雰囲気を断ち切るように賀茂さんがぱんっ、と両手を叩いた。


 たったそれだけで嘘のように空気が張り詰める。


 ここから先、他言は不要、雑談は無用。


 俺は深呼吸を一つ。

 賀茂さんの言うとおり、ふざけ合っていい時間は終わりだ。



「――汝、永久の眠りより今寸分の覚醒を以て顕現せよ」



 瞳を閉じて横たわる音々に、賀茂さんは両手をかざしてぶつぶつと呪文を唱えだす。


「…………っ、…………っ、……………………っ!!」


 やがて音々の肢体が波打つように痙攣しだした。

 何度も背中を床へたたきつけ、その反動で大きく仰け反る。

 昔見たホラー映画に出てくる、幽霊に取り憑かれた人のように。


 そして、身体を仰け反らせたまま、ぴたりと静止する。

 まるで時が止まったかのように微動だにしない肢体は、しかし次の瞬間、足元から大きく跳ね、宙返りを決めながら華麗に着地してみせた。


「……………………」


 瞳から光が消え、幽鬼のようにふらふらと佇む音々。


 いや。


 その面影を残した、人ならざるもの。


 尾ていから二つに裂けた尻尾を伸ばし、口元にのぞく犬歯は怪物のように太く長い。


 こんな彼女・・の姿をみるのは三ヶ月ぶりだ。


 怪異――猫又。

 数年前、音々に取り憑いてしまった、化け猫のなれの果て。


 変わり果てた音々の姿を前に、賀茂さんが拳を鳴らしながらほくそ笑んだ。


「さぁて、かわいい子猫ちゃん。疲れ果てるまであたいらが存分に相手をしてあげよう。遠慮はいらない、かかってきな!!」

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