第5話 ステキな人

「お願い。どうしても花火が見たいの」

「うーん、そうだな…………」


 普段は私がお願いすれば、ユウくんは大抵の事なら笑って引き受けてくれるけど、今回はすぐには頷いてくれなかった。だけど何度も何度も頼んでいるうちに、それも少しずつ変わっていく。


「分かったよ。だけどここにいる間は、俺から離れずにいい子にしておくこと。約束できるか? できるって言うなら、俺からおじさんやおばさんに話をしてみるよ」

「ほんと? ありがとう。私、絶対ユウくんから離れない!」

「喜ぶのはまだ早いって。これから電話するから、少し待ってろ」


 ユウくんはそう言うけど、私のお願いを叶えようとしてくれているのが嬉しかった。

 お父さん、お母さん。どうかいいって言ってください。ケータイを取り出し電話を掛けるユウ君を見ながら、両手を合わせて祈る。


 するとそうしている間に、大沢さんがこっちに向かって歩いてきて、私の前でしゃがみ込む。そして、小さな声で囁いてきた。


「ねえ、どうしてそんなに花火が見たいの?」

「えっ……」

「もしかして、おまじないの噂のこと知ってるの?」

「────っ!?!?」


 この人も、おまじないの事を知ってるんだ。考えてみたら、この学校の生徒なんだから、私より詳しくたって不思議はない。

 もしかして、ユウくんも知ってるのかな? 私がどうしてそんなに花火を見たがってるか、バレてるのかな? そう思うと途端に恥ずかしくなって、電話で話しているユウくんを見る。

 だけどそれを見た大沢さんは、私を落ち着かせるように、また優しい声で囁いてきた。


「心配しなくてもいいわよ。たぶん有馬君は、あなたがおまじないを試そうとしてるって、全然気付いてないから」

「ほ、ホントですか? あの。このこと、ユウくんには……」

「大丈夫。黙っておくから」


 大沢さんはそう言うと、クスリと笑いながら、口に指を当ててナイショのポーズをとる。


「好きなのね、有馬くんのこと」

「────はい」


 恥ずかしい気持ちはまだあるけど、そこだけはハッキリ頷く。


「わたしはまだ子どもだし、ユウくんの妹だし……だけど一緒に花火を見られたら、ちょっとは違うかなって思って……」


 本当は、おまじないをしたって上手くいくかは分からない。ユウくんにとって私が妹だっていうのは、どうやっても変えられないのかもしれない。だけど、変えられると思って頑張れば、少しはその通りになるんじゃないか。そう思って、私は今日ここに来たんだ。


「そうね。もしかしたら、急に全部変わるのは無理かもしれない。だけど、それだけ強く想っているなら、ちょっとずつ変わっていくことはできると思う」


 大沢さんは、そんな私の言葉を、少しも笑わずに聞いてくれた。それを見て改めて、きれいでステキな人だなって思う。私も大きくなったら、こんな風になれるのかな?


「頑張ってね」

「────はい!」


 今度の返事は、今まで一番力強かった。


 ちょうどそのタイミングで、電話をしていたユウくんがこっちにやってくる。まだ繋がっているケータイを私に差し出すと、電話の向こうからお母さんの声が聞こえてきた。


「藍、遅くなるなら最初からそう言いなさい。ユウくんが面倒見るって言ってくれたからお願いしたけど、あんまりワガママ言っちゃダメよ」

「じゃあ、最後までいていいの?」

「ユウくんも一緒に頼んでくれたって事で、今回は特別。だから、よーくお礼を言うのよ」

「分かった。ありがとうお母さん!」


 電話を切ると、嬉しくなって、すぐさまユウくんに向かって飛びついた。ユウくんはビックリしてたけど、それからまた、私の頭を撫でてくれた。


「ありがとう、ユウくん」

「どういたしまして。それじゃ、最後まで一緒に回ろうな」


 それから少しの間大沢さんとお話して、その後ユウくんと二人でその場を離れる。

 最後に大沢さんが私に向かって手を振ってくれたから、私も笑って、同じように手を振った。


「二人とも、いつの間にか仲良くなったな。俺が電話している間、なに話してたんだ?」

「それは、女同士の秘密。ねえ、藍ちゃん」

「えっ──う、うん」


 秘密と聞いてユウくんはちょっとだけ寂しそうにしてたけど、ゴメンね。これは、ユウくんにも言えない、ユウくんだからこそ言えない、私達だけの秘密なの。

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