第19話葬儀

 意識を取り戻した雪之介を診た永田は「まずは一安心だね」と鉄太と菜花に告げた。

 素直に喜ぶ二人に「傷に関しては大丈夫だけど、まだ安心できないんじゃないか?」と医者は厳しく正した。


「もし生きていると分かれば、忍びたちは襲ってくるかもしれない」


 それは――考えもしなかった。冷静になればそうだが、雪之介を慮ることに専念して、永田が言ったことは欠落していた。


「そこで提案なんだが、雪之介くんの葬儀をしよう」


 鉄太は初め、意味が分からなかったが、すぐに「偽の葬儀をするのか? 先生」と問う。


「ああそうだ。村人にも協力してもらおう。鉄太、皆を主だった者を集めてきてくれ」

「う、うん。分かった」


 鉄太が部屋を出ると、布団の上で寝ていた雪之介に永田は「しばらく外に出ないように」と念を押した。


「策がばれてしまうと、この村自体、危うくなる」

「……ああ、分かっている」


 雪之介はそう答えて、それっきり黙った。

 菜花は弱っている雪之介になんて声をかければいいのか、悩んでいた。


 村の者は雪之介の偽葬儀を快く請けた。それは鉄太の頼みということもあったが、雪之介が闘技場で稼いだ金の半分を差し出したこともある。

 葬儀はすぐに執り行われた。きちんとした墓も建てる。また弔う僧侶も呼んだ。

 鉄太と菜花も葬儀に参加した。永田に出ないのは不自然だと言われたからだ。彼ら二人は葬儀の途中で泣いたりした。演技ではなく、本当に雪之介が死んだと思うと悲しかったからだ。


 村を上げての葬儀が終わると、鉄太と菜花は雪之介の看病を続けた。

 永田の助言を受けつつ、交代で献身的に続ける――その甲斐があって、雪之介は徐々に回復していった。


「…………」

「さあ、お粥を食べましょう。少し起きられる?」


 菜花は少し塩味が濃い粥を匙ですくって、冷ましてから雪之介に食べさせる。

 ゆっくりと飲み込む雪之介。


「食欲が出てきたから……今度は川魚も食べられるかもしれないわね」

「……ああ、そうだな」


 食事を終えて、雪之介はゆっくりと身体を下ろして仰向けに寝る。

 一日中、寝てばかりいるが、まだ無理はできないので当然だった。


「…………」


 雪之介は意識を取り戻してから、何も話さなかった。

 最低限の会話はするけど、それ以外は喋らない。何か物思いに耽っているようだった。


「兄貴らしいって言えばらしいけど……何か憂うことでもあるのかな?」


 そんな様子の彼を鉄太は心配に思う。菜花も同じ気持ちだった。


「確かにね。一体、何を考えているんだか」

「……後で話すって言っておいて、何も話してくれないし。傷が癒えたら教えてくれるのかな?」


 そこだけが唯一の不満とばかりに鼻を鳴らす鉄太。

 菜花は心配と同時に不安に思っていた。

 もしかしたら、何かとんでもないことを決意しているんじゃないかと――


 一方、美月率いる忍び集団は尾張の小牧山城に帰還していた。

 任務成功の報告を信長にするためだった。

 あの後、雪之介が死んだと見張っていた忍びから報告が上がった。しかも葬儀の様子を美月は直接遠目から見ていた。鉄太も菜花も泣いていたところもじっくりと観察していた。

 結果として、雪之介が死んだと確信した。もはや織田家の敵国である武田の領内に居る必要はない。ただでさえ、甲斐国には武田信玄の忍びがうようよいるのだから。


 美月は誰も居ない謁見の間で、一人信長が来るのを待っていた。確か美濃攻めも本格的になっていて、彼女の主も忙しいと聞いていた。

 やがて信長はやってきた。表情一つ変えず、小姓も伴わず、美月と相対した。


「雪之介の討伐、見事であった」


 上座から凜として声で褒め称える信長。

 美月は平伏して「ありがたき幸せ」とへりくだった。


「それで、首はどこにある?」


 信長の鋭い指摘に美月は事情を話す。

 雪之介の脇腹に致命傷を与えたこと。

 村人が雪之介の葬儀を行なったこと。

 全てを詳細に話した美月。これで褒められるだろうと確信していた。となれば褒美は莫大なものだ――


「……貴様、それでも忍び頭か!」


 しかし、信長の口から出たのは、叱責の声だった。


「……は?」

「俺は首を必ず取ってくるようにと命じたはずだ! 何故切り取ってこぬ!」


 激しい怒りに面食らう美月。


「し、しかし、雪之介の絶命は確実です! ならば首など不要では――」

「愚か者! 要か不要かは俺が決めることだ! ……貴様は、こう思わなかったのか?」


 信長は立ち上がり、呆然としてる美月の眼前まで迫る。


「もし葬儀が偽りだとしたら? 雪之介を庇うために演じたものだとしたら? それに致命傷と言ったが、あの男はしぶとい。万が一生きていたら――どう責任を取るんだ!」

「そ、それは――」

「この――役立たずが!」


 遠慮も何も無く、美月の顔面を足蹴する信長。

 避けることもせず、甘んじて受け止めた美月――痣ができて、口から血が流れている。


「今すぐ甲斐国へ向かい、その村から首を取って来い! 腐っていようが蛆が湧いていようが、関係ない!」


 そしてそのまま腹立たしげに――謁見の間から去る信長。

 残された美月は内心、憤っていたが、自分の主が出て行った襖に向けて言う。


「かしこまりました……直ちに向かいます……」




 一ヶ月して、雪之介の体力が戻りつつあった。完治していないが、誰の手を借りずに立ち上がることもできるようになった。食べられるものも平常と変わらないものを食べる。

 あれから、忍びたちの襲来がないので、外をゆっくりと歩き回れた。向こうは雪之介が死んだと確信したのだと、鉄太と菜花は思った。


 しかし、雪之介だけはいずれ信長の刺客が来ると睨んでいた。彼は信長が執念深く、決して油断をしない男だと『昔から』知っていた。おそらく、首を持ってくるように刺客に言うはずだ。あの人間ほど確認にうるさい者は居なかった。

 そのこともあって、雪之介はとある夜、鉄太と菜花を部屋に呼び出した。


「いずれきっと、美月という女はこの村にやってくる」


 鉄太と菜花は雪之介の言っていることが本当かどうか図りかねた。

 だが自信のある雪之介の言うことは何故か説得力があった。


「……美月が来るとして、俺たちはどうすればいい?」

「おそらく奴は俺の墓を暴くだろう。それを狙って――捕らえる」


 菜花は眉をひそめて「捕らえる?」と訊ね返した。


「殺さないの?」

「……あいつ一人とは限らない。仲間が潜んでいるかもしれない。それに信長のことを問い質さないといけない」

「信長……やっぱり、菜花のねーちゃんが聞いたことは本当だったんだ」


 鉄太は雪之介の顔をじっと見つめる。

 この一ヶ月の間に、菜花は雪之介に聞いたことを打ち明けていた。そのとき、鉄太も同席していた。

 だが、雪之介は何も言わなかった。大名の父と弟を殺したのではないかと訊ねられても、肯定も否定もしなかった。


「……お前たちをどこまで巻き込むのか、ずっと考えていた」


 雪之介は鉄太と菜花、二人に向かって、真摯な態度で言う。


「もしも俺の過去を知ってしまえば、お前たちはもう引き返せない」

「……何が、引き返せないの?」


 菜花の問いに「知らなかった頃には戻れない」と雪之介は端的に言う。


「お前たちも、信長に狙われる」


 重い――言葉だった。


「お前たちは、覚悟はできているのか?」


 問うのは、思いと心だった。


「一生の重荷を背負うだろう。それによって塗炭の苦しみを味わうかもしれない。それでも――いいのか?」


 ごくりと鉄太は唾を飲み込んだ。


「もしも知りたくなければ、部屋を出て行ってくれ」


 そう言って雪之介は目を閉じた――

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