第4話 その人誰?


「もしかして、あなたが藍ちゃん?」

「えっ……」


 そのきれいなお姉さんは、なぜか私の名前を知っていた。だけど私は、すぐに返事をすることができずに、ユウくんの服の裾をギュッと握る。


「あら、怖がらせちゃった?」

「そんなことないって。藍、ちゃんと挨拶できるよな」


 ユウくんに背中を押されて前に出る。本当は少し緊張してたけど、ユウくんにそんな風に言われて、できないなんて言いたくなかった。


「えっと……藤崎藍って言います」

「やっぱり、あなたが藍ちゃんなのね。あっ、私、有馬君と同じ軽音部員で、大沢泉って言うの。よろしくね」

「よ、よろしくお願いします」


 お姉さん、大沢さんはそう言ってにこやかに挨拶してくれたけど、わたしは自分がどんな顔をしているのか分からなかった。

 ユウくんと同じ軽音部。それに、とっても仲が良さそうだ。さらに、何度も言うけどきれいな人だ。

 なんだか、不安な気持ちがふつふつと湧いてくる。


「も、もしかして、ユウくんの彼女なの?」


 口に出して、自分の声が震えているのが分かった。だけど聞かずにはいられない。だってユウくんはカッコいいし、この人は美人だ。知らない人が見たら、普通にステキなカップルだって思いそう。


 だけど、もしもそうだって答えが返ってきたらどうしよう。この人がユウくんの彼女だったら。そう考えると、凄く苦しくなってくる。


 大沢さんは、少しの間何も言わずにじっと私を見る。だけど、不意にそんな静かな時間が破られた。


「ぷっ――――あははははは、違う違う!」


 急に、大沢さんがこらえきれなくなったように吹き出した。


「有馬君とはただの友達だし、だいいち彼、彼女はいないから」

「そんなんですか?」


 ただの友達。彼女はいない。そう言われて、ホッとため息をつく。よかったって、心から思った。

 それから大沢さんはもう少しだけ笑って、こう言ってくれた。


「有馬君、よくあなたの話をしてるのよ。近所に住んでる、とってもかわいい女の子だって」

「本当ですか!」


 ユウくん、いつもわたしの話をしてるんだ。しかも、かわいいって言ってるんだ。嬉しくなって、飛び上がるようにしてユウくんを見る。


「俺、そんなにいつも言ってたっけ?」

「そうよ。おかげで、すっかり名前を覚えちゃったんだもん。実際、有馬君だってその子のこと大事なんでしょ」

「まあな」


 ちょっと恥ずかしいけど、それよりもずっと嬉しくて、ユウくんを触る手にも力が入った。

 だけど――――


「藍は、俺にとって妹みたいなものだから」


 妹。笑いながらそう話すユウくん。だけどその瞬間、胸の奥が少しだけチクッと痛んだ。

 私だって、ずっとユウくんをお兄ちゃんみたいだって思ってたし、少し前までは、妹みたいって言われたら嬉しかった。なのに、今は何だかモヤモヤする。


 以前、学校で三島に言われた事を思い出す。


『高校生を好きなんて、バカじゃねーの。そんなのムリに決まってるだろ』


『何歳違うと思ってるんだよ。向こうから見たら、お前なんてガキじゃねーか。どんなに頑張っても、よくて妹。お前の言ってる好きになんてなんねーよ』


 思い出すたびに、胸の中でモヤモヤが大きくなる。妹って思われたままだと、私が思う好きにはなってくれないの?


 そんなしょんぼりした気持ちになっていると、大沢さんがユウくんに向かって言った。


「有馬くん。これから予定もないんだし、案内してあげたら?」

「ああ、そうするよ。藍、どこか見たいものってあるか?」

「えっ──」


 見たいもの。そう言われて思い出す。ここには元々、みっちゃんから聞いたおまじないを試しに来たって事を。


「さ、最後に花火が上がるんでしょ。それ、ユウくんと一緒に見たいの」


 おまじないを試したら、手を繋いで一緒に花火を見たら、少しは何か変わるかもしれない。だけどそれを聞いて、ユウくんはちょっとだけ困った顔をする。


「花火? でも、それまで残ろうとすると、帰るのが遅くなるぞ。おじさんやおばさん、心配するんじゃないか?」


 そうだった。花火が上がるまで残ろうと思ったら、結構遅い時間になる。ここに来るって事はお父さんやお母さんにも言ってあるけど、そんな時間までかかるなんて話してなかった。

 だけどここまで来て、何もしないで帰るのは嫌だった。

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