第5話 次の時代への決意


 街は、にぎやかで楽しかった。

 僕の黒い髪と瞳は目立っていたみたいで、すぐに鳴滝さんか父の関係者と見抜かれた。

 それに当然だけど、横に星波さんがいたからね。気が付かない方がどうかしているってコトだろうな。


 まぁ必然的に、僕の両手は持ちきれないほど食べ物であふれ、さらに細かい工芸品までが身体のあちこちに巻きつけられていた。

 持てないってことで、くくりつけられたからね。


 これって、2つのことを僕に気が付かせた。

 鳴滝さんと父のこの世界で成し遂げた仕事の大きさ、偉大さ。

 そして、星波さんにかかるプレッシャー。


 たぶん、この環境を当然と思えたら、星波さんはむしろ楽だったはず。

 世の中なめくさったバカ女になっても、なんの問題もなく一生を過ごせただろう。

 でも、鳴滝さんも、あの銀髪のお母さんも、絶対そんなの許さないと思う。

 なんていうのかな、僕の世界での一線を、鳴滝さんが踏み外してしまった感じは全然ないんだよ。


 善良な市民というか、町内会のいいおじさんというか。

 世界を救った肩書があっても、それを楽しんでいるだけ、みたいな。

 まぁ、律儀に分別してゴミ出ししている隣んちの親父が、世界を救った勇者だったらビビるけど、でもそんな感じなんだ。

 


 それはそれとして。

 この世界の食べ物は美味しかった。

 僕の世界と同じものもたくさんあったし、串に刺した肉を焼いたものも美味しかった。はちみつを掛けた、甘いさつまいものお菓子も素晴らしく美味しかった。

 さすがの星波さんも、すごく嬉しそうな顔になっていた。

 そして、不要だという代金を強引に支払う。

 「払わないと、あとで父母に怒られますから」

 そう何度も繰り返している。

 これはお疲れさまだよね。

 そか、物心がついて以来、ずっとこの繰り返しかぁ。

 辛いわけだ。



 で、メインストリートはさらに下り坂になって続いている。

 でね、街の規模がちょうどいいんだよ。

 なんでもあって、で、それが目の行き届く範囲にまとまっていて。

 東京なんかだと、街が大きすぎて訳がわからなくなっちゃうもんね。


 メインストリートは、石造りの橋にたどり着いて終わっていた。

 ちょっと驚いたんだけど、その終点にはエレベータがあったんだ。

 で、橋の上から川を見下ろすと、たくさんの人たちが3つ連なったゴムボートに大量の資財を積み下ろししていた。そのせいで、エレベータもフル活動している。

 その眺めが面白くて、橋の上からあちこちを見ていたら、エレベータの動力源が水車だったのにはびっくりした。

 そういえば、まだこの世界でエンジンを見てない。モーターもだ。

 技術の問題なのか、燃料の問題なのかはわからないけれど。


 でも、活気はものすごい。

 で、無線でどこかと連絡を取り合ってる。ああ、電気はあるんだな。

 「そっちは終わったか?

 なら流すぞ?」

 そんなことを言ってたらしい。

 星波さんが翻訳してくれた。


 そうしたら、次の瞬間、なんのためらいもないかのように、ゴムボートは一気に川を流れていく。満載された人と荷物が遠ざかっていく。

 「いいんかな、流しちゃって。

 流れに逆らって漕ぐの、大変だよね」

 そう星波さんに話しかけたら、笑われちゃったよ。


 「ほら、よく見ると水中にケーブルが見えませんか?

 で、それも水車につながっています」

 「ああ、なるほど、あれで巻き上げる……、んじゃないな。

 ケーブルが巻いてないもんな。

 ああ、ケーブルカーとかロープウェイの方式かぁ」

 思わず、そう声が出た。


 「さすがですね。

 聡太さんの世界の人は、みんなわかるんでしょうか?」

 「さあ……。

 うちの近くの山で、山頂に登るのにロープウェイがあるからねぇ。小学生の頃に乗ったから、それを覚えているんだよ」

 そう返事をする。

 ケーブルカーは乗った経験はないけど、スキーのリフトならあるし、まぁ、連想は簡単だ。


 「ここから、陸の道も伸びているの?」

 「ええ、他の国すべてへの街道がありますよ。

 父たちは、ロバを増やすより、鉄道とか電車を作る方が早いと言ってますけど、それがなにかまでは私、わからないんです」

 そうかー。


 やっぱり、この世界、燃料があまりないのかもしれないね。

 発展ってのも、エンジン抜きで、電気と魔法が基本的な技術なんだろうな。



 橋から上流側を見渡すと、雪を頂いた大きな山。その山も緑色で覆われていて、樹木が多い。

 そして、とても大きな水車が2つ、休むことなく水を汲み上げ続けている。

 雄大で美しい眺めだった。

 振り返れば下流側、こちらも視野を遮るものはほとんどない。

 鮮やかに緑色に彩られた平原を見渡すのは、とてもいい気分だった。


 そんな光景に見とれていたら……。

 「聡太さんの世界に、私、行きたいです」

 橋の上から、遠ざかるゴムボートを見ながら不意に星波さんが言った。

 その横顔が、物憂く大人っぽい。

 僕は、返事ができなくて黙った。


 無理なのは、僕にもわかる。

 特に、日本という国に行くのは大変だ。

 戸籍制度とか、僕だって知っている。

 そして、女の子というだけで、さらに難しい。注目の浴び方が違うからね。


 「母は、一度行ったことがあるそうです」

 「ええっ!」

 正直、驚いたよ。


 あの銀色の髪だと、相当に目立ったはずだからね。

 鳴滝さんは、どうやってごまかしたんだろう?

 「星波さんは髪が黒いから、サングラスかけるだけで大丈夫だと思うよ。数日だけならね。生活までは難しいと思うけど……。

 でもさ、なんで行きたいの?

 こっちの世界の方が活気があって、いい世界に見えるよ」

 そう聞き返して、聞くんじゃなかったって後悔した。


 なんで行きたいかなんて、聞くまでもなく答えはわかりきっていたからね。


 星波さんが答えるより、僕があせって被せた方が早かった。

 「まぁ、そんなにいいところじゃないよ。

 それよりさ、僕で良ければもっとこまめに来るし、相談にも乗るよ。

 ……と言っても、僕、どうやってここに来たかもわからないんだけどね」

 そう言ってから、そんなことを言った自分にびっくりした。


 僕、そんなことを言ったの初めてだし、それもなんでこんな会ったばかりの女の子に言ったんだろうね?


 「ありがとうございます。

 聡太さんがお帰りになったら、お手紙を書きます」

 ……いじらしい。

 そして、健気けなげだ。


 誰かを守りたいって、こういう感情なのかな。

 上手になんか話せないけど、精一杯口を動かす。

 「大丈夫。

 ここは良い世界だよ。

 父と鳴滝さんが作ったここが、悪い世界のはずがないよ。

 だからさ、もうちょっとして魔力? の制御ができるようになれば、また見えているものも変わると思うんだ。

 それまでは、僕もできるだけのことはするよ。

 星波さんのお母さんが、星波さんに僕を案内しろって言ったのも、今の状態を心配しているからだと思うんだ。

 大丈夫だよ。

 それに……」

 「それに?」

 星波さんが、金色の瞳で僕を見上げる。


 「少なくとも、ここは僕の世界より悪意は少ない。

 僕の世界が悪意に満ちているとは言わないけど、それでもここより絶対に少ない。

 だから、大変なのはわかるけど、僕の世界に行くより絶対マシ。

 だからさ、絶対負けないで。

 絶対、後悔しないから。

 大丈夫だから。

 ホント、大丈夫だから」

 必死でそう話す。


 星波さんが笑った。

 「ありがとう。

 一生懸命言ってくれた、その気持ちは伝わったよ」

 ……そうか。

 この子には、話さなくても伝わるんだったね。


 「いや、あのね、それでも話してくれてありがとう。

 話してくれたからこそ、伝わるものもあるんだよ。

 ありがとう」

 そう星波さんが言う。

 僕は照れくさくなって、さらに遠くに流されているゴムボートを見つめた。



 「帰ろっ!」

 突然、星波さんが、石の欄干に置かれた僕の手を取る。

 「ああ」

 そう応えながら……。


 帰ったら、母にお願いして塾に通わせてもらおう。

 もっと勉強しなきゃ。

 そして、できるなら志望校を一つ上げる。もっと頑張るんだ。


 そして、大学を卒業したら、ここに来る。

 ここをもっと良い世界にして、星波さんの笑顔を増やそう。

 僕はそう決心していた。




 ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


こういう結末に至った黒幕は、当然のことながら、ルーなのです。


これで外伝も終わりです。


長くお付き合いいただき、ありがとうございました。

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電気と魔法 −電気工事士の異世界サバイバル− 林海 @komirin

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