第20話出自の告白
目を開けたとき、雪之介は変わらぬ姿勢で自分を見つめている鉄太と菜花を、悲しそうに、とても悲しそうに眺めた。
二人の覚悟は立派だと思う。素晴らしいと褒めたい気持ちで一杯だった。
だが、これからのことを考えると二人には話さないほうがいいとも考えた。
覚悟を無碍にしても、好意を無視しても、話さない選択肢が雪之介にはあったのだけど――
「……分かった。話そう」
口に出たのは、二人の覚悟と決意を尊重する言葉だった。
鉄太と菜花は嬉しそうな顔をした。
やっと雪之介に認められたと思えたのだ。
実際、雪之介は二人をようやく信用したと言えよう。
彼らを守りたいと思っていたが、彼らに任せたいとは思っていなかった。
そもそも鉄太や菜花を助けた理由は、彼が人の死を何より厭う男だったからだ。
それ以外に理由はない。だから自分の行動に恩義に感じる必要はないと考えていた。
「何から話そうか……そうだな。俺の師匠の磯丸について、まずは話そう」
「師匠? 磯丸? お前にそんなのが居たの?」
菜花は意外に思ったのは、彼が教えを乞うような人間に見えなかったからだ。
でも鍛冶屋の息子である鉄太は逆に納得した。今まで見た絡繰は一代で成し遂げる技術じゃなかったからだ。きっと先人が居るのだとなんとなく思っていた。
「ああ。師匠は……海を越えた大陸の人間、唐人だった。とは言っても、師匠は物心つく前に日の本に来たんだ。名前もそのとき改められた」
「どうして、兄貴の師匠は日の本に来たんだ?」
鉄太の問いに雪之介は「それは分からない」と首を横に振った。
「最後まで教えてもらえなかった。おそらく大陸で何かあったんだろう。とにかく師匠は日の本に来た。そして自身の父親から絡繰の技術を教わり、それを使って生計を立てていた」
鉄太と菜花は絡繰で生計を立てるという意味が分からなかった。そんな二人に対し、丁寧に説明をする雪之介。
「本来、絡繰は『唐繰』とも書く。大陸の技術は日の本の民にとって目新しいものだった。それに大工仕事など応用も利く。多くの武家や商家から需要があった」
「へえ。そうなんだ。それで、兄貴はどうやって磯丸さんと出会ったんだ?」
鉄太は何気なく訊いたが、雪之介が「俺は捨て子だ」と無表情で答えたので、思わず息を飲んだ。
一方、菜花は驚かなかった。むしろ納得した気持ちになった。
感情の無さそうな雪之介。
それでいて死を厭う性格。
戦国乱世では珍しくない捨て子という出生にあっているとさえ思った。
「ある寒い夜。師匠の家の前に捨てられていたらしい。師匠は絡繰で羽振りがよかったからな。俺が物心つく前のことだ」
「……兄貴の親の手がかりってないのか?」
やるせないと思ったのか、鉄太が訊ねると「あったとしても意味はない」と雪之介は言う。
「今更探そうとは思わない。それに会いたいとも思わない。俺の親は師匠だけだ」
「……そっか。ごめん、変なこと訊いて」
「構わない。それから師匠に育てられた俺は絡繰のことを習った。師匠は厳しい人で、ついていくのに必死だった。もしついていけなかったら、捨てられると俺は思った。でも、師匠は俺を見捨てなかった」
師弟の関係であったが、親子の関係でもあったらしい。
鉄太は師匠のことを語る雪之介の口調が心なしか優しいと気づいた。
「各地を転々としながら、俺たちは絡繰を作り続けた。はっきり言って師匠の腕前は大陸の技師よりも数段上だった。俺は師匠の持っていた大陸の技術書を見てそう気づいた。そんな師匠に習ったから、俺もこの剣を作ることができた」
そう言って指差したのは、壁に掛けかけていた絡繰奇剣である。
鉄太と菜花は幾人の血を吸ったその剣を見つめる。
「日の本独自の技術を織り交ぜた絡繰。これを上手く用いればどんな敵も打ち破れるだろう」
「実際、兄貴はたくさんの刺客を返り討ちしてきたもんな」
二人の会話を受けて、菜花は「一つ疑問があるわ」と言う。
「さっき、お前は絡繰で生計を立てていたと言った。でもここまで刺客を返り討ちできたのはどうして? 絡繰は凄いけど、人と戦える訓練をしないと――」
「ああ。菜花の言うとおりだ。俺たちは絡繰を作って売ったわけではない」
雪之介は観念したように頷いた。
「絡繰を使って――人を殺していた」
「……えっ?」
鉄太の顔が青ざめる。
菜花も震える声で「そう、なんだ……」と呟いた。
「師匠は最初、絡繰を作らせることだけ、俺にさせていた。だが俺は、師匠の役に立ちたかった。師匠だけが手を汚して、俺だけが綺麗な手だけでいるのが耐え切れなくなったんだ」
それは残酷な優しさだった。
自分の好きな人と一緒に堕ちる。
恩人に報いるために人を殺める。
それを弟子であり子である雪之介が選んだとき、師匠の磯丸はどう思ったのだろうか?
「俺が手伝うと言ったのは、鉄太と同じくらいだった」
「あ、兄貴……そんな……」
思わぬ告白に鉄太は言葉を失った。
「師匠も今の鉄太と同じ目をしたな。それから思いっきり叱られた。あのときほど痛い拳骨はなかった」
「……当然ね。自分の子供を誰だって人殺しにしたくないもの」
菜花は自分の声が一段と低いことを自覚していた。
雪之介は「でも俺は引かなかった」と言う。
「もちろん、殺しを厭う気持ちはある。好んで殺したことなどない。だが――」
雪之介はきっぱりと言い放った。
「師匠のために生きたかった。役に立ちたかった。そして何より、認めてほしかった」
「…………」
「……認めてほしかった、か」
俯いて沈黙する鉄太を余所に、菜花は雪之介の気持ちが痛いほど分かった。彼女もまた、村人や村長に認めてほしかったのだ。
「初めて人を殺したとき、師匠は物凄く悲しそうな目で俺を見た。その視線を俺は一生忘れない。だが後悔したことは無かった。これでようやく、師匠に認められると思った」
雪之介は一拍置いて、それから二人を見つめた。
「これから先の話は、俺がどうして織田家に狙われているのか、信長が執拗に狙っているのか。その根幹になる」
「か、覚悟はできているよ、兄貴」
「ああ。あたしもだ」
二人は頑として引かないようだった。
雪之介はふうっと溜息をついた。
「本当にいいんだな?」
「お、男に二言はないよ!」
「あたしは女だけどね」
二回念を押した後、雪之介は語りだす。
「俺と師匠が織田家に雇われたのは、十五年以上前になる。俺が殺しを始めた次の年だった。俺たちはある男に命じられて、二人を殺した」
「あ、ある男? 二人?」
鉄太はごくりと生唾を飲み込んだ。
菜花は黙って聞いている。
「その男は自分の父と弟を殺すように命じた」
「そ、それって――」
「ああ。そうだ」
雪之介ははっきりと言う。
全ての始まりであり、全ての元凶となった、その雇い主の名を言う。
「織田家先代当主、織田信秀とその子、織田信行を殺すように命じたのは、織田信長だ」
一方、甲斐国にやってきた忍び、美月は連れてきた三人の部下たちに墓を掘らせていた。
その報告を隣村の一室で待っていた。無論、その住人は近くに『並べて』ある。
「雪之介が生きていたら、まずはお屋形様から受けた叱責の鬱憤を晴らさないとねえ」
今や信長以上に雪之介を恨んでいる美月。
部下たちには死体その物を盗ってくるように言っていた。
その遺体を辱めないと彼女の気が済まない。
「……我が主、ただいま戻りました」
三人の部下が音も立てずに戻ってきた。
「それで、死体は持ってきたの?」
「いえ、それが……」
言いよどむ部下に「さっさと言いなさい」と厳しく言う美月。
部下はやや早口で言った。
「墓に死体はありませんでした」
「…………」
「調べたところ、どうやら生きているようです」
その言葉を聞いて、美月は「ふ、ふふふふ……」と笑い出す。
「どうやら、お屋形様のほうが正しかったようね……」
美月は怒りを孕んだ目で立ち上がる。
三人の部下はあまりの怒気に思わず後ずさる。
「でも良かったわ……殺す前に痛めつけられるから……」
にたにた笑いながら、美月は楽しそうに言う。
「待ってなさい、雪之介……死ねなかったことを、後悔させてあげるわ……絶対に楽には殺さない……」
絡繰奇剣の雪之介 橋本洋一 @hashimotoyoichi
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